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2006.8.25(その1)
森田実の言わねばならぬ[295]
質問に答えます――「森田さん、あなたはどうして日本のマスコミをきびしく批判しているのか」(その2)
「風にそよぐ葦」(新約聖書)
「編集者:わずかな金で懐柔され易い人物」(ピアス『悪魔の辞典』)
日本のマスコミは「風にそよぐ葦」である。定見をもたず、時流に流され、強いものに利用される存在である。
だが、マスコミの力は巨大である。この巨大な力を自分の召使いにしたものが世界を制する。国を制する。だから、政治権力はあらゆる手段を講じてマスコミを取り込み、奴隷化しようとする。巨大な資本家は、広告費という金の力でマスコミを召使い化する。悪党はマスコミのなかの実力者を脅したり買収したりして、マスコミを子分化する。ピアスの説のとおり、新聞社、テレビ局の編集者は、わずかな金で買収され易い人々である。
日本のマスコミは、いまやブッシュ政権と小泉自公連立政権の奴隷である。いままではブッシュ政権のカイライ政権である小泉自公連立政権のサーバントだった。これからは同じくブッシュ政権のカイライ政権となる安倍自公連立政権のサーバントになる。
マスコミは、最強の人、最強の組織には寛大すぎるほど寛大である。それどころか強者に媚び諂う。反面、抵抗力が乏しく報復力のない弱者には容赦しない。マスコミほど“弱い者いじめ”が好きなものはない。
日本のマスコミは、第二次大戦に至る過程で、日本軍国主義の手先となり、戦争を煽動した。日本軍国主義によるアジア侵略、太平洋戦争の強行は、マスコミの熱烈な煽動なしにはできなかったであろう。第二次大戦期において、マスコミはきわめて犯罪的な役割を果たした。戦時期のマスコミリーダーは、東条英機らと同じく戦争犯罪人であった。当時のマスコミリーダーが重い刑罰を受けなかったことは、不公平なことだった。
戦時期、一部のほんの少数の良心的なジャーナリストは軍部に抵抗し、そして苛酷な弾圧を受けて悲劇的な人生を強いられた。
第二次大戦後の一時期、戦時期に軍部に抵抗したジャーナリストがマスコミの指導的地位に復帰した。ほんの一時のことだったが、一部のマスコミのなかに批判精神が発揚した。ジャーナリズムは批判精神の盛んな大学生をひきつけた。批判精神に燃えた数多くの大学生が就職先として新聞社や出版社や放送局を選んだ。しかし、この状況は長続きしなかった。
1945年の敗戦から30年後の1975年、日本の大学は学問の自由と学園の自治を失った。全共闘の学生運動は弾圧され、鎮圧された。大学は政府の管理下におかれることになった。左翼系や進歩派の教授は追放され、社会科学系の講座はアメリカ派と保守反動派の教授に占拠された。
教授陣がアメリカと保守反動政治を讃美する学者に独占されたことによって、大学は「アメリカ支持者と保守反動勢力にあらずんば人にあらず」の世界となった。これによって1970年以後、大学生の意識のアメリカ化・保守化が急速に進行した。
この時期に、大マスコミ各社の指導部もほとんどがアメリカ派と自民党支持者によって占められるようになった。保守化したマスコミ各社は、著名大学の著名なアメリカ・自民党系の学者から推薦される保守的な学生を大量に採用した。左翼系や進歩派の教授のゼミの卒業予定者をマスコミ各社は徹底的に排除した。 大新聞志向の批判精神の持ち主は、やむなく出版社に就職し出版編集者になったが、大新聞社、大テレビ局の保守反動化より10年ほど遅れて、出版界も保守化の波に呑み込まれた。最近では、大新聞、テレビ局だけでなく、ラジオ局、出版社を含む全マスコミが保守化し、アメリカと自民党政権のサーバントと化してしまったのである。
戦後、日本が占領下におかれていた1952年まで、米占領軍は占領政策を批判するメディアを容赦なく弾圧した。かつて私が勤めたことのある日本評論社は、同社発行の月刊総合誌『日本評論』が米占領軍批判論文を掲載したことで発禁処分になり、倒産に追い込まれた。
このことが日本のジャーナリズムを萎縮させた。日本のすべてのメディアがアメリカ批判を控えるようになった。このときのトラウマは、占領が終わったあともずっとつづいた。日本のジャーナリズムにおいてアメリカ批判は最大のタブーとなったのである。
1970年代を通じてマスコミ内部の保守対革新の力関係は逆転した。革新派は放逐され、保守派=アメリカ派が主導権を握った。さらに80年代を通じてマスコミ界において保守派独裁が完成し、マスコミ界の急激な右傾化が進行した。
1994年、日本社会党が自由民主党の走狗となって自己崩壊した(村山自社連立政権の誕生)あとは、政界でも政治ジャーナリズムでも、ともに批判勢力が壊滅した。
日本のアメリカ化が急速に進行しはじめたのは、1982年の中曽根内閣登場以後のことである。そして1991年のソ連共産党体制崩壊以後は、政治だけでなく、日本のすべての組織がアメリカ一辺倒になった。
2001年にアメリカのブッシュ政権に全面的にバックアップされた小泉政権が登場したあと、日本の全マスコミは小泉政権の讃美機関になった。マスコミは「国民の、国民による、国民のためのマスコミ」ではなくなった。唯一の例外はNHKである。NHK以外の日本のマスコミは、アメリカと小泉首相と自公連立政権のサーバントとなった。
私がいま執拗にマスコミ批判を行うのは、「マスコミは国民のものだ。国民のために存在すべきだ」との基本に立っているからである。マスコミのアメリカ化、自公政権の手先化、マスコミの道徳的頽廃を止めなければ日本は滅亡すると考えるからである。(つづく)
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森田実の時代を斬る:
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