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特報
2006.06.15
共謀罪 国連求めているのか
条約批准の前提にも
共謀罪創設法案の今国会成立が見送られたが、この間、政府・与党が繰り返し行ってきた「共謀罪を創設しないと国連の条約を批准できない」との説明の根幹にかかわる指摘が専門家や野党から出始めている。「国連条約などの原文は必ずしも共謀罪創設を求めていない」というのだ。その理由は?
(市川隆太)
政府が共謀罪創設法案を国会に提出した理由から振り返ると、「立法事実」はない、と言われたりしてきた。小難しい言葉だが「立法事実」とは「提出した法案が必要な背景事情」という意味らしい。では、なぜ法律を作るのか。政府・与党は「共謀罪を創設しないと、既に日本の国会が承認した国連国際組織犯罪防止条約を批准できない」と強調してきた。
同条約には自民、公明、民主、共産各党が賛成した経緯があり、今国会では、政府案以外に、自民・公明案、民主案が出され、共謀罪法案の「中身をどうするか」の議論に審議時間が費やされてきた。
■現在の刑法でも大丈夫との声も
ところが、である。最近になり「国連条約や国連が作成した立法ガイドの原文をきちんと読むと、共謀罪を創設せずに、現在の日本の刑法体系のままで条約を批准できるはずだ」という声が出てきた。
米ニューヨーク州の弁護士資格も持っている喜田村洋一弁護士は、これまで共謀罪創設の是非にまつわる議論に加わってこなかったが、つい最近、A4判用紙で約十センチもの厚さがある国連条約と立法ガイドの原文(英文)を二日がかりで読破してみた結果、共謀罪が条約批准の条件ではないことに気付いたという。
条約は、第五条で共謀罪を求めているとされてきたが(別項参照)、条約の文言を、各国の法体系にどのように生かすかについては「立法ガイド」に記されている。
その立法ガイドの「51パラグラフ」(原文は別項)の下線部が焦点だ。
外務省の「仮訳」では、「これらのオプションは、関連する法的概念を有していない国において、共謀または犯罪の結社の概念のいずれかについては、その概念の導入を求めなくとも、組織的な犯罪集団に対する効果的な措置を取ることを可能とするものである」と翻訳されている。「共謀罪」か「犯罪の結社」(参加罪)の概念の「両方とも」を導入する必要はないけれど、どちらか一方は導入しなければならない、という政府・与党の主張は、これが論拠となっている。
しかし、喜田村弁護士は「直訳すれば『この選択肢は、関連する法的概念を有しない締約国において、どちらの概念−共謀または犯罪結社−の導入も要求することなく、組織的犯罪集団に対する実効的な措置を可能にする』となる」とした上で、こう続ける。
「平易に翻訳すると『この選択肢は、共謀または犯罪結社に関する法的概念を有しない国においても、これらの概念の導入を強制することなく、組織的犯罪集団に対する実効的な措置を可能にする』という意味だ。共謀罪などを導入している国もあるという記載は『そういう国もあります』という例示列挙にすぎず『そうせよ』という意味ではない」と指摘する。
あえて、法律に詳しくない人にも、純粋な英文解釈として聞いてみよう。医学翻訳者の小林しおり氏は「without以下の否定節におけるeither〜AorBは『両否定』ですから『これらのオプション(共謀罪と結社罪=参加罪)には、関連する法的な概念を持たない国が、共謀罪および結社罪のいずれの制度も導入することなしに、組織犯罪集団に対して有効な措置を講ずることを認める余地がある』などと訳すのが妥当ではないでしょうか」と話す。
ある翻訳家も「without requiring the introduction ofの後ろを、eitherでなくone ofにしないと、外務省訳のような意味にならないのではないか」と解説する。
「同時通訳の神様」として知られ「英語の学び方」などの著書もある元外務省参与・國弘正雄氏も、「たしかに『両否定』です」としたうえで「原文の英語自体が『官僚英語』で書かれており、あいまいさを生み出している。官僚が恣意(しい)的解釈を行いやすい英文だ」と話す。
■「思いこみ」から続いた審議!?
喜田村弁護士らの指摘通りなら既に組織犯罪処罰法を持っている日本は、わざわざ共謀罪や参加罪を創設しなくても条約を批准できるのに、できないと思いこんで共謀罪創設法案を審議し続けてきたことになってしまうとの声も出ている。
喜田村弁護士は、条約第五条(1)の(a)の(1)が「共謀」とみなされていることにも首をかしげる。「原文はagreeing(同意)と書いておりconspiracy(共謀)とは書いていない。同意は『(犯罪を)やるね』『やるよ』というoffer(申し込み)とacceptance(承諾)を伴う明確な契約法理のことだが、共謀の方は、目くばせだけでも入る」
そのうえで「条約では『犯罪を行うことの合意』を犯罪にせよとは命じているが、『合意』よりはるかに簡単に認められる『共謀』を犯罪にせよとは命じていない。条約の起草者は、英米法系で認められている『共謀罪』(コンスピラシー)とは別のものとして『犯罪を行うことの合意』という概念を導入しているのに、あたかも共謀罪か犯罪結社法(参加罪)のいずれかを導入しなければならないかのような説明は誤りだ」としている。
喜田村弁護士は「しかも、これまでの刑法理論および判例で認められてきた共謀共同正犯における『共謀』の概念を、国際条約に基づくという『共謀罪』における『共謀』と同一視するという概念の意図的混同を生じさせている。実際には、さきほど述べたとおり、国際条約が求めているのは『合意』であり、これは『共謀』ではない」と指摘する。「政府が新設しようとしている『共謀罪』は、条約が要求している以上の犯罪をつくり出すものだ」
共謀共同正犯理論に詳しい西原春夫元早大総長も、日本の法律実務で「共謀」概念の拡大解釈が進んでいる、と指摘している。犯行で謀議が行われていなくても、共謀共同正犯にあたるとして有罪とする新判例が、昨年末、最高裁で出されたからだ。
国連条約が要求する「合意」と、日本の法律実務における「共謀」概念。どちらの方が広義の解釈となるのか−。共謀罪の要、不要に影響しそうだ。
弁護士の間からは「共謀罪でなく参加罪というオプションもあるなら、それを検討すればよい。参加罪は組織的な集団犯罪への参加を罰するものだから、日本の場合、暴力団対策法、破壊活動防止法、無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律など、既存の法律でカバーできる。共謀罪をやめて参加罪を選択すれば条約を批准できる」との声も上がっている。
国会の会期末は十八日。法案の継続審議か廃案かをめぐる与野党折衝も大詰めを迎えている。
<デスクメモ>
法律関係の言い回しのなんと分かりづらいことか。原文が「官僚英語」で、その上、日本の官僚的翻訳でけむに巻かれては、とても理解できない。だが、法律が成立してしまえば、振り回されるのはこちらだ。「英語」には、中一段階で早々と見切りをつけたが、少なくとも官僚言語にはだまされまい。 (透)
■ 国連国際組織犯罪防止条約第5条 (1)条約締約国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置を取る(a)次の一方または双方の行為(1)合意の参加者の1人による当該合意の内容を推進するための行為を伴いまたは組織的な犯罪集団が関与するもの(2)組織的な犯罪集団の目的および一般的な犯罪活動または特定の犯罪を行う意図を認識しながら、組織的な犯罪集団の犯罪活動などに参加する個人の行為=中略。(1)が共謀罪、(2)が参加罪とされる。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060615/mng_____tokuho__000.shtml
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