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不思議な論理
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投稿者 考察者K 日時 2006 年 3 月 11 日 20:56:16: JjkI8nWTpj0po
 

 「奇妙な論理」という本がある。Kの推奨する多角的考察をしようとする人ならば「是非読んでもらいたい本」である。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150502722/249-1454720-4421107

 最近気になる事がある。どうも、Kの文章能力には、かなり問題があるようで巧く相手(読者)に伝わっていない事も多いようである。
 所詮は浅学非才の単なるバカであるKが書いているのは「単なる戯言」でしかないから、相手がどのように捉えようとも良いのであるが、タダでさえ少ない読者に「正確に伝わらないような表現力」によって誤解を招くのならば、これは投稿する事自体がマイナス効果と言う事も考えられる。

 Kが自分に都合の良いように判断するならば、思い込みに囚われていて「Kに対して予断と偏見を持っていて、自分の考え方を再検証しない」もしくは「Kの書いている事は自分に対する反対意見」と「Kの意見を好意的に受け容れられない」もしくは「Kを嫌っているから公平な判断が出来ない」等の考え方のするわけであるが、そのようなものを「自分に対する評価を自分が決定する」と言う。

 これの一番間違っているところは「自分で自分にかける呪い」という点である。前にも書いたが「自分の主観に憑かれてしまうと、これは、一寸やそっとでは憑き物落としはできなくなる」

 良く、ある一定の意見に対する反論には「一部の現象を捉えて、全てを評価するのは、誤ったレッテル貼り行為」というのがあり、Kも使う事がある。
 例えば「一部の韓国人が日本を嫌いだと公言している」という事実を捉えて、韓国人全体に不当なレッテルを貼る人に対し、そのような論法が使用される。

 しかし、別の時にはそのような人が「一部の韓国の人の意見」を紹介する事によって「全ての韓国人は日本に好意的」というようなイメージ的論法を使用しているとすれば、これは、不思議な論理であると言えるだろう。

 論理の性質というのは「何時でも恒常的に通用する汎用性」があってこそ、まともな論理なのだろうと思うが、「一例を持ってそれを全てとしてはいけない」という論理を知っている人が「自分の都合では使用する」ならば、これは「まともな論理ではない」と言う事なのだろうか?

 反対意見でも「良く聞いた方が良い」とKは考えている。しかし、自分に都合の悪い意見については「他の人の目に触れさせない方が良い」と考える人はいるだろう。この辺は考え方なのであろうが、参加型の掲示板において「意見の封殺」をしてしまうのなら、それは既に中立性を失っているという事であろう。
 自分の耳に痛いような意見を読みたくないのならば、投稿活動などすべきではないのかもしれない。他者の書き込めないHPに自分の意見を羅列している方が良いのだろうと思う。

 とは言え、これも一面的な考え方である。人間には誰にでも思想・感情はある。完全に中立的に中立的な思考を淡々と行える人間なんていない。相手の意見を聞こうとしない人も排除していくならば、それは、やはり選別作業なのだろう。

 で、どうもマスコミを中心に「公務員全体に対しレッテルを貼ろうとしている」と言う気がする。確かに公務員に対する税金の負担が少なくなった方が「喜ぶ人は多い」のだろうと思う。
 このままでは「増税になる」それよりは「公務員に無理を押しつけた方が良い」と考えるのは理解できないでもない。確かに公務員にも「廃止した方が良い」ようなものもあるだろう。

 多分だが、自衛隊というのはかなり大幅な削減は可能だろう。Kは前から主張しているが、世界中を敵に回し、経済制裁を受ける事を覚悟で日本を攻めてみても、国土は狭く資源も少ないのだから良い事などない。技術分野における技術力と人材という面ならば少々危険覚悟で占領する価値はあるかもしれないが、戦争によって破壊されてしまう可能性は大である。靖国参拝などで感情の悪化もあるので「感情論によって開戦」という可能性は多少あるだろうが、基本的には「日本を攻め取るような国はない」のだから、自衛隊は大幅に削減できるだろう。不安ならばロシアから中古核ミサイルでも買ってきて「抑止力」にした方が予算面では良いだろう。

 警察だって、政策次第では大幅に減らせる可能性がある。倫理・道徳教育を徹底し、将来不安・雇用不安を減少させ、労働者の待遇を向上させ、失業者を減らせば、根絶は無理にしても犯罪は減少になるだろう。

 でも、実際の所、公務員は必要だから配置されているのである。介護や学校などは都会では商売になるから民間でも出来るだろうが、地方では「商売としてはとても採算が取れない」だろう。農協も銀行もない地域も多いのである。都会の感覚だけで公務員は減らせる。というのは予断と偏見であり、相手の都合を全く考慮しない机上の空論である。

「地方に住む奴は住んでいるのが悪いのだから、俺の知った事ではない、俺には俺の税金の方が大切だ」という考え方は、ある意味では正しいだろう。しかし、そのような意見の人にモラルを語る資格はない。だいたいモラルという考え方が欠落してしまっているのである。

 Kの友人は「公務員を選ばなかった人がなぜ公務員の削減を唱えられる」という主旨の発言をした事がある。公務員削減を唱える人は「自分の選択しなかった職業を楽過ぎる」と言っているのと同じであると言う事である。例えば銀行員なら「選択すれば公務員にもなれた」しかし「選択せずに銀行の方が良い」と判断したのである。その判断が今になって間違いだったと気づいたとして「相手の労働条件を低下させよう」というのは、A社の株とB社の株があり、A社の株を買った人が、B社の株が値上がりしたので「これは、公平ではない」と言っているのに等しいのである。

この論理は不思議な論理と言わざるおえないだろう。
分かりにくいかもしれないので、もう一例挙げておこう、パチンコ屋に行って、5番台を選んだ人がいて、全く出なかったとして、6番台にいた人が連チャンしていたら「あいつの台は不公平だから玉が出ないようにしろ」というのは正当な意見か?と言う事である。

Kの主張は、全体の流れでは理解できる部分もあるが「公務員問題は税金問題であり、今日の財政赤字の局面では、公務員に泣いてもらうのも仕方がない」という意見には一理あるだろうと思う。しかし、それならば「公務員に対し、理解と協力を求め、涙を飲んでもらい、現場主体で切れる仕事は切ってもらい、住民サービスの低下覚悟で公務員を減らす」のが筋である。決して「公務員のイメージを不当におとしめる事によって、一番税金を無駄遣いしている国会議員が現場の実体も調べずに強引に行う事ではない」のだろうと思う。

現在小泉氏が行っている手法は「偉そうに、相手の都合もおかまいなしに、ただ、やりなさい」と閣議決定するという手法である。それを多くの国民が後押ししているのである。

それは、対アジアの外交面でも同じような状況である。相手の都合を考慮せず、靖国参拝などは止めず、偉そうに「日本の方が正しい」と主張していて、どうして道が開けるのだろう?

日本には「不思議な論理」が蔓延している。

 

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