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ここで言う「他者」とは(日常用語で言う)他人とは異なり、哲学的な意味である。
・自分の理解を超えている
・自分を理解しようとしない
・etc.
いろいろと説明は出来ると思うが、
この「他者」との出会いによって、人間は「説明能力を」鍛えられていく。
社会へ出て見れば、ほんの数日で理解できる経験的事実ですらある。
柄谷行人のファンの方なら、
・教える立場と学ぶ(=教えられる)立場
・(商品を)売る立場と買う(=売られる)立場
などと表現すればよいか?
どちらも関係が成立するには「命懸けの飛躍」を必要とする。
この「他者との出会い」を欠いたまま大人になると、
おのれを“浅学非才のカス”などと言ったまま、
何一つ努力もせず、開き直ったまま言論活動
(と呼べるもののレベルに達していない、中学生の作文でももっとましなものがあるが・・・)
を続ける精神の持ち主になるのが正しいようだと思われるらしい(あ、K用語が(笑))。