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小泉首相の「8・15靖国参拝」を巡る喧騒(けんそう)もようやく落ち着いてきたようだ。「靖国」は政治問題ではなくなるのではないか、という気がしている。少なくも多くのメディアが言っているように自民党総裁選の最大のテーマとはならない。
「8・15参拝」の敢行は、小泉首相にとって政治的には大勝利に終わった。当初の「公約」を完全履行し、「ぶれない宰相」のイメージを抱いたまま退陣することになる。とにかく、退陣目前の政権が50%前後の高支持率を維持しているというのは稀有(けう)な例である。これまではズタズタになっての退陣が通例であった。
NHKが当日、特別番組を組んだが、番組中に行った調査では参拝賛成67%、反対37%である。ほかのメディアの調査でも、読売(支持53%、不支持39%)、毎日(評価50%、批判46%)、日経(賛成48%、反対36%)、共同通信(よかった52%、すべきでなかった42%)など、おしなべて肯定派が上回った。靖国神社には25万を超える人が訪れた。「8・15参拝」を支持するサイレントマジョリティーは明らかに存在すると見ていい。
もともと、この公約は2001年4月18日、日本記者クラブで行われた総裁選候補討論会で飛び出したものだ。第2部の代表質問の最後であった。筆者は日本記者クラブ企画委員を務めており、5人の質問団の一員として政治問題を担当していた。だが、経済問題に時間が取られ、政治テーマではこれといった回答が出てこない。思い余って、最後に「8月15日に靖国神社参拝を行うか」という質問を仕掛けた。
これに対して、最有力とされていた橋本龍太郎氏は「なぜそういう質問をするのか」とメディア側をなじるような回答だった。小泉氏が最後の番だったが、例の断定調ではっきりと答えた。
「8月15日に参拝するかどうかでいつも批判の対象になる、総理大臣は。私は戦後日本政治の出発点は、尊い命を犠牲に日本のために戦ったあの戦没者たちに、敬意と感謝の誠を捧げるのが政治家として当然だと思います。まして総理大臣に就任したら、8月15日、戦没慰霊祭が行なわれるその日に、いかなる批判があろうとも必ず参拝します」(自民党HPから)。
言うまでもないが、自民党総裁選は党所属国会議員と党員・党友だけが投票権を持つ。特にこのときの総裁選は、都道府県連に各3票与えられ、それぞれで1位になった者が「総取り」するという米大統領選型で、それも国会議員による投票以前に地方票が順次明らかにされるという形式だった。
この「8月15日、いかなる批判があろうとも必ず参拝します」と言い切った小泉首相の発言は、今回の「8・15参拝」を伝えるテレビ報道でも繰り返し放送された。地方票で圧勝した要因のかなりの部分をこの「参拝公約」が占めていたのではなかったか。保守層にとって、靖国は格別の存在なのである。
小泉首相はその後、8月15日は微妙に避けてきたものの、毎年の参拝は続けてきた。中国、韓国が強く非難し反日機運が高まるにつれ、日本側には嫌中、嫌韓感情が膨らんでいく。これが、「ストロングウイル(強い意思)」(石原慎太郎氏)を持った宰相というイメージの確立に貢献したのである。小泉首相にとっての靖国の政治的意味合いはそれ以上でもそれ以下でもない。
次期首相の座を確実にしている安倍晋三官房長官は本来、政治信条としては小泉首相よりもはるかに強烈に靖国に傾斜していたはずであった。だが、政治的にはきわめて巧みに動いた。4月15日にひそかに参拝していたことが明らかにされ、これで「8・15参拝」を回避することができた。その後も、「行くとも行ったとも言わない」という態度を貫いている。
これによって、靖国は総裁選の争点ではなくなった。来年7月の参院選が「安倍新政権」の命運を左右するのだが、「8・15」はその後である。靖国神社にとっては春と秋の例大祭の方が重みを持つ。小泉首相は「8・15参拝」公約で支持率アップを果たしたが、安倍氏にはその必要はない。従って、安倍氏は総裁選でも「あいまい戦略」で臨むだろう。政治的にはきわめて賢明なスタイルといっていい。
福田康夫氏の不出馬によって「反靖国・親中派」の糾合も避けられた。申し訳ないが谷垣禎一財務相では福田氏の「代理」の役割は果たせない。靖国が総裁選の争点であるのなら、麻生太郎外相を加えた候補3氏の中で唯一「靖国参拝はしない」と明言している谷垣氏に少なくも世論調査程度の割合で支持が集中してもよさそうだが、そういう情勢にはなっていない。繰り返すが、靖国は総裁選の投票を左右するテーマにはならない。
中国、韓国の「変化」も見据える必要がある。中国は王毅駐日大使を帰国させ、対日政策の転換を模索中だ。靖国では日本政府は動かせないという情勢判断を踏まえ、安倍新政権ではこれまでとは違う対応に出るだろう。安倍新首相が最初の外遊先に中国を選ぶという観測も出ている。
韓国は「A級戦犯分祀でも問題解決にはならない」とする方針を政府部内で確認したという(16日・聯合ニュース)。となれば、こちら側としては黙視する以外にない。
「戦争責任」や「昭和天皇のこころ」といったテーマは、静かに論議を深めればいい。それがただちに政治問題には直結しない状況が生まれつつあることを見据えるべきだ。
もともと、日本人には「魂になったらみんな同じ」「死者に鞭打つことはしない」という心情があった。それが、靖国を巡る伝統、文化、慣習、宗教観、死生観といった精神世界を形成してきたはずであり、日本人のアイデンティティーともなってきた。これは理屈を超えた領域の話である。小泉首相の「8・15参拝」公約は、その核心を見事なまでにつかんだものであったことを改めて想起したい。
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イデオロギーも何もかもを投げ捨ててひたすら客観的に見ればこういった見方になるのかもね。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/y/22/index.html
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