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http://it.nikkei.co.jp/digital/news/index.aspx?n=MMITew000022032007&cp=1
3月5日から9日まで米サンフランシスコで開催された「ゲーム開発者会議(GDC)07」の報告の第2回。今回のGDCで見えてきたのは、少なくとも高性能を売りにするコンシューマー機のシェア争いにおいて、北米ではほぼ決着がついたということだ。厳しい書き方だがソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の「プレイステーション3(PS3)」対マイクロソフトの「Xbox360」の争いでは、PS3の敗色が濃厚になってきた。理由は、北米の有力なソフト供給会社がPS3に見切りを付け始めていることが明白にわかってきたからだ。(新清士のゲームスクランブル)
最大の弱点になった「セル」
北米のパブリッシャーの大半は、PS3とXbox360のどちらが勝っても大丈夫なように保険をかけて、両ハードにソフトを投入できるマルチプラットフォーム戦略を取っている。それでも結局は、普及台数が多い方を基準に多くの企業が戦略を組み立てていくようになる。つまり、100万本単位のヒット作が出るようになってきたXbox360を主体にして考え、PS3にはそれを移植するという方向性だ。しかも困ったことに、PS3は未だ開発環境が安定していない。
GDCでSCEは、「EDGE」というPS3向けのソフト開発環境を発表した。このEDGEを持って開発環境の整備を推し進める姿勢を鮮明にしたが、マイクロソフトが1年以上前に提供を始めた開発環境「XNA」にやっと追いついたという状態に過ぎない。
やはり、弱点はPS3の心臓部の「セル」プロセッサーである。セルはスーパーコンピューター並みの性能を発揮する潜在能力を持つ。しかし、セルの中に7機搭載されているコア部分「SPE」を積極的に使おうとすると、ソフトのプログラミングが複雑になり、Xbox360との互換性の乖離が激しくなる。
そうなると、Xbox360からPS3への移植が難しくなるため、マルチプラットフォーム戦略を取るソフト開発会社はSPEの7機すべてを使うのを断念しつつある。ただし、複数のSPEをうまく使えなければ単なるコア1つのCPUと同じで、下手をするとXbox360よりもパフォーマンスが出ない。実際、北米企業の間ではPS3をXbox360の下位互換機扱いする動きが広がりつつある。
GDC期間中に、ある大手パブリッシャーの開発部門責任者から非常に厳しい意見を聞いた。「私の会社は、マルチプラットフォーム戦略を推し進めているが、PS3版の開発が常に問題を抱えている。PS3版は、Xbox360版の単なる移植で済ますことができない。PS3版でも、Xbox360版と100%同じサービスを提供できるように開発を行っているが、それが容易ではないのだ」という。
特に困っているのがネットワークに関連する部分だ。Xbox360ではユーザー間のマッチングやランキングシステムなどの基本的なプログラムが、マイクロソフトによって提供されているため非常に容易に開発できる。「しかし、PS3ではそういうプログラムがSCEからまったく提供されていない。その部分をゼロから自分たちで開発しなければならないため開発費を押し上げ、プロジェクトの大きな負担になっている」。
このような理由からPS3向けタイトルを開発したいと思わせるインセンティブが、北米のパブリッシャーから失われつつある。例えば、大手パブリッシャーのMidwayは1月26日に行ったプレスカンファレンスで、コンシューマー機ではPS3独占タイトルとしていた「Unreal Tournament 3」をXbox360でも同時リリースすると発表した。
パソコン版だけでも100万本を狙えるタイトルであるが、これの開発元が昨年12月にXbox360向けにリリースした「Gears of War」が300万本売り上げた結果を見て、PS3独占にしておいては収益機会を失うと判断したのは間違いない。
「後出しじゃんけん」ができるマイクロソフト
企業とはまさに生ものである。2001年頃にはPS2が絶好調で、ソニーはグループとしても飛ぶ鳥を落とす勢いで、打つ手のすべてが順調に流れた。PS2がXboxと争っていた当時は、Xboxがオンライン対戦機能などを目玉として発表しても、後出しじゃんけんのように「PS2もネットワークサービスを提供する」と発表するだけで封殺することができた。
ところが、わずか5年で立場が完全に逆転してしまった。今はマイクロソフトの方が後出しじゃんけんが可能な状態にある。PS3が新たに発表してくる新戦略を潰すための攻撃オプションを多数用意している。
例えば、今回GDCで発表になったPS3の3次元コミュニティーサービス「Home」に対してもそうだ。マイクロソフトは(たとえ実際の開発がまるで進んでいないとしても)、7月のゲーム展示会「E3」の際に「Home」と同じようなサービスを開始するとちょっとしたデモを打つことができる。それがブラフだとしても、「Home」に魅力を感じているユーザーのPS3の購買意欲を削ぐことができる。
「Home」の正式サービス開始は11月とまだ先である。逆に言えば、半年以上の期間があるわけで、その間にマイクロソフトは対抗策を準備できる。SCEはそれがわかっていても、PS3の独自性を打ち出すためにGDCのタイミングで発表に踏み切ったのだろう。
SCEはすでにヨーロッパ市場では、PS3の部品点数を減らした低コスト版を投入した。次の焦点は北米での低コスト版の投入と、いつ値下げを行うかだ。ただし、マイクロソフト側もXbox360の部品点数を減らす再設計サイクルはほぼ完了していると見られている。
今年1月のCESに合わせて、米Next Generation誌に、HDMI端子を搭載した新バージョンのXbox360が存在し年内に投入が予定されていることがリークされたが、これもやはりPS3への牽制のための意図的なものと見られている。SCEがPS3の値下げをしてくれば、確実に対抗値下げをしてくると見ていい。そのため、価格差は埋まらない。
Xbox360のタイトルラインアップも、北米では年末商戦まで途切れなく質の高いものをリリースできる状態が整ってきた。今年の年末にやっと有力タイトルが揃い始めるPS3に比べ、その点でも優勢だ。雪崩を打つように、北米企業はXbox360を本命視しはじめている。
冒頭にも書いたように北米市場において、SCEは非常に厳しい立場に追い込まれている。Xbox360はPS3を潰すという一点を中心に、プロジェクトの立ち上げ当初から戦略を組み立ててきた。それが有効に機能していると言わざるを得ない。
PS3は今後、北米ではかなり厳しい戦いを強いられるのは間違いない。そうなると、Xbox360では供給されない自社タイトルのブランド力をどう維持するのか、また、マイクロソフトが立ち上げに失敗している日本市場でいかに数を稼げるのかといったところが重要なポイントになってくる。
さらにいうと、気が早いかもしれないが「プレイステーション4」はどういう形なら、Xbox360に勝ちうるのかという課題を突きつけられているとも言える。「セル」でなければ絶対にできないアドバンテージを持ったサービスの形はあり得るのかという問いもある。
高機能のゲーム市場の収益性に問題
ただし、Xbox360にも問題がある。今年のGDCの隠れた論点は、そもそもPS3とXbox360によって形成されている高機能ゲーム機市場は儲かるのかという根本的な疑問だ。
多くの開発者と実際に議論して、痛感したのはその点だ。多くの開発者が、PS3やXbox360のパッケージ市場に新規に参入する余地があるとは思っていないし、参入意欲も持っていない。驚くべきは開発費の高騰である。
PS2時代でも、大きなタイトルのプロジェクトは開発費が10億円に達すると言われるようになり、大丈夫かと不安を感じさせるところがあった。ある開発者は「今や10億円は当たり前で、20億円が基本相場になりつつある」と話していた。
コスト高騰の要因となっているのは、高度化した性能をフルに使うために必要なグラフィックスまわりの肥大化だ。いくらマルチプラットフォーム戦略を取っているからといって、トータルの販売本数が2倍になるわけでもない。ユーザーが開発コストの増加分を負担してくれるはずもなく、価格を2倍にすることもできない。
昨年のGDCでは、開発コストが高騰化し複雑化する開発環境のリスクに企業をどう適応させるかが大きな論点だった。ところが今年のGDCの雰囲気を見ると、多くの企業の判断は「そもそもそういうリスクのある市場に参入しない方がよい」という方向へと傾き始めているように感じられた。
北米市場で注目すべき別の環境変化もある。小売店に流通させる際の締め付けが、エレクトロニックアーツなど大手パブリッシャーによって、ますます厳しくなっているという意見を何度となく耳にした。
実際に、近くのゲームショップに行って驚いたが、数年前に比べ品揃えが確実に悪化している。売れ筋の一部の商品に小売店の売り上げも偏っており、中小の新しい変わった商品はそもそも店頭にさえ並べてもらえない。数年前に日本のゲームショップで見られた風景と変わらないのだ。
続編モノか、スポーツといった権利モノか、大きな資本力のある企業がコストをかけてプロモーションをしているタイトル程度しか並んでいない。市場の多様性が低下しており、通常であれば新ハードが登場して活気がなければならないのに、全体的には元気がないように感じられた。
北米市場は急速に成熟化している。結局、新ハードの勝負でXbox360が優勢かどうかにかかわらず、市場自体の寡占化が確実に進行している。そして20億円という大金をつぎ込んで作られたタイトルが今年の年末頃から大量に出始めるが、十分に収益を回収できるタイトルは一部に限られるだろう。そのあとに何が待っているかといえば、資本力の劣る中堅のソフト開発会社の苦境である。
1960年代のハリウッドは、一度大きな危機を迎えた。場当たり的な大ヒットを狙ったスペクタクル映画の時代である。当時、13億円かかった「十戒」、その3倍の37億円の「クレオパトラ」など、巨大セットと大量のエキストラを使う巨艦主義へとなだれ込み、制作コストが果てしなく上昇した。そして、その莫大なコストをまったく回収できない映画が続出したことによってバブルははじけた。
再び繁栄の時期を迎えるには、セルビデオといった映画単体での収益以外に収入を得る方法論が発見される80年代に入ってからだ。現在の映画は映画館での興行収益だけでは、とても制作コストを回収できないことはよく知られている。
北米のパッケージ市場を中心としたゲーム産業は、その60年代のハリウッドに近い状況に突入しているのかもしれない。開発費の上限値が試されようとしているといってもいい。そこから先は誰も儲からない臨界点が、まもなく明らかになってくるだろう。
GDC期間中に表彰式が行われる「Game Developers Choice Awards」という賞がある。そのなかで新しいビジネスジャンルを切り開いた人物に与えられる「マーベリック賞」を今年受賞したのは、古株の開発者、グレッグ・コスティキャンという人物だ。彼は2005年8月に、米Escapist誌で「Death to the Game Industry(ゲーム産業に死を)」というショッキングなタイトルの記事を発表した。これまでのパッケージ中心のビジネスモデルの崩壊を予言したのだ。それが今、現実になろうとしている。
しかし、それを克服する新しいトレンドも今年顕著に出てきた。それは来週述べる。
-筆者紹介-
新 清士(しん きよし)
ゲームジャーナリスト。立命館大学大学院政策科学研究科講師
略歴
1970 年生まれ。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。ゲーム会社で営業、企画職を経験後、ゲーム産業を中心にリサーチするジャーナリストに。他に、ゲーム専門学校デジタルエンタテイメントアカデミー講師。ゲーム開発者を対象とした国際NPO、国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表。コンピュータエンタテインメント協会(CESA)理事。ブロードバンド協議会オンラインゲーム専門部会部会長。日本デジタルゲーム学会(DiGRA Japan)理事。著書に『「侍」はこうして作られた』(新紀元社)。