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(回答先: ホロコーストとジェノサイド 西岡昌紀 投稿者 空也 日時 2006 年 10 月 04 日 07:41:06)
http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2000/kikaku/nagai/nagai1.html
永井が四五年十一月二十三日、浦上カトリック信徒代表として読み上げた『原子爆弾死者合同葬弔辞』に注目する。永井は次のように述べている。
「原爆は神の摂理によって、この地点にもち来らされた」「世界大戦争という人類の罪悪の償いとして、日本唯一の聖地浦上が犠牲の祭壇に屠られ、燃やされるべき子羊として選ばれた」「戦乱の闇まさに終わり、平和の光りさし出づる八月九日、この天主堂の大前に焔を上げたる、ああ、大いなる燔(はん)祭よ!悲しみの極みのうちにも、私らはそれを、あな美し、あな潔し、あな尊しと仰ぎ見た」「浦上が選ばれて燔祭に供えられたる事を感謝致します」
永井は『長崎の鐘』の中でも「原子爆弾が浦上に落ちたのは大きな御摂理である。神の恵みである。浦上は神に感謝をささげねばならぬ」と述べている。
燔祭とは、いけにえの宗教儀式。高橋は、永井の説を「浦上燔祭論」と名付け、その背景に、長崎の街が、浦上のカトリックに対する差別を内包していた問題があることを無視できない、と指摘する。「浦上の信徒たちは原爆の犠牲をこうむったうえに、心ない旧市街の人々から“原爆は天罰”とささやかれ、苦悩していた。永井の意図が、こうした信徒の気持ちを慰め、励ますことにあったことは察しがつく」と理解を示す。
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http://www.asyura2.com/2002/bd17/msg/146.html
『ホロコーストの嘘』は間違いで『ホロコーストはあった』 投稿者 あっしら 日時 2002 年 2 月 23 日 15:13:08:
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ヘブライ人やフェニキア人などが新年祭で行った全燔祭のことをホロコーストと言います。新年祭では様々な生け贄が供犠所で捧げられましたが、最大の生け贄が人間だったのです。「初子」や子供、そして、数日間統治者と同じような豪奢な生活をした奴隷などが統治者の身代わりとして犠牲になりました。
全燔祭(ホロコースト)は、共同体=国家に降りかかった災厄の除去を願ったり、共同体や個人が犯した過ちの贖罪としてであり、さらには、共同体の今年の隆盛を祈願するものだったと言われています。
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焼き尽くす献げ物="a completely (holos) burnt (kaustos) sacrificial offering"
http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/296.html
投稿者 たけ(tk) 日時 2004 年 1 月 12 日 14:02:11:SjhUwzSd1dsNg
(回答先: ホロコーストが本当に意味するもの 投稿者 戦争屋は嫌いだ 日時 2004 年 1 月 12 日 03:57:33)
》(ホロHoloには「大量」の意味はないはずで、単に「丸焼き」という意味なのではないだろうか?)
文字どおりでいえば
「(holos) 完全に(kaustos)焼かれたもの」
であり、
「holo」は新共同訳の「焼き《尽くす》献げ物」の「尽くす」に対応すると思います。
ご指摘のとおり「大量に」という意味はありません。
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http://en2.wikipedia.org/wiki/Holocaust
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Holocaust (Greek, "a completely (holos) burnt (kaustos) sacrificial offering")
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