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株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu125.htm
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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TBSは採用枠に“在日枠”が密かに設けられ、総連幹部の
子弟を中心に入社試験無しでの採用が毎年続いた。
2006年8月11日 金曜日
◆TBSの内部事情(内部告発?) 8月8日 この国は少し変だ!
http://youmenipip.exblog.jp/3020572
拾い物ですが面白そうなので貼っておきます。
以下コピペ
>
TBS(=チョン支配の朝鮮放送)窓際放送局社員の独り言
“ウチの局がこんなになってしまった経緯” をお話しましょう。
(1)1960年代〜
テレビ放送が始まってまもなくの頃、放送中のちょっとした言葉づかいの問題 (例えば「朝鮮民主人民共和国」を“北朝鮮”と呼んでしまった、など)に対して、 朝鮮総連から会社及び経営幹部の自宅に対して脅迫に近い抗議行動が繰り返される。
抗議行動に対する「手打ち」として、採用枠に“在日枠”が密かに設けられる。
総連幹部の子弟を中心に入社試験無し(カタチだけの面接)での採用が毎年続く。
在日枠の密約を所轄官庁に対して内密にしてもらうよう局側から総連に 「お願い」をしてさらに弱みを握られるなど、素人のような甘い対応で身動きがとれなくなっていく。
(2)1970年代〜
政府を叩きさえすれば世論が喝采する狂った時代。
在日社員の「反日番組」を「権力に対するペンの戦い」「調査報道」と勘違いした経営幹部が 社内で在日を積極登用。「日本人社員と在日社員に昇進の差別があってはならない」 などと理想論を述べたのは良かったが、結果を見れば昇進差別をしなかったのは甘い 日本人幹部だで、課長、部長と昇進した在日社員は、帰化した在日二世を理不尽なまでに優遇する逆差別人事を徹底。 異を唱えた日本人社員は徹底的にマークされ、営業や総務など番組制作の第一線から退けられる。
(3)1980年代〜90年代
昇進した在日社員が主要な報道番組のプロデューサーや報道局長など、 決定的なポストを占める。某サヨク週刊誌の在日編集長(筑紫哲也)をキャスターに迎えたニュース23の番組が学生時代に学生運動に没頭した団塊の世代の視聴者の支持により高い視聴率を得る。
1989年の参議院議員選挙では「土井社会党」「マドンナブーム」を「消費税反対キャンペーン」
で徹底的に援護。
宇野総理のスキャンダルを連日報道し社会党党首を徹底して 「おたかさん」と呼ぶなど、あからさまな社会党支持。 社会党が地すべり的な勝利。「山が動いた」と感動の報道。
(4)1990年代〜2000年代
偏向報道、捏造報道、取材情報を特定の勢力に提供するなど、 報道機関として存在を否定されかねない不祥事が続発。
ウチと同様に「左翼的」と呼ばれる朝日新聞、系列のテレビ朝日が、 どちらかといえば「北京の意」を汲んだ報道が多く、その手法が良くも悪くも緻密で計算高い のに対して、ウチの場合、この時期に発生した数多くのトラブルは、ほとんどすべてが 朝鮮半島絡み。
不祥事の内容も、テロを実行した朝鮮カルトの手伝いをしたオウム事件を筆頭に、 粗雑で行き当たりばったり。
バブル崩壊以降の景気低迷で、ただでさえ厳しい広告収入 が、 「サラ金」と「パチンコ」に大きく依存。まさに、在日朝鮮人の資金で在日朝鮮人が 運営しているのがウチの放送局。
2005年以降は、もっと露骨なカタチで在日のスターを「作り上げる」ような番組制作が 為されると思う。
◆テレビ自由化論 8月8日 マイネザッへ
http://meinesache.seesaa.net/article/22070687.html
テレビの報道の現場で働いていると、ちょっとおかしな矛盾に気がつきます。みなさんお気づきのように、報道というセクションには、「良心的市民」的な考え方を持った人がかなりたくさんいるのですが、それにもかかわらず、ことあるごとにびくびくと権力の顔色を見て、肝心な所でものすごく弱いと感じることが多いのです。
3、4年前に「メディア規制法案」が遡上にあがったとき、確か筑紫哲也氏だったと思うのですが、「穏当な法案だったとしても、規制に対してメディアは過剰に配慮するので、権力批判ができなくなる」というようなことを言っていて、妙に納得したのを覚えています。
確かその時は、そういうメディアのお上に弱い性格を、「日本人の気質」かなんかに結びつけていたと思うのですが、今になってよく考えてみると、果たして理由はそれだけなのだろうか首をかしげざるを得ません。
ブログの世界などを巡ると、人気のサイトは決してエンターテイメント分野だけではなくて、政治的な内容のものがたくさんあります。アメリカやヨーロッパと比べてもその割合は変わりませんし、内容もそれぞれパンチが効いています。ネットは匿名だからという人もいるかもしれませんが、大メディアは匿名の代わりに名声というものを持っているわけですし、どうも説得力に欠けます。やはりこれは、日本人は欧米人と同じくらい小難しい議論が好きで、あらゆる権力に対する批判精神を持っており、メディアのお上への過剰な配慮は決して日本人特有の気質ではなく、別の所に理由があるのだと考えるのが妥当だと思います。
ではそれは何なのでしょうか?
ぼくはその理由は、「スポンサーへの配慮」だと考えています。ここで言うスポンサーとは、民放にコマーシャルを出すスポンサーだけを指すのではありません。NHKだろうと民放だろうと新聞だろうと、日本の大メディアの最大のスポンサーは「日本国」なのです。
NHKのスポンサーが国であることは、国がその権力で収入源を与えていることからして明らかです。しかし国がスポンサーになるということは、そういうわかりやすい直接的な方法だけではありません。法律で規制を作り、特定の集団に特権を与えることで収入が保証されるような、そういうスポンサーの形もあるのです。民放にとって一番大切なスポンサーは、トヨタでも松下でもなく、放送免許という金のなる木を提供している、日本国です。
そこまで大切な大スポンサーに配慮するのは人として当然のことです。というより、いくら配慮しないようにしたところで、自分の生命線を握っている人を気にしないなんて絶対に無理です。親の庇護を受けている子供と同じで、親がヤワだと思えばいい気になって反抗しますが、親が毅然とした態度を取りそうになると、とたんにびくびく。報道局の空気というのはまさにそんな感じでなのです。
さて、前回のエントリーではTBSの体質を批判しましたが、ではどうしたらTBSの歪んだ正義を健全な方向に変えられるのでしょうか?TBSの放送免許を剥奪しろという声も聞きます。しかしぼくは、それは現実的に不可能だし、万が一そういう方向に動いたとしても、逆効果だと思っています。
まず第一に、そういう動きになって一番得をするのは、偏向や詐欺を先導してきた確信犯たちです。国家の強大な力を見せつけて大衆の恐怖を煽るのに、これ以上の機会はありませんから。うまく行けばその反動で、これまで以上の権益を手にすることさえできるかもしれません。
第二に、そもそもそういうやり方で「放送免許の重み」を高めるのは、非常に危険です。「国家権力のマスメディア支配が強まるから」という短絡的な理由からではありません。NHKやBBCの例を見ればわかりますが、国家から強固な保護を受けた放送局は必ずしも国家の犬にはならず、むしろ軽薄な反権力に傾くものです。
甘やかせば甘やかすほど多くを求め、親への不満をふくらませる子供と同じことです。強力な権力に寄生している団体は、多くを得れば得るほど不満を募らせ、宿主を食い尽くして宿主とともに死滅するまで、その理不尽な要求をふくらませていくのです。
ですから、もし国がTBSに鉄拳を振るい、「いいか、おまえたちの親はオレであることを忘れるな!」と恫喝したりすれば、一時的にはメディアの横暴は下火になったように見えるかもしれませんが、ほとぼり冷めれば、これまで以上に有害な電波を飛ばすようになることは確実です。
というわけで、免許剥奪とかいう方向には、絶対に、進むべきではありません。TBSを始めとする日本のテレビ局に対する最大の鉄槌はその逆。放送免許を紙切れにすることによる既得権の無効化=放送事業の自由化しかありません。
以前も書いたことがありますが、仮に地上波、ないしはそれと同等の影響力を持つメディアが、現在のように片手の数ではなく、両手でも数え切れない数に増えれば、今あるテレビ局は、今と同等の大衆操作能力を保てなくなります。民放キー局にとっては、非現実的な免許停止よりも、放送免許の価値が下がることの方がずっと現実的で怖いのです。
もちろんそれだけに、彼らは既得権益撤廃の動きに頑強に反発します。そしてその反発は、恐らく正面から攻めても絶対に崩れません。
しかし幸い、情報産業は今最も変化している産業で、放送の完全デジタル化は目前に迫り、ネットとの融合も必至です。こういう状況の中、テレビ局は現在の利権を維持するだけではなく、そうした新しい分野に利権を拡大していかなければ、現在の影響力を維持できません。新しい利権を与えないことで、実質的に既得権益を形骸化できる今は、状況を変えるチャンスなのです。
テレビ局はいろいろな理由をつけてそれを阻もうとするでしょう。「不偏不党の精神が損なわれる」「公共放送としての義務が果たせない」「外国の資本が入ってくる」・・・。
どれもあながち嘘ではありません(ほとんどすでに起きてしまっていることですが)。しかし仮に「米帝」や「中共」の資本が入ってきたとしても、視聴者は今よりはっきりと放送局のバックにいる者を確認できてすっきりしますし、そうした局が偏った主張をすれば、それに強く異議を唱える局も出てくるはずです。視聴率第一主義が蔓延したとしても、やり過ぎて詐欺的な煽りをした局は、総務省に注意されて総務省に頭を下げるのではなく、信用失墜と経営不振という体罰を受けて、視聴者に頭を下げることになります。
そしてそんなことよりも、国から自立した責任ある大人のテレビ局が生まれれば、国民にどれだけプラスになるか計り知れません。そのときぼくたちは、タブーのない本当の権力批判を聞き、活性化した日本のテレビ文化は、報道だけでなくエンターテイメント分野でも、世界の中での位相を高める、かもしれません・・・。
ぼくはそんなテレビ局で働いてみたいと、切に思うのです。タフな環境になるでしょうけどね。それにしても、「報道のTBS」の名にかけて、TBSが「メディア自由化キャンペーン」でもやってくれないですかね。「放送の認可など国からもらうべきものではない!我々は、国から独立した真に自由な放送環境を求める!」とか言っちゃって。まあ無理だとは思いますけど。
(私のコメント)
毎日いろいろなブログやウェブサイトをネットサーフィンしているのですが、どうも問題の本質をずばりと切り込んだものが少ない。株式日記では亀田八百長試合問題からレバノン情勢に至るまで幅広く切り込んでいるのですが、それが出来るのも各方面のブログやサイトをコピペしてそれを基に書いているからだ。
ところがブログやウェブサイトの中では引用禁止やコピペ禁止などを謳ったものがありますが、このようなブログやサイトが増えてくると株式日記も書きにくくなります。もちろん有料サイトなどのコピペは金銭的被害をもたらすからいけないのでしょうが、原則的に公に公開されたものは原則を守れば自由に利用できるようにした方が利益になると思う。
今日もTBSの問題を取り上げますが、「この国は少し変だ」と言うブログにTBSには「在日枠」と言うものがあるというコピペがありました。本当なのか確かめようもありませんが、そういえばTBSには「金原」という報道局長がいたような記憶がある。また筑紫哲也氏も在日二世と言う噂もあり、あながち「在日枠」もデマでは無いような気がする。
日本にいる「在日」がこのように疑われるのは差別だ、偏見だ、と言う意見がありますが、彼らこそあまりにも卑屈になって韓国出身であることを誇りに思わないのだろうかと言うことだ。そして名前までも日本的な通名を使って正体を隠そうとする。その他の外国出身者には見られぬ傾向ですが、なぜ韓国系日本人である事を誇りに思わないのだろうか?
それを誤魔化すために創始改名させられたとか、強制連行されてきたとかの言い訳をする。本当に創始改名させられたのなら元に戻せばいいし、強制連行させられたのなら韓国に帰ればいいだけの話だ。このようなあまりにも卑屈な態度が反日となって現れるのでしょうが、自分を誤魔化して生きれば他人からも尊敬はされない。
だからこそ朝鮮総連や民団といった団体を作って日本に同化しようとはせず、被差別と偏見意識を持ち続ける。そして他国の文化を尊重しようとはせず自国の文化意識を押し付ける。このようなゆがんだ精神でTBSなどの放送局に抗議に押しかけては自分の主張を押し付ける。その結果TBSには「在日枠」が設けられて毎年のように在日が無試験で採用されたという噂だ。
以前の株式日記でも政治家枠や有力経済人枠がテレビ局にはあると言う話を書きましたが、それならば在日枠や創価枠があっても不思議ではない。テレビ局は待遇がいい事ではぴか一だから有力政治家の息子や娘が多く、大企業幹部の子息も多い。
◆テレビ局はなんで竹中批判をしないのか? テレビ局は有力者の子弟でいっぱい 2003年6月8日 株式日記
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu48.htm
テレビ番組制作会社の者です
テレビが何故告発できないのか・・・その理由をお教えしましょう
テレビ局が毎年、新卒を入れるときに○政とか○芸とか○文とか言う符丁で
呼ぶ人々がいます
これは、その父親が政治家、芸能プロか芸能人、文部省の役人と言う意味ですが
この連中は局内で集まり派閥を作る傾向があります
この派閥の特徴は、とにかく金回りが良いこと
車も外車が当たり前だし別荘にクル−ザ−、休みには海外旅行・・・
殆ど仕事もせずにテレビ局の名詞を悪用して遊び回っているわけです
政治家ーテレビ局 縁故入社の一例
●柿沢弘治元外務大臣の息子(未途)→元NHKの記者
●岡島正之の息子(一正)→元NHKの記者
●橋本龍太郎元首相の弟(大二郎)→元NHKの記者
●石原慎太郎都知事の息子(伸晃)→元日本テレビの記者
●(故)小渕恵三元首相の娘(優子)→元TBS
●加藤紘一の娘→TBS
●加藤紘一の娘ムコ→フジの記者
●松岡利勝の息子→NHK
●片山虎之助総務大臣の息子→NHKの記者
●(故)竹下登元首相の弟(亘)→元NHKの記者&アナウンサー
●羽田孜元首相の弟→NHK
●(故)金丸信の息子→テレビ山梨(TBS系列)の代表取締役社長
(私のコメント)
このようなことをやっていれば○政とか○芸などのほかに○在や○創があってもおかしくはない。普通の民間企業なのだからテレビ局も商売に関連ある先の有力者の息子や娘を縁故入社させても問題はないのでしょうが、会社内の雰囲気は確実に悪くなる。さらに○在や○創の社員が増えれば番組内容にも影響が出るのは当たり前だ。
ネット上ではTBSに対する放送免許の取り消し運動の署名活動が行なわれていますが、テレビ免許の取り消し処分よりも「マイネザッへ」と言うブログでは自由化を主張しています。アナログからデジタルの時代を迎えて多チャンネル化が可能になり、放送を自由化することで既存テレビ局のような腐敗堕落したテレビ局は経営競争に敗れて倒産させればいいのです。
多チャンネル化すれば在日テレビや創価テレビも出来る事でしょう。人民テレビも出来ておかしくはありませんが、多チャンネル化すれば視聴者も分散してテレビ局の影響力も分散化することになる。現在のような7チャンネル体制がテレビ局社員を特権階級化させているのだ。テレビ局が100局も出来ればTBSのようなテレビ局はいっぺんに潰れる。
ネットが出来てからマスコミ以外にもジャーナリズムが出来上がって世論に大きな影響力を持ち始めた。テレビ局がいくら反日的な報道をしてもネットで集中攻撃を受けるようになり、捏造報道や虚偽報道はマスコミもやりづらくなったようだ。亀田の世界タイトルマッチでも八百長だとネットでは大騒ぎになっている。このような番組は極道テレビ局が放送すればいい。
「マイネザッへ」でも言っているようにマスメディアと言うのは国家に吸い付いた寄生虫のようなもので、宣伝広告媒体に過ぎず、実際に番組を作っているのは下請けのプロダクションだ。ところが多チャンネル化すればテレビ局とプロダクションの力関係も違ってくる。優れた作品をテレビ局が奪い合いになるようになるだろう。
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