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■「一掃されなかったナチス 」 八木茂 「諸君!」94年2月号(「異なる悲劇 日本とドイツ」 西尾幹二著 P91〜93)
「(アメリカはニュルンベルク裁判の後、対ソ冷戦に役立つ科学者や諜報部員など、自国に有益なナチを選り分け、特赦した上で)ナチ戦犯の浄化作用をドイツに任せることにした。というのは、ニュルンベルク裁判と併行して公職追放者リストを作成するために調査に乗り出したのだが、約千二百万名に上るリストが山積みされお手上げとなったのである。ドイツの人口は六千万だったので、女子供老人を除けば大体二人に一人は大なり小なりナチ協力者という内訳であった。常識的に考えると、国民はすべてナチに協力したのだから、罪としては大同小異、公職追放リストを作成する者も当然ナチであった以上、誰が誰を裁くのか支離滅裂であった。
戦後一年経った時のドイツの世論調査によると(一九四六年)、ナチの過ちを列挙しても結論として肯定している者が六〇%であった。さらに、ナチのユダヤ人虐殺の下手人達、その裁判官達はすべて行為が記録されているにも拘らず裁くことは全く不可能であった。
ドイツ刑法第二二一条に明記されている殺害の動機、殺人欲、性的欲望、物品金銭所有欲……その他低級な動機が細々と列挙されているが、どれもナチのユダヤ人殺害に該当するものがない。アウシュビッツが如何に残酷であろうと、前代未聞の殺人国家の従業員である下手人達の大量生産的な組織の中での行動は、どこを押しても法的に尻尾をつかむ何の手懸りもなかった。
一九五二年国連総会で決議された『民族絶滅の犯罪処罰協定』に西ドイツ(ドイツ連邦共和国)も署名し、それは翌年のドイツ刑法二二〇条の別項に生かされることとなったが、ドイツの憲法第一〇三条によれば、新法は過去に遡って適用出来ないので、ナチ犯罪者達は憲法によって護られている形である。さらにナチにとって安全なのは、ドイツの刑法では例えばナチ政権が規定した法律条項に従って事を運んだ時、それがナチ時代に合法的であったならば、たとえ犯罪的な人道にもとる事であっても断罪は許されないのである。だから、例えば東欧のユダヤ人狩りで辣腕を振ったアイヒマンや、リヨンの鬼バルビーなど、所詮ドイツでは裁判にもかけられない人達なのであった。
特にナチの手足となって、多くの善男善女を死に駆り立てたナチ法廷の裁判官達は、唯の一人として断罪されていない。否それどころか、戦後もそのような鬼裁判官や検事達は返り咲いて、ドイツ連邦裁判所の裁判官になった人も幾人かいるし、検事総長とか判事会総裁などナチの法服をそのままドイツ連邦の法服に着替えて活躍している者も少なくなかった。
確かにフランクフルトでもデュッセルドルフでも、残虐行為に関する裁判は行われた。だがそれはナチ時代の法に照らし合わせて、当時合法的であったかどうかの基準で裁かれたのである。例えばガス室に連れて行かれる人たちを途中で殴ったり蹴ったりして傷を負わせたとか、子供を乱暴に扱って苦しめたとか、どうせ殺される人達にとってどうでもいいような罪状で、一番下級の現場の者だけが裁かれた。
数百万のユダヤ人やジプシー、それに捕虜や政治犯、ナチ抵抗者、そういう人達を殺害する事を決定した裁判官。死に至るキャンプへの狩り出し、輸送を指揮した者。ガス室を設計したり、人体実験の施設を作った者。そこで非人道的研究に携わった者達―それらの人達は、先の理由でドイツでは裁いたり、断罪出来なかったのである。」