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(回答先: 「トロフィーに触れたい」 伊、仏の主力選手が会見 [共同通信] 投稿者 white 日時 2006 年 7 月 08 日 00:42:51)
□攻撃的でもなければ、守備的でもない――最終形を見つけたアズーリ
http://wc2006.yahoo.co.jp/voice/nation/katano/at00009778.html
第4回 攻撃的でもなければ、守備的でもない――最終形を見つけたアズーリ
優勝を狙う強豪国のなかで、決勝トーナメントの組み合わせに最も恵まれたイタリア。
決勝トーナメント1回戦ではオーストラリア相手に、後半を10人で戦うことを強いられた末、最後の最後で「棚ボタ」のPKをもらって辛勝と、危ない橋を渡ったが、準々決勝のウクライナ戦は、3対0と文句なしの完勝だった。
グループリーグ(GL)から通算5試合で、9得点/1失点。その1失点も、アメリカ戦でザッカルドが決めた冗談のようなオウンゴールであり、まだ相手には1ゴールも許していない。
リッピ監督はかねて「どんな相手に対しても3人のアタッカーをピッチに送り、常に自分たちが主導権を握って戦うことを目指す」と宣言して、攻撃サッカー路線を打ち出してきたが、蓋(ふた)を開けて見れば、イタリアの前進の原動力となっているのはやはり、攻撃力ではなく、堅固極まりない守備力の方である。
事実、この5試合の歩みを振り返ってみると、イタリアの布陣と戦い方は、多少のリスクがあっても攻撃を優先するそれから、攻守のバランスを重視したリスクの少ないそれへと、徐々に修正が施されてきていることが分かる。
試合ごとに変わるシステム
最初の2戦は2トップの下にトッティを置いた4-3-1-2だった。ガーナ戦では2対0と幸先のいいスタートを切ったが、不用意にカウンターを浴びる危険な場面が思ったよりも多かった。続くアメリカ戦は、前線からの激しいプレスに一方的に押し込まれ、両軍合わせて退場者3人という乱戦を招いた末に引き分け止まり。
2トップ+トップ下というこのシステムは、攻撃に人数をかけられるという長所がある反面、陣形が縦に間延びしやすく、ボールを奪われた時にカウンターを浴びやすい、またトップ下が守備参加をサボると、中盤が数的不利に陥って相手に押し込まれやすい、という欠点も持っている。
トップ下のトッティが故障明けで運動量に欠けるおかげで、長所よりも欠点が強調されたこの2試合を見て、リッピ監督は当初からの構想だった4-3-1-2を諦めざるを得なくなった。
GL最後のチェコ戦は、1トップの下にトッティとカモラネージを並べた4-3-2-1にシステムを変更、マテラッツィのゴールで先制したあとは、カモラネーシを中盤に下げて4-4-1-1と言った方がいい布陣で手堅く戦った。
決勝トーナメント1回戦オーストラリア戦では、何とトッティをスタメンから外し、前線をトーニとジラルディーノの2トップ、デルピエーロを左サイドハーフに据えた4-4-2(一般的には4-3-3という表記が多いが、デルピエーロは実質MFとしてプレーしていた)。そしてウクライナとの準々決勝は、トーニとトッティの2トップを縦に並べた4-4-1-1だった。
「どんな相手に対しても3人のアタッカーをピッチに送る」という宣言は、今となっては空証文に過ぎない。リッピ監督は、DF4人、MF3人、FW3人という布陣を前提にメンバーを招集したため、4-4-1-1という布陣を敷くと、FWがだぶつく一方でMFが駒不足になってしまうという問題もある。
だがアズーリはそれと引き換えに、4人のDFと4人のMFがコンパクトな2ラインを自陣に敷き、相手にほとんど攻撃のスペースを与えない堅固な守備、そして前線で守備の負担から解放され、持ち前のテクニックと創造性を存分に発揮して攻撃を演出するトッティという、攻守両面にわたる大きな武器を手に入れた。おそらくこれが、今大会におけるアズーリの最終形になるだろう。
開催国ドイツvs.成熟したアズーリ
現在のイタリアの戦い方は、決して「カテナッチョ」、つまり専守防衛の受動的なサッカーではない。しかし、無理をせずに攻守のバランスを保ち、辛抱強くチャンスを待つという意味で、イタリアサッカー伝統のメンタリティを色濃く反映した戦い方であることは確かだ。
我々はすぐに「攻撃的/守備的」という二分法でサッカーを語りがちだが、今のイタリアは、そのどちらでもない絶妙なバランスを見出し、チームとして成熟を果たしつつあるように見える。今大会出場国のなかでは、フランスと一番似たポジションかもしれない。
次の相手は開催国ドイツ。ホームの大観衆のバックアップを受けた、若くて勢いのあるチームに、成熟したアズーリがどう応えるかが見物である。
(フットメディア)
片野道郎(かたの・みちお)
1962年生まれ。1995年より北イタリア・アレッサンドリア在住。翻訳家兼ジャーナリストとして、専門誌などを通じ、イタリアサッカーの魅力と奥深さを多角的に伝えている。