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<社説>「変化」の先の「秩序」は示さず 政治手法
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syasetu/20060903/20060903_001.shtml
首相在任5年4カ月、戦後3番目の長期政権を維持してきた小泉純一郎首相が、あと3週間たらずで退陣する。
「変化」を演出して大衆の興味を引き続ける首相だった。その手法が転換期を迎えていた時代の空気にマッチし、長期政権につながったともいえる。
「自民党をぶっ壊す」。こう大見えを切って小泉首相が登場した5年前、日本はバブル経済崩壊後の停滞から脱しきれず、閉塞(へいそく)感に覆われていた。
構造改革を説き、「変化に伴う痛みを恐れるな」とのメッセージを発する首相に多くの国民が喝采(かっさい)を送った。
現状打破の必要性を感じながらその糸口をつかみあぐねていた大衆が、首相に「閉塞状況を変える改革者」のイメージを重ねたからだ。
無駄な公共事業や補助金のばらまきに象徴される利益誘導を否定し、既得権益の代弁者としての族議員や官僚と対峙(たいじ)してみせる首相のスタイルが、政治の風景を変えたことは間違いない。
経済成長の果実を分配しながら支持基盤を固めていく自民党の伝統的手法が、高度成長の終焉(しゅうえん)とともに機能不全に陥っていたこともある。
「分配の政治」を利益誘導として否定し、市場原理や競争原理を前面に掲げる小泉首相の登場は、時代の要請だったのかもしれない。
「永田町の変人」と評された小泉首相独特の政治スタイルが、実態以上に「変化」を印象づけた面もある。
政敵を悪役に仕立て
首相が得意とするのは、物事を単純化し、「否」か「応」かの二者択一を迫る手法だ。政敵に「抵抗勢力」のレッテルを張り、悪役に仕立ててしまうしたたかさも随所で発揮した。
昨年9月の解散総選挙が象徴的だ。首相は党内の郵政民営化反対勢力に「刺客」を差し向けて国民の目を「小泉劇場」に引き付け、争点を郵政民営化に賛成か反対かの1点に収斂(しゅうれん)させた。結果は首相の独り勝ちだった。
理屈よりも感性に訴える小泉流が、国民の目に分かりやすく、新鮮に映ったのは事実だ。一方で、小泉首相の政治手法が常に危うさをはらんでいたことも、指摘しておかねばならない。
その危うさが端的に表れたのは、外交・安全保障政策だ。
日本と中韓両国の関係は最悪の状態に陥っている。要因のひとつは、首相の靖国神社参拝である。にもかかわらず首相は「戦没者慰霊は心の問題だ」と繰り返すばかりで、何の手も打っていない。
靖国神社に対する国内外の複雑な感情や、その背景にある歴史的経緯を論理的に分析することもなく、「心の問題」と感情論で片付けようとするところに、小泉流の限界がのぞく。
アジア外交の挫折とは対照的に、日米関係は小泉政権のもとで戦後最良の蜜月時代を迎えたとされる。首相とブッシュ米大統領との個人的信頼関係に負うところが大きく、首相の功績と言っていいだろう。
平和主義を揺るがす
だが、首相の対米重視政策は、戦後日本の平和主義的価値観を揺るがしかねない領域にまで踏み込んだ。
2003年のイラク戦争では世界に先駆けて米国支持を表明、翌年には国内の根強い反対を押し切って、実質戦地に等しいイラクに「復興支援」の名目で自衛隊を派遣した。
その決断に際し、平和憲法のもとでの自衛隊の役割や、日本の国際貢献のあり方が真剣に論議されることはなかった。
この国の針路に関する明確なビジョンと長期戦略を欠いたまま、目先の現実としての「対米配慮」が優先され、自衛隊の活動領域拡大という既成事実だけが残ったともいえる。
将来ビジョンが不明確なのは、首相の内政面の金看板とも言える構造改革も同様だ。
小泉政権は大手銀行の不良債権処理を成し遂げ、経済界では非効率分野の淘汰(とうた)と成長分野へのシフトが進んだ。景気は上昇機運に転じ、政府内ではデフレ脱却宣言も検討されている。
その一方、「勝ち組」と「負け組」の格差が社会問題化し、年金保険料や医療費の負担増などに象徴される社会保障水準の切り下げが、社会不安を醸成しつつある。
首相は「改革」を叫び続けながら、その先にある社会像を具体的に示すことはなかった。
首相が言う「簡素で効率的な政府」は、弱者にもきちんと目を向けてくれるのか、それとも、今以上に効率と経済合理性が幅を利かすのか。
それが見えないことが、国民の不安を増幅しているのではないだろうか。
社会に変化を促し続けた首相の改革路線は、一定の成果を挙げた。ただ、その成果が新たな秩序として結実するに至っていないことは明らかだ。
この国の針路をどこに定め、どんな社会を目指すのか。そのためには何をするべきなのか。
そんな根本的なテーマに関してしっかりしたビジョンをまとめ、国民に示す仕事が、「ポスト小泉」政権の課題となる。
=2006/09/03付 西日本新聞朝刊=
2006年09月03日00時39分
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