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加藤紘一オフィシャルサイト
"事件から1週間が経って
自宅全焼という事件が起きてから、1週間が経ちました。
犯人に対する怒りはもちろん強いのですが、少し客観的に今回の事件を見る余裕も生まれてきたように思います。
犯人は65歳、自分と似たような年齢でした。また、どうも母が散歩に出かけたのを見届けてから、ガソリンを撒いて火をつけたのではないかという風に思える部分もあり、本人に対する憎しみの感情に向き合うというよりは、どうしてこんなことをする人が生まれてきたのか、何が彼を追い込んだのか、ということを考え始めています。
たぶん、彼もいろんな意味での閉塞感があったでしょう。割腹自殺を図った直前、実家の近所にある食堂で最高の品――1300円の天丼――を1時間かけて食べています。そのあとにはポケットに500円しかありませんでした。そして、車の助手席には、雑誌『SAPIO』が転がっていたといいます。
些細なことがきっかけで、異常な行動に出る人が増えている社会になっていやしまいか。そんな思いがよぎりました。家庭の絆が薄れ、会話が減っている。地域社会の人間のふれあいも希薄になった。派遣社員が増えるにつれて会社への帰属意識が薄れ、退社後に上司と若者がビールをいっしょに呑むことも少なくなってきた。決して現実と乖離したイメージではないと思います。
自由になったといえば、自由になったのだけれど、糸の切れた小さな風船がいっぱい漂っているような、物理学的にいえば自由になった電子があちらこちらを走り回っているような……自由になった浮遊物の集合体としての社会では、ちょっとした力とか磁場が働いたり、そよぐ程度の風が吹いたくらいでも、グラッと動いてしまうのではないでしょうか。そんななかで、若者がオウム真理教に引っ張られてしまったり、“セカチュー”(『世界の中心で、愛をさけぶ』)が売れているとなるとまたたく間に320万部のヒットとなる現象が起こる。韓流ブームというと、おばさまたちは一斉に「ヨン様」になるし、小泉劇場に酔うし、政治家が隣国に対して強い言葉を言えば、一斉にそれに流れる。少し心配な世の中になってきたと感じています。
今、我々が立っている社会の土台が、もしかしたら0.8度くらい、ちょっと下り坂へと傾き始めているのかもしれません。ほんの少しですから、誰も気づきませんが。戦前、日本社会は少し下り坂に向かっていました。それを誰も気づかないまま、精一杯対応しているうちに、だんだん加速していってしまった。スピードが出てしまえば、誰もそれを止められません。ひとつ方向にわーっと皆が動くから、それと逆のことを言う人間が自由にものを言えなくなる。自由な意見、活発な発信ができなくなった社会のなかで、過去の日本は大きな間違いを犯していったのです。
今の状態が、戦前と酷似しているというつもりはありません。しかし怖い、というよりは不健康な現象だと思います。自由を手に入れ、価値観が多様化し、選択肢も増え、競争社会になった、そんな“個人の時代”のなかで、拠るべきものがないからこそ、微風にでも流されてしまう。そんな風景が見えた気がしました。
だからこそ、人間が集う場をもっといっぱい作らなければいけません。家庭の中の会話も多くする。小中学校での会話も多くする。若干「うざい」と思っても、近所づきあいも少しは復活させる。面倒くさくても、職場のおじさんと若い者はビールを飲みに行くべきです。一回断られても、上司は声をかけ続けましょう。そういう小さな努力から始めることでも、人間が集う場を回復することは可能だと思います。
みなさまからは、本当に多くの激励をいただきました。これを励みに、そしてこの事件が教えてくれた日本の現状をしっかりと見据えて、これからも一生懸命に考え、未来のヴィジョンを描いていきたいと思います。
ぜひ、みなさんのご意見もお聞かせください。
平成18年8月23日
加藤紘一"
http://www.katokoichi.org/
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