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(回答先: 真相箱が原爆の凄まじさと日本兵士の犯した罪の暴露だったのをご存知ですよね。 投稿者 姫 日時 2006 年 6 月 04 日 15:55:54)
こんちわ
>ガス室の犠牲者にしても、イラクの犠牲者にしても軍は正確に把握していませんし、
>一般調査会社などは当然として進入、取材、調査拒否です。(姫さん)
http://www.asyura2.com/0601/holocaust3/msg/191.html
小生は、”ガス室の犠牲者”は存在不明、”収容所の犠牲者”は概数でもめていると思います。
アドルフ君達は収容所でたくさん死なしてしまったで罪状充分であり、たくさん殺した罪の量刑はルーズベルトやチャーチルやスターリンや亡国東條らと同じく「デス・バイ・ハンギング」だと思っております。
おそらく、ニポンと欧米諸国との感覚の差の一つだと思うのですが、欧米社会のいわゆる「ホロコースト論争」では”ガス室の犠牲者”と”収容所の犠牲者”とは意味が違うと思います。
あるいは、重さが違うとでもいふべきでしょうか。
小生は、簡単に「過失致死か、未必の故意か、殺人か」という言い方をしますが、結果的に死んでしまったのか、殺そうとして殺したのかつう感じでしょうか。
「ホロコースト論争」では、収容所の劣悪な衛生環境と過酷な強制労働の結果による死が”収容所の犠牲者”であり、積極的な殺人行為の結果の死が”ガス室の犠牲者”となろうかと思います。
ニポンでは、あまり区別しないですが、欧米ハクジン一神教コッカでは、過失致死とか、未必の故意とかは結構やってるわけです。
同じ穴の狢になりかねないので、過失致死ではアドルフ君達を悪い子に出来ない。だから、どうしても積極的な殺人行為だと論証したいといふのがあるのでしょう。
彼らは、どうしても「ガス室」などのベルトコンベア式連続殺人ケースを作りたいのでしょうね。
ですから、彼らにとって”収容所の犠牲者”の内数としての”ガス室の犠牲者”はとても重要なのです。
”ガス室の犠牲者”が犠牲者の大部分でないと困る人たちがいるってことでしょう。そこんとこに、ニポンのアカ右翼系は気づいていないって感じがしますね。
>因みに日本の大本営発表の軍部関係者が明かす南京虐殺の犠牲者と朝日新聞社が発表
>した犠牲者にかなりの開きがありました。ここでは朝日新聞社が脚色した疑いが持た
>れています。(姫さん)
http://www.asyura2.com/0601/holocaust3/msg/191.html
総数は、どうでもいいと思います。30万人であろうと3万人であろうと、南京戦で多数の非武装の人間を殺してしまったことは事実ですから。
南京戦の場合は「未必の故意か、殺人か」なのであり、「ホロコースト論争」とは次元が違うと認識しております。
でわでわ