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第220号 続 8・15 に思う
>>日々通信 いまを生きる 第220号 2006年8月19日<<
伊豆利彦 http://homepage2.nifty.com/tizu/
続 8・15 に思う
小泉首相は8月15日に靖国を参拝した。靖国参拝の是非についてはしばらく置く。8月15日に参拝した理由として、いつ行っても批判される。それならいつ行ってもいいわけだという意味のことを、まるで、それがまともな理窟であるかのように言っていた。出来の悪い子が、いくら勉強しても親の満足する成績をとれないから、もう、勉強するのはやめたと言っているのと同じだ。もともと、出来の悪いやんちゃ坊主のような屁理屈をならべる人だったが、これほどとは思わなかった。こんな人が長期にわたって国民の支持を受け、日本を目茶苦茶にする政治をつづけてきたかと思うと、情けない。
後継者と目される安倍氏も小泉首相そっくりに、いつ参拝するかは個人の心の問題で、自由だと言っていた。首相という職務を、個人のわがままに従属させていいというのか。自民は小泉政治の継続を望むのか。
小泉の横暴を許してきたのは国民だという意見がある。もっともな意見だが、それは、その横暴を許した自民党、マスメディアの責任を転化するものだ。いまは、小泉時代の自民党が問われ、マスメディアの責任が問われるときだと思う。
いま、靖国の問題が、中国・韓国との関係でのみ論じられる傾向があるのは残念だ。あの戦争は千万、2千万の中国人民を殺戮する犯罪的な戦争であり、朝鮮人民にも多大の犠牲を強いたことはたしかで、その戦争を計画し、遂行した責任者に対する深い憎悪があるのは当然だ。しかし、あの戦争を開始し、拡大した勢力は、日本国民の生活を破壊し、大量の兵士と非戦闘員を殺したのだ。そのために、戦争に反対する人々を弾圧し、殺しさえした。彼らは日本国民の敵なのだ。
靖国神社は若者たちを戦争と死にかりたてた、戦争のための神社だった。戦後は一般国民が問題にもせぬ片隅の存在だった。それが、いま、教育基本法を改定して、愛国心教育を強化し、憲法を改定して、日本を戦争をする国にしようとする動きが強まるなかで、その存在感を強烈にアピールしはじめた。小泉の参拝は、あの戦争を肯定し、美化する神社への国民の関心を強め、戦争肯定の気運を強めている。
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「雲の墓標」(その2)をホームページにupした。
http://homepage2.nifty.com/tizu/sensoutoheiwa/hs@65htm.htm
南の空に湧きあがる夏の雲に「雲の墓標」を思う。
鹿島に宛てた遺書に吉野は次のような詩句を記した。
雲こそ吾が墓標
落暉(らくき)よ碑銘をかざれ
鹿島は南の海に命を沈めた友を思い、次のような詩をささげた。
展墓
―亡き吉野次郎に捧ぐ―
われ この日
真南風(まはえ)吹くこの岬山(さきやま)に上り来れり あわれ はや
かえることなき
汝の墓に
額(ぬか)ずくべく
海よ
海原よ
汝の墓よ
ああ湧き立ち破れる青雲の下
われに向いてうねり来る蒼茫(そうばう)たる潮流よ
かの日
汝(なれ)を呑みし.修羅の時よ
いま寂(しず)かなる平安(たいらぎ)の裡
汝をいだく干重の浪々
きらめく雲のいしぶみよ
(以下略)
吉野は日本の敗戦の避けがたいことを自覚し、特攻攻撃、日本の戦争の無意味さを日記に記している。
小磯内閣の総辞職について、1945年4月7日の日記に次のように書いている。
<此の日、小磯内閣の総辞職を知る。無為無能、しょぽしょぼとなんの為すところもなくつぶれてしまい、しかも「次期内閣に期待して辞める」とか、「戦局意の如くならず」とかう言を公にしているのは、どういうつもりであろうか。いまのときに、意のごとくなることがひとつでもあろうか。戦っている者は、一度失敗したらみんな死ぬのである。此の危機に国を追いこんだ己れの無策をみとめながら、首相が生を全うしてやめてよいものであろうか。こんな総理大臣がいなくなってくれるのは結構だが、其の考え方、態度があんまり勝手で無責任だ。此の人たちの無能の犠牲になって、無意味な死をとげた青年たちが、あまりに可哀そうだ。>
東條内閣が総辞職したのは1944年7月18日だった。東条英機に対してはもっとはげしい批判があったにちがいない。その吉野が特攻隊員として南の海で死んでいく。出撃直前、1945年7月9日の朝、両親に宛てて次のような遺書を書いた。
<二十五年の御慈愛深く深く感謝いたします。御二方の御こころはお察ししますが、私が自分の使命に満足して安らかに行くことを信じて、多くは嘆かないでいただきたいとおもいます。
私もいろいろ悩みましたが、昨晩は充分に食い、よく眠り、いよいよ命令が下ったら、多くの友がそうして行ったように、私もほんとうに晴れ晴れとしたこころになって、出て行けるとおもいます。ですから私のことは、どうか安心していて下さい。
219 どのような時代が来ても、かならずお健やかに、それのみを非常につよくねがっております。
死後片づけていただきたいような問題は何もありません。金銭関係、女性関係、全然ありません。蔵書は適当にして下さい。ただ、出水にいたころ世話になった人、熊本県水俣××深井蕗子(ふきこ)、此の人のことを、もし生きていたら私は申し出たかも知れません。しかし先方は何も知らず、其の後文通もないのですから御通知等は御無用と思います。突っ込む時、父上母上の面影と一緒に胸にうかべるかも知れないので、一寸だけお断りをしておくのです。
いま八時半です。走り書きで、さようなら。>
ともに海軍予備学生となりただ一人生き残った鹿島に宛てては、前記の詩句を記し、次のように書いている。
<わが旧き友よ、今はたして如何に。共に学び共によく遊びたる京の日々や、其の日々の盃挙げて語りし、よきこと、また崇きこと。大津よ山科よ、奥つ藻の名張の町よ、布留川の瀬よ。軍に従いても形影相伴いて一つ屋根に暮したる因縁や、友よ、思うことありやなしや。
されど近ければ近きまま、あんまり友よしんみり話をしなかったよ。なくてぞ人はとか、尽さざるうらみはあれど以て何をかしのぶよすがとなせ。
友よたっしゃで暮らせよ。>
死に赴く彼は、両親を思い、ただ一人、ひそかに愛した女性を思い、友の健康を祈った。彼の死は天皇のためでも、日本の勝利のためでもなかった。いろいろ悩んだ彼が、<私もほんとうに晴れ晴れとしたこころになって、出て行けるとおも>ったのはなぜか。彼には死んで行った友人たちの後を追うという気持があったろう。滅びゆく祖国に殉ずる気持があったろう。彼には、いかにして敗戦の日本に生き残り、いかに生きるかがわからなかったのである。戦争の時代に学生時代を送り、平和の時代に生きる術を学ばなかった。敗北した日本に生きる自分自身を想像することもできなかったのだ。
藤倉は次のように書いていた。
<不思議な時代ではないか。政治家も軍人も学者も詩人も、芋を食って笑って死ぬることは、繰返し繰返しうたうけれども、生きのこって日本を再建する方途は、誰からも聞くことが出来ない。誰がそれを本気で考えているだろう。このはげしいながれのなかに立って、世界のうごきを政治的に経済的に冷静にみつめるためには、万葉学はあまり都合のいい学問ではなかった。そういう自信も力もない、ただ俺は自己の肌身の感じでこの戦争を拒否するだけだ。>
<わずか数年のちがいで、左翼的な雰朗気というものを全く知らずに学園生活をおくったわれわれは、マルクシズムのことは、ほとんどなにもわからない。たとい全面的に信じないにせよ、一度その洗礼を受けていたならば、こんにち俺たちはもっと、科学的な見とおしを立てる力を持てたのだろうか。>
彼らは1920年頃の生れである。野間宏らより5、6年後、太宰治らより10年後の世代だ。小林多喜二らからは15年くらいおくれて生まれた。こうして見ると世代による差異というものが痛感される。
安岡章太郎が新潮文庫の解説に、この作品に対する強い共感の言葉を述べていた。私は「遁走」の作者が阿川弘之、「戦艦大和の最後」の吉田満、「出発はついに訪れず」の島尾敏雄らが学徒出陣の同世代であることにはじめて気づき、第3の新人と呼ばれる作家たちを新しく見直す契機をあたえられた。
世代によって経験がちがうだけでなく、世界の見えかたがちがうのだということを、あらためて思い、いまの若い世代のことをつくづくと思った。
多分彼らは戦争を生きるということを想像しても見ないのだろう。このごろ安易に戦争を肯定する若者がふえているようだが、彼らに戦争の時代を生きる覚悟やその生き方に対する認識があるとは思えない。ただ、昔と今はちがう、昔の悲惨を繰り返すことはないとばかり思い、観念的に戦争について考えているのであろう。
もちろん、それは仕方がないことだ。私たちは、誰も思いがけない生を生きるのだ。私たちが生きた人生も、私たちが想像もしていなかったようなものだった。
若者たちよ、そして2世3世の坊っちゃん政治家たちよ、君たちのこれから経験する現実は、君たちの想像もしていないような苛酷なものであるだろう。戦争の時代は思いがけないことが次々におこる時代だ。その覚悟だけはして、戦争と平和の岐路に立ついまを生きてほしい。
今年は台風が例年よりはやく次々に襲う。中国、韓国、朝鮮にも大きな被害をあたえている。アジアは一つということを、あらためて強く感じる。
夏も盛りを過ぎた。夏のおわりを元気にお過ごしください。
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