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記者の目:小泉改革とは何だったのか=伊藤智永(政治部)
◇決断、単純化、そして号令−−それに応えた「私」たち
5年前、小泉純一郎首相が自民党総裁に選ばれることが確実になった前夜、山崎拓前副総裁から聞いた小泉評は忘れがたい(もう時効と考え、山崎氏にはオフレコ解禁をお許しいただこう)。
「いいか、君たちびっくりするぞ。30年も国会議員やっているのに、彼は政策のことをほとんど知らん。驚くべき無知ですよ」
すぐにそれは証明された。記者会見や国会審議で、小泉首相は集団的自衛権とは何か理解していないことが露見したのだ。憲法を変えるの変えないのと迷走し、陰で家庭教師役の山崎氏は四苦八苦していた。
戦後日本の平和がよって立ってきた安全保障の基礎にまったく無関心だった小泉首相が、その3年後、自衛隊を初めて海外の戦地に派遣した。「不戦の誓い」を口にして毎年、靖国神社を参拝した。派遣の判断基準は「常識」、参拝の理由は「心の問題」と言い張って。私は5年たった今も、首相は集団的自衛権を説明できないのではと疑っている。これらが外交・安保における小泉改革だった。
内政の小泉改革も、郵政民営化を除きほとんどは最初の総裁選公約になかった。例えば1年目に好評を博した特殊法人の予算1兆円削減は、総裁選のライバルだった橋本龍太郎元首相の公約にあったのを、就任後ちゃっかり横取りした。指示に驚く自民党や財務省の幹部らに「(政策通の)ハシリュウが公約したんだからできるはずだ」と言ったそうだ。道路公団など7法人を重点に指名したのは「大きいから」だった。良くも悪くもひらめき型なのだ。
政策の大事な説明が、がっかりするほど薄っぺらい。でも、だから分かりやすい(本当は何も分からないのだが)。小泉首相が一貫して「政治を身近にしてくれた。政治に関心を持つようになった」という理由で支持されてきたのは、よく言われるメディア戦略より、政策を恐ろしく単純化した効果が大きかった。
その結果、何が起きたか。だれもが「道路公団民営化」を知っていて、大方は賛成する。でも、「改革」の本質である税金バラマキの「新直轄方式」についてはほとんど知らない。
毎日新聞は01年から「民営化しても改革にならない」と盛んに報じ、03年には連載企画「道路国家」で詳しく構図を描いた。「マニフェスト(政権公約)選挙」の04年参院選、05年衆院選では、公団民営化をはじめ一連の改革テーマを丹念に説明・検証してきた。それでも、昨年の衆院選は「郵政民営化は○か× か」の選択で行われ、小泉首相が圧倒的な支持を得た。
政権の終わりが近づき、小泉改革とは何だったのか、改めて検証・総括するに当たって考えた。「小泉改革を政策で論じても、また同じ小泉式のワナにはまってしまうだろう」と。
よく見れば、都市再生も不良債権処理も地方分権も改革テーマの多くは、小泉政権が着手したわけではない。政策としては「橋本6大改革」を皮切りに、小渕、森政権と少しずつ主に官僚たちの設計で準備されていた。小泉改革の司令塔と呼ばれた経済財政諮問会議さえ、橋本政権が作り、森政権で始動していた。
バブル崩壊後の長期不況のなかで、多くの人が変わらなければならないことを自覚し、どうしなければならないか薄々気づいていたのだろう。小泉改革の功績は、斬新な政策を打ち出したことではなく、皆に代わって決断し、号令したことにあったのではないか。
「改革したいけどできず改革されるのを待つたくさんの私」を、小泉首相が「改革する私」にした。「民間にできることは民間に」、つまり「改革するのはあなただ」と毎日テレビから呼び掛けて。改革の「痛み」を被る人に小泉支持者が少なくないのも、そのためではないか。「首相と私たち一人一人の相互依存の関係」を素通りして、小泉改革が何だったかは語れない。こう考え、4月26日から連載した検証企画に「小泉時代と改革された私」と名付けた。
為政者が人心の深層や機微をつかみ、政策に移す能力は評価されるべきだが、その政策が人々のくらしをどれだけ豊かにしたかは、また別の評価がいる。小泉改革には勢いと速度があったが、潤いや柔らかさに欠け、なぜか幸福感から遠い。それは、果たしていま流行の格差問題が原因なのだろうか。
小泉首相のように分かりやすく言えないが、私は「権力と世論」が過度に寄りかかり合う関係は、政策のきめを粗くするような気がする。権力への支持と権力の監視は、視線の向きは似ていても異質のベクトルだ。「改革され、改革した私」は、小泉改革5年間の体験を通して、政治へのかかわり方を習熟させることができただろうか。
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毎日新聞 2006年5月12日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/kishanome/news/20060512ddm004070063000c.html
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