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【ロシア政治経済ジャーナル】NO384欧州最後の独裁者の勝利2(革命に
備えたロシアとベラルーシ)
http://www.mag2.com/m/0000012950.htm
★欧州最後の独裁者の勝利2(革命に備えたロシアとベラルーシ)
「多くの人が予想し、一部が計画した民衆革命はベラルーシでは破綻した。」
(3月20日、ルカシェンコ・ベラルーシ大統領=欧州最後の独裁者)
アメリカは、旧ソ連諸国で革命を起こします。
ロシアは、それを阻止します。
要は旧ソ連のカラー革命というのは米ロの戦いなのです。
▼ワンパターンの罠
アメリカの革命工作には決まったパターンがあります。
選挙の時が狙われるのです。
そのパターンとは、
1、議会選挙か大統領選挙がある
これで親米勢力が勝てばOK。
問題は、反米大統領候補や反米政党が勝った場合。
2、親米大統領候補や政党は、「選挙には不正があった!」と大々的なデモ
を起こす。
しかし、これだけでは負け犬の遠吠えにすぎません。
論拠が弱いのです。
そこで。。。
3、アメリカや欧州の息のかかった国際選挙監視団が、「選挙で不正が行
われた」と声明を出す。
これで、野党の要求に国際的正当性が与えられます。
さらに、EUやアメリカ政府が、「不正があった!選挙をやり直せ!」とおお
騒ぎする。
他にも出口調査を使うというやり方もあります。
ソロス曰く、「選挙が実施されたとき、公式にはシュワルナゼの与党が勝
利したと発表された。しかし、私の財団が行った出口調査では、サアカシ
ビリ派が勝利していたので、結果を発表した。それが革命につながった。」
(06年2月11日、テレビツェントル「ポスト・スクリプトン」のインタビュー)
4、大規模なデモの結果、大統領が辞任したり(例、グルジア・キルギス)選
挙がやり直しになり、親米候補が勝つまでつづく(例ウクライナ)
さて、アメリカはこんな感じで、旧ソ連諸国で3つの革命を成功させました。
03年11月にはグルジアでバラ革命を、04年12月ウクライナでオレンジ革命
を、05年3月キルギスでチューリップ革命を。
もう3連勝でイケイケです。
ところが、05年5月から流れが変わりました。
きっかけは革命があったキルギスのお隣のウズベキスタン。
この国の東部アンジジャン市で5月13日、大規模な大衆デモが起こった。
要求は、独裁者「カリモフ大統領」の退陣。
デモに参加する人数はみるみる増え、一時数万人にもなったといわれています。
で、カリモフさんはどうしたか?
横山ノックさん似のアカエフ・キルギス大統領は、さっさと政権を放りだしてモス
クワに逃げてしまいました。
ところが、カリモフさんは、まったく異なる行動に出ます。
軍が出動し武力で鎮圧したのです。
犠牲者が数百人でたそうです。
結果としてカリモフさんは、武力で暴動を鎮圧し、政権を維持することに成功し
ました。
ウズベキスタンでの暴動に、アメリカが関与していたか、直接の資料はありま
せん。
しかし、その後の米中ロの対応の違いが、流れを変える結果になりました。
まずアメリカ。
ライスさんは05年5月20日、カリモフ政権に真相究明のための調査を受け入れ
るよう求めている」と述べ、国際調査団を受け入れるよう要求しました。
カリモフさんは悪いことしてるし、グルジア・ウクライナ・キルギスの二の舞に
はなりたくない。
当然拒否します。
ライスさんは、さらに冷たい対応もしています。
ウズベキスタンへの支援を凍結することを明らかにしたのです。
カリモフさんも、「金をくれないアメリカ」に用はありません。
ロシア。
さて、中央アジアでアメリカ・中国と覇権を争うロシアはどう対応したか?
ロシアのチジョフ外務次官は5月25日、「国際組織による独自調査は必要ない
」と断言。
ロシアは、カリモフさん支持を明確にしました。
中国。
カリモフさんは05年5月25日、中国を訪問。
とてもあたたかい歓迎を受けます。
中国外務省の孔泉報道官は5月26日、、「中央アジアではテロ、分裂主義と
過激勢力の脅威にさらされている。共同でテロに打撃を与えることが地域
だけでなく世界の利益だ」語ります。
つまり、カリモフさんの武力鎮圧を圧倒的に支持したのです。
さて、これで旧ソ連の独裁者達は何がわかったか?
1、デモや暴動を決心して武力で鎮圧すれば、革命は阻止できる。
2、アメリカとつきあっているといいことがない。同じ独裁国家でやさしいロシ
ア・中国とつきあおう。
アメリカの対応にいかったカリモフさん。
05年7月30日、ウズベキスタンに駐留している米軍の撤退を要求。
後に実際に追い出すことに成功しました。
▼革命に備えたロシアとベラルーシ
やり方がワンパターンというのは、ある面対処するのが簡単です。
ロシアとベラルーシは、だいぶ前から革命に備えて準備を開始しました。
実をいうと、10ヶ月くらい前から。
始まりは、ロシア連邦保安局(FSB=旧KGB)パトルシェフ長官の一言。
パトルシェフ長官は05年5月12日、下院公聴会で、「非政府組織(NGO)
を装った外国の情報機関が、ベラルーシで政権転覆を画策している」と
証言しました。
これは、いうまでもなくアメリカのことを指しているのです。
「名指しこそ避けたが、米国など西側の情報機関がベラルーシで民主
革命を狙っているとの見方を強く示唆した。」(毎日新聞 -05年 5月13日)
この後、両国がどのように準備を進めていたかは、もちろん公表されてい
ません。
しかし、だいたい予想することはできますね。
カラー革命の資金は、アメリカ政府やソロスから、革命を起こす国で活動
しているNGOあるいはNPOを通し、革命を起こす主体である野党勢力
に流れています。
であるならば、この流れをカットすればいい。
「金がなくても自由を求める国民の強い意志があれば、革命は成就する」
と、こう考えるのが平和ボケ。
ウクライナのオレンジ革命の様子を皆さんもごらんになったでしょう。
オレンジ色の旗、オレンジ色のテント、食費、動員等々で革命には金がか
かるのです。
オレンジ革命の光景は、ビジュアル的にも素晴らしくオーガナイズされた
ものでした。
だって、見渡すかぎりオレンジの旗が振られているのですから。
しかし、今回のベラルーシ選挙後のミーティングを見ていると、「青が革命
のシンボルだ!」なんていいながら、青い旗は準備されていません。
テントも数えるくらいしかありませんでした。
なぜでしょう?
金の流れが悪かったってことです。
この辺、日本の新聞もちょろっと指摘してました。↓
「手弁当の野党集会に限界も ベラルーシ、参加者じり貧
ルカシェンコ大統領が3選を決めたベラルーシで、野党陣営は21日夜も首都
ミンスク中心部の広場で3日目となる抗議集会を開催した。だが参加人数は
約3000人で、日を追うごとに減少。野党はウクライナのオレンジ革命再現を
狙うが、国民を挙げた気運につなげるには限界がありそうだ。」(共同通信3
月22日)
「雪が舞い昼間でも氷点下の冷え込み。熱いお茶や毛布を知人らが徹夜組
のために手弁当で持ち寄る。財閥や企業の巨額支援による食料や寝具など
の補給を得ることができたウクライナとは大きく異なる。」(同上)
↑
少ない金で、革命をすることが、いかに困難かってことですね。
やはり革命参加者には、少なくともお弁当と住みか(テント)くらいは支給しな
いと。
さて、FSBの長官が警告するまでもなく、アメリカがベラルーシで革命をする
意志があることは明らかになってきました。
というのも、バラ革命で政権をとったグルジアのサアカシビリ大統領とオレン
ジ革命で政権についたユシチェンコが会うたびに、「ベラルーシの独裁を倒
さなければならない!」と公言していたから。
革命というのはこっそり準備して、迅速にやるものでしょう。
それを、ベラベラとしゃべる奴がいる場合は、事前にたくらみが発覚して失
敗するものです。
今年1月。
ロシアはウクライナへのガス料金を1000立方m50ドルから230ドルに引き
上げました。
一方ベラルーシは今までどおり、ソ連価格の48ドル。
ロシアは、反抗したウクライナを懲罰し、オレンジ革命政権を危機におとし
いれます。
ベラルーシ国民はどう思ったでしょうか?
「革命してもガス料金が5倍あがったりして、いいことがない」と考えなかっ
たでしょうか?
2月3〜5日、ミュンヘンで安全保障会議が開かれました。
ここで、ロシア次期大統領の最有力候補セルゲイ・イワノフさんは、ベラルー
シの選挙について、「ルカシェンコの勝利を疑わない」と発言。
そして、「他のCIS諸国のような混乱が起きれば、モスクワは黙っていない」
と宣言します。
国際会議で、ベラルーシの野党に警告するはずがありません。
これは明らかに、旧ソ連諸国での革命をオーガナイズするアメリカ政府を牽
制したのです。
3月16日。
アメリカ政府は、「2006年国家安全保障戦略」を発表。
究極の目標は、「世界の圧政打倒だ」と宣言します。
で、圧政国家ってどこ?
北鮮、イラン、シリア、キューバ、★ベラルーシ、ミャンマー、ジンバブエ。
ベラルーシもちゃんと入っています。
こんな風に、ごちゃごちゃしながら、ベラルーシの大統領選挙日が近づいて
いったのでした。
(つづく)