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横須賀「いちにんのいのち」＝網谷利一郎（横須賀通信部）
◇首相の故郷で「重い」のか−−きな臭くなるばかり
「いちにんのいのち」を考えさせられる事件が３日朝、神奈川県横須賀市で起きた。小泉純一郎首相の地元は、米軍と自衛隊の基地がある「日米安保の縮図の街」だ。そこで、米兵士が出勤途中の女性を襲い、強盗殺人容疑で逮捕された。原子力空母配備で揺れるヨコスカは、１人の命をめぐり、日米の複雑な思惑が渦巻いている。
「警察で見たのは母ではなかった。こんな姿にした男を、もう二度と世の中に出してほしくない」
殺害された派遣社員、佐藤好重さん（当時５６歳）の告別式で、三男が涙声で訴えた。遺族の許可を得て、焼香に参列した。祭壇の和服姿の遺影は、正月２日に続いて３日も朝６時に出勤した「働き者」の顔だ。しかし、ひつぎの中の遺体は肋骨（ろっこつ）が６本、鼻骨も折れ、無残だった。
在日米海軍司令部のケリー司令官は６日、蒲谷亮一横須賀市長を訪れ「ゴメンナサイ」と日本語で謝罪した。空母「キティホーク」の上等水兵、ウィリアム・オリバー・リース容疑者（２１）の身柄が横須賀署特捜本部に移され強盗殺人容疑で逮捕されたのは翌７日だった。
事件は米軍基地が「日本の中の外国」である現実を改めて突きつけた。沖縄の少女暴行事件で見直し機運が高まり、０４年に運用改定された日米地位協定で、殺人容疑の移送は今回初めて。「容疑米兵浮かぶ」と報じられてから引き渡しまで３日間。特捜本部が請求した空母の捜索令状は「最高裁見解で、米軍艦は日本の主権が及ばない」との裁判所判断で取り下げられた。
小泉首相は事件後「日米地位協定の見直しは考えていない」と表明した。祭壇に「外相」「防衛庁長官」の生花はあったが、「総理大臣」の名はなかった。首相会見をテレビで見た佐藤さんの弟、真田修一さん（５５）は「地元で罪のない女性が殺されているのに。地位協定も大事だろうが、私には姉の命も大事なもの」と話した。
通夜に１００人、告別式に８０人。米軍の「大弔問団」の背景には、「寝た子（原子力空母への反対）を起こさない」との本音がひそむ。米軍は昨年１０月以降、横須賀を事実上の母港とし、０８年に退役予定の「キティホーク」の後継艦は原子力空母「ジョージ・ワシントン」と発表した。地元を説得しようとした矢先の凶悪事件だ。「最悪のシナリオ」と米軍関係者は漏らす。
しかし、市民にとって「最悪のシナリオ」はもっと深刻だ。米研究者の調査では、横須賀基地の原潜が放射能漏れ事故を起こした場合、風向きにより首都圏に被害が及び「７万７０００人死亡」と推定される。昨年の原潜の寄港は延べ１７隻、１２７日に及ぶ。
昨年末に帰港したマクレーン第５空母群司令は「車の買い替えと同じで、より性能のよい原子力空母に換えるので大丈夫」と語った。訪米して通常艦配備を訴えた呉東正彦弁護士は「車と原子力空母を同一視するのは論外。原子炉２基の原子力空母は、動く原発を２基積んだ危険な艦船。小泉首相は米軍の言いなりでなく、安全の説明責任がある」と指摘する。
昨年、横須賀市内では米兵や軍属による殺人未遂や窃盗などの犯罪が２４件起きた。空母の乗組員約５０００人のうち、半数は２０歳前後だ。米軍の厳戒態勢中、１８日にまた米兵（２１）が中学校に侵入し、逮捕された。
しかし、空母配備と同様、今回の事件でも地元の怒りの声は盛り上がらない。米軍再編では神奈川県の座間市や相模原市の市長が先頭に立ち、反対の市民大会を開いた。横須賀でその動きはない。戦前、海軍の鎮守府があった横須賀は、戦後も米軍や自衛隊の基地に依存する体質が続く。米軍基地前で抗議デモをした清水昭司さん（７７）は「横須賀は唯一の空母の海外基地で、それを守りたいのが米軍の腹。市民はもっと怒らねば。地位協定を見直すチャンスなのに」と悔しがる。
「横須賀の 丘に吹く風いちにんの いのちの重み世界に告げよ」
佐藤さんの斎場の裏手に中央公園があり、小高い丘に島田修二さんの歌碑が建つ。横須賀出身で、０４年に７６歳で急逝。兄は戦死し、自分も海軍兵学校へ。戦後は短歌の道に進み、歌会始の選者を務めた。小泉首相の高校の先輩は、死の半年前に故郷の丘に登り、この歌を詠んだ。
小泉政権になって４年余り。取材体感からすれば、旧軍港はきな臭くなるばかり。「母の死を無駄にしないで」と遺族は願う。「いちにんのいのち」が、あなたの街では大切にされているだろうか。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/kishanome/
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