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(回答先: ライブドア事件、田原氏「残念」 田原総一朗氏と田勢康弘氏が外国特派員協会で講演 [ライブドア・ニュース] 投稿者 white 日時 2006 年 2 月 12 日 18:22:35)
□田原総一朗への引退勧告/佐高信 [週刊金曜日]
http://www.kinyobi.co.jp/pages/vol593/fusokukei
田原総一朗への引退勧告(佐高 信)
『週刊朝日』の2月10日号で、田原総一朗が見苦しく騒いでいる。騒いでいるというより、あがいている。やみくもな「堀江叩き」は危険だとし、検察の描いた絵に乗せられて、堀江バッシングを競い合うのは危険が大きすぎると警告しているのである。
田原が堀江を持ち上げたことを知らなければ頷いてもいい指摘だろう。しかし、田原はつい半年余り前の昨年夏、田原総一朗責任編集を謳って、にぎにぎしく発行した『オフレコ!』の創刊号で、堀江をおもしろい存在とし、「堀江さんのような若者がいっぱい出て日本をガンガン活性化してくれりゃいい」と絶賛しているのである。「わが弟です、息子です」とほめそやした武部勤(自民党幹事長)に負けず劣らずの礼賛ぶりだろう。
その責任を問われるのを恐れて、田原は「堀江叩き」に走るな、と火消しにまわっているのである。つまりは、堀江を叩くなということは自分を叩くなということなのだ。
手もとに、ヒューザーの小嶋進とつながりの深い伊藤公介(元国土庁長官)の『なんてったって小泉純一郎』(あ・うん)という本がある。どうしようもなく無内容な本である。田原には『それでも、小泉純一郎を支持します』(幻冬舎)という本があるが、伊藤の駄本とどれほどの違いがあるのだろうか。題名を交換しても、まったく差し支えがないのではないか。
田原の無責任さは支持する小泉の無責任さと瓜二つである。無反省さも同じ。
今度私は『田原総一朗よ驕るなかれ』(毎日新聞社)という本を出した。「翼賛マスコミの象徴」として田原を斬ったのだが、その時評集の巻頭に加えた原稿で、こう書いた。
「経済ジャーナリズムにおいて、年代的にたどれば、長谷川慶太郎、堺屋太一、そして竹中平蔵というバブル派の流れがある。それに対し、城山三郎、内橋克人、そして私という反バブル派の系譜があるのだと私は自負してきたが、田原が常に身を寄せるのは権力に都合のいい、バブル派の長谷川や竹中である。彼らを私はジャーナリストとは呼ばない。その時々の権力の衣裳によって自らの色も変える側用人がジャーナリストであるわけがないからである」
この引退勧告はおそらく田原には届くまい。
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