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縦並び社会:第4部・海外の現場から/3 特許拡大で「命に格差」
「特許は患者を殺す」。5月10日、インドの首都ニューデリーでHIV(エイズウイルス)患者ら300人以上がプラカードを掲げ、国会議事堂までデモ行進した。
参加者のガングさん(39)は3年前から3種の薬を服用している。インドの製薬会社が欧米の新薬をそっくりまねて作るジェネリック薬(コピー薬)。年248ドル(約2万7000円)で買える。ところが05年にインドの特許法が改正され、欧米の製薬会社が相次いで自社薬の特許を申請した。もし認められると、ジェネリック薬の製造に高額な特許使用料が課され、価格ははね上がる。
国境なき医師団によると、年1万ドル(約110万円)以上もしたある薬は、ジェネリック薬が年350ドル(約3万8500円)で発売され、5年後には価格が約20分の1まで下がった。
問題の発端は94年に結ばれた世界貿易機関(WTO)の「TRIPS協定」だ。特許権や著作権など知的財産権を保護する国内法の制定が加盟国に義務づけられた。
インドのHIV陽性患者は520万人に達している。世界の患者の9割が集中するアフリカにもインドの安価な薬は欠かせない。「患者にとって協定はどうでもいい。問題は生きるか死ぬかだ」。ガングさんは訴える。
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TRIPS協定の背景には、米国の経済戦略がある。レーガン政権は80年代、貿易赤字の打開策として米企業の知的財産権の保護に乗り出した。それを最も強く要求したのが製薬業界だった。
WTO本部があるスイス・ジュネーブ。日本から協議に派遣されていた特許庁幹部が証言する。「協定の原案は米国の大手製薬会社が作成し、ホテルで各国代表にばらまいた。途上国は仕方なく大国の要求をのんだ」
インドには今も米国の圧力が続く。米通商代表部(USTR)は新薬に限らず既存の薬の改良版にさえ特許を認めるよう求めている。国境なき医師団は「画期的な新薬には特許を与えるべきだが、そうでない多くの薬にも認められているのが問題だ」と批判する。
米政府はなぜ製薬業界の意向に従うのか。民間調査団体の報告書によると、業界は98〜05年、上下両院や省庁への陳情活動に約740億円を支出した。どの業界よりも多い。業界は新薬開発に巨費がかかるとして特許による保護を主張する。
一方、ジェネリック薬を製造するインドの製薬会社社長のハミード氏は「金で人間が選別され、貧しい人々は生命に必要な薬さえ奪われ殺されていく。まるでジェノサイド(集団虐殺)だ」と怒りを隠さない。
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TRIPS協定の影響は米国の患者にも及んでいる。米国は日本を含む多くの国と違う自由薬価制で、政府が薬価を統制していない。さらに協定で特許期間が延び、薬価は下がらなくなった。
カナダやメキシコへ安い薬を買い出しにいくツアーがある。カナダと国境を接するメーン州のデニンソンさん(80)は、米国では特許が延長され買えないコレステロール低下剤のジェネリック薬を見つけた。「値段は半分。驚いたよ」
同州では03年、ツアー参加者の運動をきっかけに、州が事実上薬価を統制できる「メーン・レックス法」が施行された。製薬業界の団体はメーン州を訴えて最高裁まで争ったが、州側が勝訴した。
立法に尽力したピングリー元州上院議員は「製薬会社はいろんな手を使って特許の延長を図ってきた」と指摘する。「薬自体は同じでも、別の病気にも使える」「飲む回数が少なくてよいものにした」……。企業側はこんな理由を重ねた。
命の格差を生み出す米国の「パテント(特許)ゲーム」はとどまるところを知らない。=つづく
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■特許料
特許料の収支は一部の先進国だけが黒字だ。国際通貨基金(IMF)の04年の統計によると、米国の黒字は約3兆1614億円で、英国4015億円が続く。長年赤字だった日本は03年から黒字になり、04年は2266億円まで伸びた。一方、ロシアは01年に赤字に転じ、04年はマイナス約954億円。インドも436億円の赤字だ。
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毎日新聞 2006年6月14日 東京朝刊
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