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なぜ多くの国民は、格差とリスクを拡大するだけの小泉改革を支持したのか 【山口二郎】
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投稿者 愚民党 日時 2006 年 2 月 09 日 20:52:53: ogcGl0q1DMbpk
 

小泉「改革」の呪文が解けてきた

個人が負いきれないリスクは社会が引き受ける

北海道大学大学院教授 山口二郎さんに聞く(上)

http://www.bund.org/interview/20060215-1.htm

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やまぐち・じろう

 1958年生まれ。北海道大学大学院法学研究科教授。行政学、政策分析、現代政治専攻。『ブレア時代のイギリス』『市民社会民主主義への挑戦』『戦後政治の崩壊』『イギリスの政治 日本の政治』『日本政治 再生の条件』など編著書多数。
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 規制緩和により引き起こされた耐震偽装・ライブドア事件の発覚をきっかけに、小泉改革への批判が高まっている。なぜ多くの国民は、格差とリスクを拡大するだけの小泉改革を支持したのか。「現在も日本政治に対して気をはく数少ない政治学者」(同氏HPより)の山口二郎さんに聞いた。

耐震偽装ライブドアBSE牛肉

――総選挙では圧勝した小泉政権ですが、最近風向きが変わってきました。

★そうですね。今年に入ってからというか、去年の暮れあたりからずいぶん雰囲気が変わってきたと思いますね。耐震偽装・ライブドア、それからBSE牛肉。世間で言われる三点セットで、「小さな政府」路線がもたらした営利追求第一主義の歪みが一気に吹き出したという感じですね。

 「官から民へ」を実施すれば、自動的に世の中が良くなっていくわけではない。こんな当たり前のことに、ようやく多くの国民も気が付いてきたようですね。私は「ほれ、見ろ」と喜んでいるのですがね(笑)。喜ぶというのは、ちょっと不謹慎ですけど。

 営利第一主義の破綻の兆候は、去年のJR西日本の事故あたりから、すでに顕在化していました。「官から民へ」という大合唱で、民に任せたらすべてうまくいくみたいな幻想を小泉は振りまいてきましたが、実際は官も失敗するけど、民だって失敗するわけです。社会経済政策は、こうした至極当たり前の前提からスタートしなければ、どうしようもありません。やっとまともな政策的議論ができる下地ができてきたように感じますね。

 それから格差拡大、不平等の問題。これも最近ようやく、政治の表舞台で議論されるようになってきました。でもね、やっぱり東京で生活していると、格差拡大の問題はなかなか分からないと思う。もちろん都市にも貧困の問題はあります。でも東京などの大都市で普通に生活していると、まだ幸い東京にはスラムはないし、ホームレスもそんなに多いわけではありません。それに対して私の住む北海道などの地方は、急速に衰退していっています。現実問題として、地域社会を維持することすら難しくなっています。

 結局、小泉改革の結果、一握りのお金持ちが誕生した反面、普通の人が実直に暮らしていくことが難しい社会に日本社会は変質してしまった。そのことに、ようやくみんなも気がついてきた。

 小泉さんの威勢の良さに「改革」への批判が封印されてしまうような状況が続いてきましたが、先に挙げた耐震偽装・ライブドア・BSE牛肉の「三点セット」をきっかけに、潮目が変わってきた。「小さな政府」「官から民へ」という小泉改革の呪文(笑)が、ようやく解けてきた感じがしますね。

「負け組」が小泉支持する矛盾

――なぜ小泉改革は、これほど国民の支持を集めてきたのでしょうか。

★言い方はよくないですが、都市部の「負け組」「負け組予備軍」と呼ばれる人々、とくにフリーターといった形で低賃金労働をしている若い人たちが、小泉改革を強く支持するという現象が続いて来ました。彼らは本来、小泉改革によって不利益を被る人たちなのですがね。なんとも歪んだ事態が続いてきたわけです。

 これはやっぱり日本の場合、残念ながらパブリック(公的)セクターに対する信用が全然ないということが原因だと思いますね。本来、公平や平等を実現すべきパブリック・セクターのシステムの中に、腐敗や既得権が澱のように積み重なってしまっているという現実があるわけです。社会保険庁の役人の乱脈や、地方における様々な交付税や公共事業費の無駄遣いとか、そうした問題です。こうしたパブリック・セクターにおける腐敗、政官業の癒着構造によって、年金制度にしても医療保険制度にしても、このままでは持続可能ではなくなってしまうという現実に、多くの国民が気づいてしまったわけです。

 そうなると、都市部の負け組や負け組予備軍のフリーターの若者にしてみれば、本来、個人にふりかかるリスク――失業や破産、あるいは病気や事故――を社会全体で引き受けるための社会的セーフティ・ネットであるはずの年金や医療保険、あるいは地方交付税といった仕組みが、単なる「大きな政府」による搾取の仕組みでしかなくなってしまった。そこに小泉改革に対する、爆発的な支持の原因があったのだと思います。

 日本のパブリック・セクターに対する国民の不信は理解できます。しかし、小泉改革というのは、リスクの社会化の仕組みを補強するものではなくて、全く逆に、リスクの社会化システムを全部ぶっ壊すというものです。人々をバラバラの個人に分解し、リスクに対して誰をもむき出しにするという意味での「平等」の実現こそ、小泉改革の本質なわけです。

 そんな小泉改革を支持しても、大金持ちの「勝ち組」はともかく、貧乏人や社会的弱者、「負け組」にとっては何の利益にもなりません。そのことに、ようやく多くの人々が気づきはじめた。

公共セクターへの不信が蔓延

――公共セクターに対する不信というのは、よく分かります。

★確かに日本の場合、本来、個人的リスクを社会的に引き受けるべきパブリック・セクターが、あまりにも腐敗してしまったという現実はあるわけですよ。特権に胡座をかく役人、腐敗した政治家とか、パブリック・セクターを担う人々が、あまりにも私利私欲を追求したという面がやっぱりあるわけです。その結果、多くの国民がパブリック・セクターに抜き差しならぬ不信を抱いたのは当然だったと思いますね。それが「官から民へ」という大合唱につながった。

 実際のところ、一握りの「勝ち組」以外、ほとんどの国民はみな同じようなリスクにさらされているわけです。しかし、その中に微妙な差異も存在するわけです。従来の自民党政治による利益配分システムの中では、農村・建設業者・過疎地の自治体などが特に優先的にリスクから守られてきました。補助金・公共事業・地方交付税などが、リスクに対するシェルターとなってきたわけです

 しかし、彼らにそうしたシェルターを作るための費用をもっぱら負担してきたのは、都市住民でした。都市住民にしてみれば、農村・建設業者・過疎地の自治体などのリスクだけが不当に高い政治的関心を集めてきたという不公平・不平等感が広範に存在するわけです。また、公務員は身分保障があり、今時例外的に雇用のリスクがゼロの人種なわけです。これもバブル崩壊後、「リストラと賃金カットの10年」をくぐってきた民間サラリーマンや非正規雇用に甘んじている人から見れば、大きな不平等に映ります。

 つまり、六本木ヒルズに住む「ヒルズ族」を見てもうらやましいとは感じないが、「近所の公務員宿舎には腹が立つ」という庶民感情が広く存在するわけですね。身近な「プチ不平等」に対する反感が、グローバル経済にともなう大きな不平等を覆い隠してしまうという状況があるわけです。

 私のような左派といいますか、新しい社会民主主義を主張する学者は、「パブリック・セクターが平等をつくる」と主張してきました。市民が税金や保険料を出し合って構築されるパブリック・セクターが、市民それぞれの収入や地域などの差に関係なく、普遍的で公平な福祉サービスを提供し、平等をつくるというのが政治学や財政学の常識であったわけです。

 こうした新たな社会民主主義モデルは、パブリック・セクターに対する市民の信頼がないと成り立ちようがありません。ところが、現在の日本では、そのパブリック・セクターへの国民的信頼が喪失してしまっているわけです。むしろ、パブリック・セクターこそが不平等の源泉であるという感覚が人々の間に蔓延してしまっている。

 その結果、「官から民へ」のスローガンのもと「小さな政府」を作り出すこと、あるいは皆が同じように大きなリスクにさらされる状態を作り出すことが、むしろ「非勝ち組」の中での平等を作り出すという期待が充満してしまっているわけです。こうした悲劇としか言いようのない倒錯した状況は、早急に是正されていかなければならないと思いますね。

生まれる場所・親は選べない

――まず何を変革することが必要ですか。

★今の日本で、普通の人々が普通に暮らしていけるために本当に必要な改革は、パブリック・セクターを健全化し、それへの人々の不信を取り除き、再度個人的なリスクを社会化するパブリック・セクターの仕組みを改善することです。小泉改革は、パブリック・セクターによるリスクの社会化そのものをぶっ壊そうとしています。リスクの社会化の仕組みそのものを、「官から民へ」という形でバッサリと切り捨てて、リスクを個人個人にかぶせるという路線をひた走っているわけです。これでは、まさに今の米国のように、社会的弱者、「負け組」は、人間らしく生きていくことすらできなくなってしまう。そのヘンの小泉改革の問題性が、ようやっと多くの人々にも見えてきたわけです。

 最新号の『世界』で鈴木宗男さんと対談しました。確かにあの人は利権政治家だったと思いますよ。あくどいことも、いろいろやったんでしょうね。鈴木さんの政治手法についての批判は、北海道にいる私もよく知っています。

 だけど、鈴木宗男さんにしても、政治の原点として、「困った人を助ける」、あるいは「自分の責任ではないことによって苦しむ人々を助ける」という理念は彼なりにあるわけです。人間は生まれる場所も、親も選べません。そういうまさに人生の一番の出発のところの不平等というのは、もう個人の力ではどうしようもないものですね。そこはやはり政治の力で、ある程度均等化しなければならない。鈴木宗男さんは、こうしたことを「政治の原点」として持っているとは感じましたね。

 小泉(首相)や竹中(総務相)の言う公平や自由というのは、結局のところ「強者の自由」にすぎないわけです。それでは様々な格差が累積し、どうしても固定化されていってしまう。小泉さんも言葉だけは「機会の平等」を言うわけですが、実際には「極めて大きな機会の不平等」が広がっている。こうしたことは教育社会学の苅谷剛彦さんなどが、つとに指摘してきた通りのことですね。こうした世の中に、一回歯止めをかける必要があるわけです。

 確かに、族議員だとか官僚とかが護持していた様々な既得権益を廃止する、政府の無駄をはぶくという段階は、ひとつ必要だったと思います。それを小泉さんにみんなが期待したというのも、私は理由のあったことだったと思う。だが小泉さんの改革はみな結局非常に不徹底なものばかりです。

 三位一体の地方分権なんかにしても、結局、義務教育や生活保護といったセーフティー・ネットの部分の国庫負担金を無くすというだけです。農水省や国土交通省の官僚が大事にしてきた、様々な補助金財源には、ぜんぜん切り込んでいないわけです。そこら辺がやっぱり小泉さんの限界だと思いますね。

自然災害は自己責任ではない

★去年の総選挙で、自民党は北海道でだけぼろ負けしました。当然だと思いますね。小泉改革によって北海道は完全に切り捨てられてしまったわけですから。「小さな政府」とか「官から民へ」なんていう絵空事のインチキに北海道はもう気が付いていたわけです。だから鈴木宗男さんが、あんなに票をとるわけです。私は、「北海道こそ5年後の日本だ」と最近いつも言っているのです。このままだと社会的弱者や「負け組」はみな、北海道のように切り捨てられていってしまいますよ。

 最近私は、若干考えを変えたことがあります。「ムダだムダだ」というけれど、世の中を健全に統治していくコストをトータルで考えたら、地方へ多少公共事業を渡すぐらい安いものなのではないかと考えを変えました。なぜなら、いま北海道の札幌以外の地域は、どこもかしこもまさに「どん底」です。こうした状態がこのまま3年5年と続いたら札幌以外の地域には人が住めなくなるでしょう。みんな大都市に集まってきて、タクシーの運転手とかコンビニの店員とかやるしかなくなってしまう。

 そうなると世の中は確実に荒廃しますよ。やっぱりいろんな地域で人々が暮らしていて、ムダかどうかは別として、そこで何か仕事に従事してお金を稼ぎ、家族を養っていければ、世の中平和なのです。それが今までの仕事を捨てざるをえなくなって、地方の人々が都会に集まってくる。そうなればやはり社会不安は高まらざるをえないわけです。

 そうなった時、「勝ち組」の人は、米国のゲーティッド・コミュニティみたいに、柵を張り巡らしてガードマンを配置して自分たちを守ればいいと思うのかもしれない。だけど、社会全体はそういうわけにはいきません。多くの人々は、高まった社会不安の中で生活していくしかないわけです。

 先日、「朝日新聞」に高齢者の犯罪が急増しているというニュースが載っていました。原因は要するに貧困と介護の疲労感です。福祉や社会保障を切り捨てると、そういう形で社会全体に悪影響が出てくる。そういうことを考えれば私は、人々の生活を支えるために、もうちょっとお金を使ったって罰はあたらないと思うのですがね。

 「明日は我が身」という感覚でみんなが考えるようになれば、政治の雰囲気もかなり変わってくると思います。明日は我が身と考えることが、リスクの社会化につながっていくと思います。

――小さな政府・市場原理主義で社会的リスクは高まっていくと?

★それはどうしたって高まるでしょう。耐震偽装でもJRの事故でもそうですね。金儲けに狂奔すれば、必ず人に迷惑をかけることになる。他人の安全なんてかえりみずに、自分の金儲けをするわけだから。それが生命や財産に対するリスクとなって表れてくるのは当然でしょう。

 それからもう一つ、このことはあんまりみんな言わないのですが、日本という国は自然災害という面で他の国よりもはるかにリスクが大きい国なのです。ヨーロッパでは地震も起きないし、台風も来ない。米国も去年ハリケーンが来てちょっと大騒ぎになりましたが、ニューヨークやワシントンの辺りでは、地震も起きないしハリケーンも来ないわけです。自然災害に見舞われることはほとんどないから、その点では世の中安定しているわけです。

 でも日本はそうはいきません。最近も大雪が降って100人以上人が死んでいます。東京ももうすぐ大地震に襲われる。台風は毎年いくつもやってくる。こうしたことを考えたときに、やっぱり日本の場合、短期的な効率一辺倒で、どんどん無駄を省いていくという発想では、暮らしていけない。だから私は、市場原理主義とか自由競争原理主義なんていうのは、北米の東海岸という特殊な空間でのみ成り立つ話にすぎないと、いつも言っているのです。

 東京で大地震がおきれば、いかに人々の生活や企業の活動の土台が脆いのか、誰もが気づかざるをえなくなる。新自由主義者は、そういう時にも、自己責任・自己努力って言えるのでしょうかね。水も食い物も援助してやんないぞ(笑)、と言いたい。人は自己責任だけでは生きていけない。個人が負いきれないリスクは、社会全体で引き受けていく必要があるのです。そのためには、やはりパブリック・セクターへの国民の信頼を回復していく必要があるわけです。


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(2006年2月15日発行 『SENKI』 1203号4面から)

http://www.bund.org/interview/20060215-1.htm

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