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http://www.jcp-ngn.com/policy/2007/07_01.html
同和事業の復活を許さない─県民世論の結集を
日本共産党長野県委員会副委員長 有賀光良
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怒号・恫喝で─県民的な議論を拒否する集団
五月三十日佐久市勤労者福祉センターで、長野県人権・男女共同参画課による、同和問題について県民と村井知事が直接対話する「意見交換会」がひらかれました。
この集会は、県が主催する誰でも自由に意見表明ができる「意見交換会」のはずでしたが、開会前に部落解放同盟(解同)の幹部とおぼしき人物が「部落解放同盟の申し入れで開くことになった」と異様なあいさつがありました。
集会では、村井知事のあいさつのあと自由な意見交換ということではじまりました。
はじめは、県下各地の「解同」の活動家が「今なおある差別の実態」を次々に発言し「同和教育の充実」を要求し、こもごも、「村井知事の選挙を一生懸命やりました」と言っていたことが目立ちました。
日本共産党の岡部学佐久穂町町議は、同和地区の人で商売をやっている人のところに他の地域の人々もよってきて待合所のようになっている例をあげて、住民の間の差別意識は解消してきている。「解同」への補助金はやめるべきだ、とのべました。
長野県地域人権連合会の佐々木保好議長は、「県の調査でも、生活環境は整備されてきて、これ以上の同和対策の事業は必要ない」と発言しました。
市村千恵子日本共産党御代田町議は、「遊び半分の子どもの発言をとらえて、重大な差別事件だと子どもを犯罪者のように取り調べたり、確認会をやってきた」やり方を厳しく批判しました。
岡部町議の発言が始まるや、「お前は差別者だ」「出ていけー」「時間がもったいない。やめろ」「共産党の集会じゃないぞ」などの罵声・怒号がとびかい、発言内容が聞き取れないほどの騒然たる集会になってしまいました。
このような事態は佐々木氏と市村町議の発言の時もくりかえされ、「解同」に異論を唱える発言は許さないという異常な雰囲気の集会でした。
残念ながら、司会をしていた県の課長はこのような罵声・怒号を何ら制することもなくなすにまかせ、「解同」にいわれていたのか、「共産党にあてるなー(発言させるな)」というどなり声に動揺ししたのか、市村町議は始めから手をあげていたにもかかわらず一時間以上、そちらを見ないように目をそむけ、なかなか発言を許可しませんでした。
たまりかねて、居合わせた高村京子県議が「○○課長。公正な運営をしてください」と再三にわたって罵声に負けない大きな声で抗議をしました。
このようななかで、村井知事が職員を呼んで耳うちして、最後から二人目にようやく市村議員が発言できるようになったのです。村井知事から見ても、あまりに「解同」いいなりの一方的な集会の運営ではまずいと判断されたものでしょう。
俺たちが決める─この集会で「解同」とはどういう団体か、その正体をあらわにしました。
「差別は差別されたものでなければわからない」「だからこの問題はすべて俺たちが決めるんだ」という発言がいくつかありました。
発言を聞いてからの反応ではありません。
日本共産党議員が発言を始めたとたんに騒然たる野次・怒号でいっさい聞く耳を持たない・発言させないという態度に終始しました。
日本共産党の党員だからこそ、毅然として堂々と発言ができましたが、一般の県民ならば恐ろしくて会場にも来られないでしょう。
また、この日の発言では「(差別問題は)おれたちが決めるんだ」「差別されたら怒るのは当然だ」という発言があい次ぎ、この集会でどなりつけることを当然という態度でした。
しかしこのときの日本共産党議員の発言は差別でも何でもありません。発言したとたんに、内容を聞きもしないで、一方的に「差別だ」とどなりつけるだけです。
集会の翌日五月三十一日、集会に参加した高村京子県議のもとに、部落出身の一青年と名乗る人物から、「普段温和な私を怒らせたことを後悔させてやります」という脅しとも取れるメールが送りつけられています。
確認・糾弾会についての法務省の見解
一九八九年当時「解同」が全国的に確認・糾弾会をおこなって地方自治体を震え上がらせて、同和予算を拡大していった頃、法務省から各県の人権擁護委員会あてに「確認糾弾について」という見解を改めて送りました。
このなかで、「次のような問題がある」ことを指摘しています。
@ 確認糾弾会は、いわゆる被害者集団が多数の威力を背景に差別したとされる者に対して抗議等を行うものであるから、被糾弾者がこれに異議を述べ、事実の存否、内容を争うこともままならず、また、その性質上行き過ぎて被糾弾者の人権への配慮に欠けたものになることを本来もっている。
A 確認・糾弾会においては、被糾弾者の人権擁護の手続き保証がない。すなわち、被糾弾者の弁護人的役割を果たす者がいないうえ、被害者集団が検察官と裁判官の両方の役割を果たしており、差別判定機関としての公正・中立性が望めず、何が差別かということの判断をはじめ、主観的な立場から恣意的な判断がなされる可能性が高い。
とその問題点を厳しく指摘しています。
そしてその他の問題点として、
○ 「同和問題はこわい問題である」との意識を一般に植え付け、人々が地域・職場などのあらゆる場面で同和問題について自由な意見交換をすることを差し控えさせてしまったといえる。
○ 行政機関に対して確認糾弾会への出席が強要されているが、これは行政の公正・中立性をそこない適正な行政の推進の障害となっている。
○ 以上のとおりの様々な問題点にかんがみると、確認・糾弾会は同和問題の啓発には適さないといわざるを得ない。
現実の社会生活の中に─差別はなくなってきている
この集会の「解同」の特に幾人かの女性の活動家たちから、「(差別があることを)子どもも知らない。先生も知らない。こんなことでいいのか。だから同和教育をしっかりやってほしい」という発言が出されたことが目立ちました。
これは、部落差別がなくなってきている現われです。
日常生活の中で、部落差別を目の前に見たことも聞いたこともなければ、子どもも先生も知らなくて当然ではないでしょうか。
「だから同和教育をしっかり」ではなくて、「だから同和教育なんてもういらない」ということこそ、現実にあったものです。
東信のある学校で、中学生が昼休み中に「将軍、殿様、
家老、武士、平民、えた、ひにん」などと言って遊んでいたことを聞きとがめ、「重大な差別事件だ」と昼休み中生徒一人ひとりが別室に呼ばれて厳しい事情聴取を受け、さらに、親も校長室に呼び出され、このことがただちに「解同」に報告されて、確認会が開かれたという事件がありました。
このことがどれほど子どもたちにショックを与え、心を傷つけたことでしょう。
この場合は、誰かが誰かを差別したものではありません。「差別事件」などにはなりえないものです。
「この言葉はねこういう意味をもっているのよ」「この言葉を聞いて傷つく人もいるのよ」「だからこういう言葉は使わないようにしましょうね」などと教育的な対応がなされればそれですんだ話です。
親の間から「使って悪い言葉ならわざわざ教えなんでほしい」と同和教育にたいする批判の声が上がっています。
私たちは、部落差別が百%、完全になくなったと言っているわけではありません。残念ながら一部に心ない発言なども残っていることも事実です。しかしそのつど確認・糾弾や「おれは怒ったぞ」では差別は完全になくなりません。それぞれに即した、個別の教育的な対応がもとめられていると思います。
また、先に紹介した法務省の見解にあるように、同和問題に関する「自由な意見交換」ができることを保障することはもっとも大事な点ではないでしょうか。
消え行く運命に─焦りの表明
部落問題が解決してゆくことは、社会の発展であり、必然的な歴史の流れです。
部落差別がなくなれば、部落解放運動もその歴史的役割を終えます。
「全国部落解放運動連合会」(全解連)は今までの歴史的役割を総括して、「地域人権運動連合会」へと発展的解消をしました。
「解同」の人々は、「部落問題」が解決してゆく展望をもつことができないために、部落差別がなくなって同和利権を失った後の展望をもつことができません。
基本的には部落差別がなくなってくるなかで、「部落解放運動」のよって立つところがなくなることに大きな焦燥感があります。
高村京子さんのもとに送られてきたメールには、「私たち被差別部落のものには、ここ数年の田中差別県政のもとに、まさに崩壊の危機を迎えておりました」と正直に書かれています。県政が同和対策事業を廃止したことは、県民の間にわずかに残っていた「部落差別」の解消をさらに前進させる役割を果たしてきて、「部落差別があることに存在意義」がある「解同」にとって大きな打撃になっていることを示しています。
この日の集会でも、大きな声をあげていましたが、県民を納得させるだけの内容のある発言はほとんどありませんでした。
そこで「解同」の同盟員がすがる思いでいることは、「依然として差別は厳しい」という同和教育の充実であり、「同和利権」温存の「同和対策事業」の充実でしょう。
三十日の集会も、村井知事に対して、「おれたちは知事選挙を一生懸命してやった」ことを強調して、県の同和教育と同和対策事業の復活をせまる集会にしたかったのではないでしょうか。
それが、日本共産党員が参加したために思惑がはずれて、怒りの矛先が日本共産党に向いて、騒然たる集会になってしまったように思われます。
紹介したように、この三人の発言はいずれも、「差別的」でも「妨害的」でもありませんが、高村京子県議へのメールに「共産党の皆様の差別発言、妨害的・・・発言」などという言葉に思わずなってしまったのでしょう。
長野県政が、このような勢力のおどしに屈してせっかく廃止した同和事業を復活させないように、県民のたたかいがますます重要になっています。