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61年前に日本が敗戦した8月15日、日本武道館で挙行された全国戦没者追悼式に、新党日本代表として僕は出席し、首相、衆参議長、最高裁長官、民主党、公明党、社会民主党の各代表に続いて献花しました。
その早朝、靖国神社を公用車で訪れ、モ―ニング姿で本殿に参拝し、献花料3万円を支払った首相・小泉純一郎が武道館の会場に登場すると日本遺族会の参列者から拍手が起きました。
因みに、A級戦犯の靖国神社からの分祀に言及した古賀誠日本遺族会会長に対しては、特段の拍手は起きませんでした。開式の後、天皇皇后両陛下の御臨場、国歌斉唱、内閣総理大臣式辞、正午の黙祷、天皇のおことばと続きました。
天皇のおことばは、例年よりも心持ち短めでした。それは、A級戦犯合祀に懐疑的だった昭和天皇に続いて、靖国神社への参拝を見合わせている今上天皇の思いの表れかもしれません。
続いて追悼の辞を述べた河野洋平衆議院議長は、故・吉田満氏の「戦艦大和ノ最期」に言及した上で、「戦争を主導した当時の指導者たちの責任を曖昧にしてはならない」と読み上げました。当たり前の話です。が、永田町の事情通に拠れば、この程度の言及も、異例なのだそうです。寧ろ、当たり前の話を、当たり前に話してこなかった戦後61年間こそが「異例」だというのに。
参集に先駆けて、新党日本代表として以下の見解を発表しました。
「A級戦犯合祀問題に留まらず、戊辰戦争、西南戦争を始めとして、日本に暮らす者同士が戦った悲劇の、勝者のみが靖国神社に祀られている。生きとし生ける者を尊ぶ日本の精神とは裏腹な、言わば勝てば官軍≠フ理屈が、国際社会においても理解されるのかどうか。こうした点に関する冷静な国民的な議論も行われぬまま、首相参拝が8月15日に強行されたのは極めて遺憾である。『公約』だから、と強弁するのなら、世論が二分する巨大公共事業も首都機能移転も道州制も消費税も、全ては首相の一存で決定できる話となり、民主主義もへったくれもなくなってしまう。新党日本は、一時の感情で国運が左右される事態を危惧する」
畏友のジャ―ナリスト坂本衛氏は、「現在の日本国民のひい爺さんを殺した兵士を神として拝むことを、その日本国民(殺された日本人の現存する遺族)はどう感じると思うか?」と自身のサイト「すべてを疑え!」で疑問を呈しています。恣意的な合祀≠超えて空襲や原爆の犠牲者も含めた生きとし生ける者を尊ぶ時空であってこそ、神社たり得るのではありますまいか。更に願わくは、テロや内紛を含む全世界の犠牲者を軍民、官民の別なく弔う時空を目指すべきです。
が、期待薄でしょう。小泉チルドレンの一人たる伊藤信太郎外務政務官は、「イスラエルに空爆の自制を再び求めることは外交上の配慮に欠ける」と発言しています。イスラエルとヒズボラに不毛な戦闘の中止を求めた国連決議が成立しても猶、我が道を行くとは、う〜む、流石は小泉孤立主義の面目躍如です。
いやはや、日本は何処へ向かっていくのでしょう?
資源なき国家のモンロ―主義は、何時か来た道でしかないにも拘らず、、武士は食わねど高楊枝の覚悟すら持ち合わせぬ善男善女が、平成の無責任♂≠ノ喝采を送り続ける、摩訶不思議な倒錯社会ニッポンです。
日刊ゲンダイ 2006年8月17日 奇っ怪ニッポン 田中康夫
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