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(回答先: 自分の殼に閉ぢ籠る息子に宛てた或る父親の手紙 投稿者 石工の都仙臺市 日時 2006 年 7 月 11 日 12:33:56)
日本人庶民の間で、古来から伝承されてきた言葉の中には、真理を貫くものが多いわのう。
人間の魂から発露された表現には感心させられる。まさに言い尽くして妙じゃわな。
人を呪わば穴二つもそうじゃが、親の因果が…もそのとおりじゃでな。
ワシが日頃から申しておるように、日本人はもともと「天地の法則」、「この世の摂理」を日常生活に昇華させた、稀有な民族じゃと思うとるが、そうした摂理に根ざした言葉は大切にせないかんわんな。もちろん迷信も多いからのう、そこんとこを学ばないかんわな。
http://www.k2.dion.ne.jp/~well0369/newpage11.html
ワシにも子があるでな、親の気持ちは痛いほど分かるがの、このご案内の文はいかんせん摂理に無知じゃわな。なかなか深みのある文じゃが、実はぺらぺらの薄っぺらじゃて。この手の親は最近多いわな、じゃから、引きこもりや自閉症をはじめとして精神的な問題や親殺しなど狂った事件、事象が多いわさ。
子供に「己の内面を…」と、の給わっておるが、これは親本人こそが「己の内面を…」見つめないかんことじゃて。
これもそれも、日本人が「霊と物質の二重構造」、「輪廻転生」、「霊主体従の理」などのこの世の摂理を忘れた結果にじゃわな。
子供の異常のほとんどは親に原因があるんじゃて。あるいは先祖に決定的な事柄がある場合もあるが、親が清められんかったわけで、やはり責任は親にあるわのう。
http://www.k2.dion.ne.jp/~well0369/boke-nikki01.html#6月1日
親こそ、とくに父親こそがを己の心を見据え、自分が何を心にして何を行って来たか、胸にてを宛てるべきじゃな。己の心に愛があったか、他者に許しの心を与えたか、もし他人様に後指を指されることなどはした覚えが無いと言うのじゃったら、親を大事にし、先祖を大切にまつっておったか、盆暮れなどの供養ができていたか。考えて欲しいのう。
もっと具体的に言えば親に「徳積みが足らんかった」だけじゃて。こう言う家にかぎって、仏壇も無くあるいはほったらかしが多いはずじゃて。
そんな古臭い、いい加減なことを言うなと思うかも知れんけど、ワシも多くの病や精神的、物質的苦悩の淵に立つ人々から話を聞き、霊界人からもメッセージをいただき、多くの現象を体験してきたが、ほとんどの原因は、目に見えん過去の話、霊界に多くの罪穢れがあるんじゃて。じゃから、霊界人から見れば、「世間に顔向けができん」、「行状が恥ずかしくて穴があったら入りたい」とした状況であるメッセージじゃて。
じゃから、顔向けできんのをできるようにするには徳積みしかないわ。清算するには多くの努力がいるじゃろうがのう。
日本人の多くは感謝を忘れ、徳積みを忘れ、心を、霊を磨くことを忘れてしまったぞ。金や地位よりも大切なのは徳積みじゃて。しかし、命あればまだ間に合うぞ。人に感謝していただく行為を積むことじゃて。
時間の短長はあるものの、必ず好転するぞ。
ぐちぐち言う暇があったら、他所の家のドブ掃除でもした方がましじゃて。町中の犬の糞を綺麗にするとか、ボランティアで爺婆のゲロやしもの世話をするとかのう。
そう言う我が家も徳の無い家じゃったから、気付いたワシが積む努力をしとるんじゃて、その分間違いなく幸せが来るぞ。今は、子供たちのために積むんじゃて、いずれワシが死んでから苦難に遭遇した時、たなぼたが起きるようにのう。