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(回答先: JAL123便墜落事故に関して(戦争板より) 投稿者 ウソ捏造工場 日時 2006 年 5 月 12 日 19:02:21)
救国の草莽の志士 様へのお訊ねなのですが、この阿修羅サイトの管理者から意図的にか課せられている投稿回数制限で、1日あたりの投稿数制限が課せられており、同氏は本日はもう既に投稿出来ないとのことで、同氏の同志であります小姓生に救国の草莽の志士氏より、同氏に代わって以下の内容の投稿をせよとの指示がありましたので、同氏の説をご紹介させていただきます。
1)チャカUの自衛隊への配備時期について
チャカUの配備時期とは、自衛隊の予算が国会承認され、全自衛隊にて多数の自衛艦に本格的に配備されることが承認され、どこの自衛艦にも装備されるようになった時点をもって、本来は「チャカUの自衛隊への配備時期」とすべきでしょうが、1985年8月12日にその本格配備の 為の自衛隊の予算審議に向けた、デモ実験の最中に、駿河湾上でのデモ無人標的機訓練中にあような大事故をやらかしてしまって、予算承認が得られずにその年度での予算は取れなかった筈ですので、チャカVのこの下記サイトで「昭和56年から導入された」とありますのは、本格配備の前の試験的な導入の時期が昭和56年からだったのでしょうから、何の矛盾もありません。
高速無人標的機MQM-74C(CHUKAR/チャカ II)のホームページ
http://rightwing.sakura.ne.jp/jmsdf/other/chukar2/chukar2.html
2)訓練支援艦 について
無人標的機をコントロールするには訓練支援艦の存在が必要ですが、事故当日訓練支援艦は呉にいたことになっています。この点に関しては、確かに無人標的機の「ファイヤービー」や「チャカU」などは訓練支援艦「あづま」などには搭載されていたが、事故当日の1985年8月12日には、「あづま」が広島呉基地に停泊していたと、自衛隊ではしている。しかし、これ以外にも、無人標的機を搭載出来る艦艇としては、「ASU81号」というものもがあり、これは訓練支援と救難を目的として建造された海上自衛隊の自衛艦であり、同型艦艇は5隻あるが、その全艦艇が、事故が発生した空域R116という自衛隊の演習空域に近い横須賀基地に配備されていた。だから、その中の一隻が当日の訓練支援艦として使われていたとしても、何ら不思議もない。
しかし、別の話がある。事故後に、自衛隊員だというある人物からのたれ込みが、テレビ各局や新聞社や日本航空にもあった。
「相模湾上にいた戦艦の「たかちほ」より発射された対空ミサイルが、日航機に当ってしまった」という内容の怪文書が送られて来たらしく、その怪文書の内容は吟味されることも、その後の後日談も何も明らかにされていない。もしかしたら、JL123便の尾翼に衝突した「チャカU」を発射したのは、新造艦の「まつゆき」ではなく、たれ込みのあった相模湾上にいた戦艦の「たかちほ」より発射されていて、新造艦の「まつゆき」の方が「訓練支援艦」の役割を負わされていたのかも知れない。
自衛艦「あづま」のホームページ
http://hush.gooside.com/name/a/Ad/Adzuma/Adzuma.html