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米国ユダヤ人高校生の告発、AIPACによる恐怖のマインドコントロール(全訳)
これは貴重な証言です。著者はハイスクール最上級生(たぶん18才)の米国ユダヤ人女子高校生で、AIPACが主催するセミナーに参加した体験を描いたもので、めったに手に入らない、このような場所で何が行われているのか、という重大な情報を与えてくれています。
このユダヤ・ロビーの本拠地で、いかに激しく人々がマインドコントロールを受けているのか、米国民主党がどれほど「タカ派」なのか、アフマディネジャッドがどのように悪魔化されているのか、等々、生々しい事実が描かれています。要所要所に描かれるセミナーの雰囲気は、ヒトラーとゲッベルスによるプロパガンダ=マインドコントロールを髣髴とさせるものです。
もちろんこの記事を載せたのはThe Jewish Journalという、おそらくリベラル系ユダヤの雑誌で、所々、本当に本人が書いたのかな、と思うような箇所もありますが、しかし、ひょっとして自分はマインドコントロールを受けているのではないのか、「白か黒か」の二者択一を強制されているのではないのか、という鋭い疑問が目を引きます。
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http://www.jewishjournal.com/home/preview.php?id=15634
さ迷えるユダヤ人 − 無感覚な人々のためのプロパガンダ
2006年3月31日
アリス・オルスタイン
私はこの4年間、シナゴーグの宗教学校で先生の補助として働いてきました。私は2学年の子供たちに最初のヘブライ文字を教えるのが好きです。私は第6学年の子供たちが地図の上でイスラエルを見つけるのをみることが好きです。しかし私が最も愛することは、私の仕事が私に与えてくれるユダヤ教とイスラエルとのつながりなのです。その国は大学にいる間に旅行してみたいと望んでいます。このことが、ワシントンDCで開かれる米国イスラエル公共問題評議会(AIPAC)の年次政策会議への出席というおじいさんの勧めに飛びついた理由なのです。そこで私は1000人以上の学生と4000人の大人に混じりイスラエルの将来についての討論に参加しました。ところが、私はその会議から戻り、そこで私が目撃した数多くのことに、誤魔化されたような、惑わされたような、そして嫌気にとらわれた感じを受けたのです。
その会議について最初に気付いたことは、大変な数の参加者はさておいても、注意深く製作された恐れと緊迫感に満ちた雰囲気でした。我々全員が食事をとり全体会議が行われた洞穴のようなホールは、いつも重々しいクラッシック音楽と赤い光と「今やその時だ」と読める巨大なサインに満たされていました。それが、6つのスクリーンに映し出されるテロリズムのフィルムの合成画面と一緒になって、いつも吹き込まれる「イスラエルを救え」という熱狂に、集まる者達を追い立てました。我々が食事を取り終わったときまでには、集まった人々がイスラエルを守るものなら何にでも――戦争にさえも――喜んで賛成するように思えました。
その会議の保守主義的な傾向は、私が参加する最初のセッションとして私が「政策見通し:民主党員と共和党員は外交問題をどのように見ているのか」への参加を選んだときに、明らかになってきました。共和党の話し手は、ニューヨーク・ポスト紙のジョン・ポドホレッツでしたが、あらゆる質問に対して終始一貫していました。ポドホレッツは民主党をけなし、特定の事柄で意見が分かれることからそれを「精神分裂症」「虚弱」と呼び、さらにイラク戦争への民主党員の抵抗を「不適切で危険である」と言いました。
民主党の話し手であるサイモン・ロウゼンバーグは、ニュー・デモクラティック・ネットワークの会長であり創始者ですが、次のように答えました。「論争は、ある政党の健康の印であるのに加え、あらゆる民主主義にとって重要なものである。」彼はイラク戦争の「間違った扱い方」を指摘しました。「共和党は戦争に軍事的に勝つことだけを気にしているが、それは十分ではない。我々は文化的にも同様に勝つ必要があるのだ。我々は戦争に勝ちそして平和を勝ち取ることを必要とする。共和党は戦争には勝っているが、平和では負けている。」
ポドホレッツは話をさえぎり、民主党員は、戦争を「嫌う」のではなく支持することによって、「忠誠心と責任を持つ」べきだったのだ、と言いました。
全体会議の食事時間は、私たちの国の姿勢とレトリックの技術について私に最も多くのことを教えました。それぞれの講師たちは参加者たちに最も深い恐れと最大の希望をかき立てました。4日後になってさえ、群集から立ち上る総立ちの喝采を受けることがいかに簡単なのか、ということが私を脅かし続けたのです。「私は民主主義を信じている」といった決まり文句でさえ、あるいはもっと言えば「私はイスラエルを信じている」でさえも、人々を総立ちにさせたのです。どれほどの政治的な誠実さと勇気が、何千人もの親イスラエル活動家たちに対して「私はイスラエルを守る」と言わせるというのでしょうか。お世辞もまた効果があるように見えました。それは現イスラエル首相のエフッド・オルメットが行ったようなことです。「神に感謝。我々はAIPACを持っている。」
結局のところ、私はその会議があらゆる事柄を白か黒かにしてしまうように感じました。あなたはイスラエルの味方なのか、でなければ敵である。あなたは民主主義の味方なのか、でなければ悪の政権の味方である。ちょうどイスラエルの首相候補ベンジャミン・ネタニヤフが言ったようにです。「世界は、テロに反対する者達とそれに賛同する者達の二つに分かれている。」
講師たちと「インフォーメイショナル」ビデオは灰色地帯を残さなかったのです。対話や討論のための余地も、そして間違いなく意見の相違のための余地も。私は特に、AIPACが描いてみせるイラン大統領マフモウド・アフマディネジャッドとヒトラーの間の相似性に身の毛がよだつ思いがしました。より重苦しいクラッシック音楽の音に合わせて、6枚のスクリーンが、反ユダヤ演説を行うヒトラーと反イスラエル演説を行うアフマディネジャッドの間を行ったりきたりして輝きました。ポスト・ホロコーストの有名な呪文である「二度と許さない」は何度も持ち上げられました。すべてが、我々が先手を打たない限り新たなホロコーストが起こるのは明らかである、ということを参加者に説得する方向に合わせられていたのです。今は、私はイランの指導者がホロコースト否定者であることも彼がイスラエルを攻撃するかも知れないことに異議を挟むことはしませんが、しかし、上手に作られた音の刺激と色とりどりのイメージを通して、彼が絶対悪であるように思い込まされているのではないのか、と非常に気になります。
スクリーンの光が消えて講演が始まり、私は、レトリックの裏に、戦い雄叫びがあることに気が付きました。国連大使のジョン・ボルトンが「イランに対する痛みを伴う確実な結果」を約束した時に、そしてディック・チェイニー副大統領が「テロリストたちは文明かされた世界に対する戦争を宣言しているが、我々は勝利を宣言するだろう」と語ったとき、私はあらゆることの中で一番恐ろしい二者択一に気付いたのです。あなたは戦争を支持するか、さもなければホロコーストを支持するかである。
このあらゆる狂気にも関わらず、私はこの会議のいくつかの面を本当に楽しみました。何よりもまず、何千人ものユダヤ人たちが一つのホテルに泊まって陽気な大騒ぎをしている図です。「私の部屋にこのカバンを運んでいただけますか?(Could you shlep this bag up to my room, please?)」とか「I’m shvitzing like a pig」【訳注:この部分は意味不明。shelpやshvitzingはおそらくヘブライ語かイーディッシュ語のもじりだろう】などの言葉をロビーの中でみんなしゃべっていました。私は、政治的に話が合うかどうかに関わらず、国中からやってきた学生たちに会うことも好きでした。3人のイスラエル首相候補の話を衛星テレビで聞く機会もまた貴重なものでした。しかし、あの保守的な獣のはらわたの中から戻ってきた後に思い返してみて、私はイスラエルを心から支持しますが、AIPACは支持しません。
(アリス・オルスタインはサンタ・モニカ・ハイスクールの最上級生である。)
【翻訳終り】
なおこの文章の原文は下のサイトでも確認できます。
http://www.rense.com/general72/aip.htm