(回答先: 「自己の存在証明の仕方」 投稿者 PARTICULARITY(x) 日時 2006 年 9 月 10 日 15:14:27)
問題は、「誰にその羨望で何かやっているか」よりも、「その羨望で何かやっているか」であろう。もしやっているなら、その誰かは容赦しないと思うし、反撃も或る価値体系(主観)では“正当”ではないか?
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