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社説
2006.05.03
『平和』を生きた責任 憲法記念日に考える
歴史の歯車を逆転させてはいけません。憲法の役割が変質するのを見過ごすようでは、平和の時代を生きることのできた者の次世代に対する責任が問われます。
「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」−日本国憲法第九九条です。ここに「国民」という言葉がないことに気づいていましたか。
まず、憲法が公務員の行動規範であることを確認して話を進めます。
この数年来の憲法改正論議は、統治する側の国会議員とその周辺の人々が中心であることが特徴です。治められる国民からは、新しい憲法像が明確に提示されていません。
■内発性と主体性と
世論調査では改憲容認が多数意見ですが、改正を期待する点はばらばらです。研究者は政治的に利用されることを警戒して沈黙しています。こんなことで国民の間に定着できる新憲法が生まれるでしょうか。
社会学者の日高六郎さんは三十年近く前、雑誌『世界』に寄せた論文「憲法論議」で「内発性に基礎づけられない普遍性は存在し得るでしょうか。主体的な要求を伴わない価値は持続的に持ちこたえられるでしょうか」と問いました。
いまの憲法が誕生する前、政府案だけでなく在野の研究者、文化人、弁護士らによるさまざまな改正草案や草案要綱案などが生まれました。それらの中には現憲法と同じ非武装を宣言したものもあります。
GHQ(連合国軍総司令部)で草案作りの責任者だったケーディス大佐は、それらを参考にし生かしたものもあると語っています。廃虚の中で立ち上がろうとする人々は新しい平和憲法を歓迎したのです。
「押しつけ」といわれますが、誕生の背景に内発性と主体性もあったからこそ日本国憲法は六十年間、持続したのではないでしょうか。
■価値観の大転換が
冒頭に紹介した第九九条は、前文の“平和の誓い”や第九条の非戦非武装宣言とともに憲法の核心部分です。憲法は国民にあれこれ指図するのではなく、公権力を縛るものであることを明らかにしています。
敗戦を機に日本国民の間に価値観の大転換が起きました。戦争による紛争解決から国際平和主義へ、軍国主義から民主主義へ、滅私奉公から個人の尊重へ…軍事を最優先にしない価値観が確立しました。
憲法や、「個人の尊厳重視、真理と平和の希求」を前文でうたった教育基本法がそうした価値意識の形成に役立ったのは確かでしょうが、国民の内在的欲求と合致していたから有効だったのでしょう。
ところが、経済的繁栄の中で多くの日本人が初心の継承を忘れ、戦後的価値観を劣化させてしまったようにみえます。
いまの日本人のほとんどは、生まれたときから日本国憲法と豊かな生活がありました。軍事を最優先する息苦しさとも悲惨な戦争被害とも無縁です。自分は平和な社会に身を置いているだけに、憲法と平和の価値に戦争を経験した世代ほど敏感ではない人もいるでしょう。
しかし、改憲が政治テーマになったいま、改憲論者の狙いをしっかり見極めなければなりません。
自民党の新憲法草案は「帰属する国や社会を愛情と責任感をもって支え守る責務」を国民に求めます。
反発を警戒して草案の表現はやわらかくなりましたが、論点整理では「憲法が国民の行為規範であることを明確にする」でした。「公権力の行動規範から国民の行動規範へ」です。民主党の憲法提言中間報告も同じことを言っています。
教育現場で日の丸・君が代が強制され、愛国心教育を盛り込んだ教育基本法の改正が現実の問題となっていることを、この憲法観に重ねて考えましょう。
国家が国民の道徳観や生活の在り方を指図した、教育勅語の時代に逆戻りしかねません。
前文や第九条の改正は「戦争ができる国」の復活を意味します。勝利を目指せば軍事を優先せざるを得ないのは論理的帰結です。
憲法観、国家観の根本的な逆転換と言えるでしょう。
こう考えてくると、いまの改憲論議の危うさが浮かび上がります。
日本の社会では、自由競争政策のあおりで少数・異端者、弱者への寛容さ優しさが薄れています。相手の気持ちを理解しようとしないナショナリズムも台頭してきました。
泥沼と化したイラク、唯一の超大国・米国による「力の支配」になった国際社会に目をやると、日本が果たすべき役割が問われています。
■互いに尊重が基本
国家も国際社会も、全体の調和を保ちながら各個人、各国家が個性を発揮する“粒あん”のようでありたいものです。そのためには互いに相手を尊重することが基本です。
大きな犠牲を払って確立した憲法的価値観、国家観が逆転するのを傍観していては、平和な時代に生きて自由を享受してきた者の次の世代に対する責任が果たせません。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20060503/col_____sha_____001.shtml
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