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[No.838] 日本の医療は一体どこに向かっているのか? 投稿者:田舎の眼科開業医 投稿日:2006/08/23(Wed) 00:52[関連記事]
はてさて、日本の医療は一体どこに向かっているのでしょうか。その昔、武見太郎氏の提唱で「保険医総辞退」という戦略がありましたが、医師が腹をくくって行動するべき時期は目前に迫っているようにも思います。
日経新聞 8月21日号 より
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岐阜大学 学長 黒木登志夫
最近、大学病院に行かれたことがおありだろうか。相変わらず待合室にはたくさんの患者さんがあふれ、医師、看護師は忙しそうに診療に追われている。人々は、最高の医療を、時には残るただ一つの可能性を求め、学生は高度な医療教育を受けるために、大学病院に集まってくる。一昔前「白い巨塔」と呼ばれたこともあったが、今では最も良心的な医療を行う医療機関のひとつと言ってもよい。
■法人化が発端
だが、その国立大学付属病院が、破綻の危機に面している。はた目には健康に見える人の体内で少しずつ病気が進んでいるように、一見活発に見えるが、国立大学付属病院は深刻な病におかされている。病名は「経営危機」、病因は医療と教育の重要性を考えない一律の「財政改革」。余命数年という深刻な状況であるが、世間の人たちは誰も気づいていない。政府は気づいているに違いないのだが、あえて動こうとしない。このままでは、手遅れになるばかりだ。
ことの始まりは、国立大学の法人化である。教育改革を建前として始まった法人化は、次第に行政改革と財政改革の色彩を強くしてきている。その中にあって、付属病院は最も大きな影響を受けた。国立大学時代の病院建設、医療設備への投資に対して、法人化した大学が償還義務を負うことになったのである。国立大学87校中42大学が付属病院を有しているが、その負債総額は、法人化発足の04年時点で1兆10億円に上る。岐阜大学の場合、病院を新築移転したため、負債総額は557億円に達する。
これだけの借金を抱えた病院は、国立時代のやり方ではとてもやっていけなくなった。大学病院は「企業的経営」原理を導入し、それぞれ必死で、経費削減、収入増に取り組んでいる。しかし、それにも限界がある。法人化後2年4ヵ月を経た今、その危機的状況は隠しようがないところまで来てしまった。
■減っていく財源
その原因は、1%、2%、3.16%、そして5%という4つのキーナンバーで象徴される財政改革である。
1%は、運営費交付金に対する効率化係数である。国から一括して渡される運営費交付金は毎年1%ずつ減額される。
2%は、経営改善係数、すなわち、病院の債務返還分を含めて交付金が配分されて いるときに課せられる経営改善のための数値目標である。経営改善係数により、病院収入の2%、岐阜大学の場合は2.1億円ずつ交付金が毎年減額され、その分収入増を図る必要がある。実質的な返済額(元利合計)は、05年度7.5億円、06年度9.6億円、07年度11.7億円、09年度には15.8億円に達する。
経営「改善」という名前であるが、この係数が経営「改悪」の大きな原因となっている。
収入をあげるためには、医療材料費などの経費がかかるし、人件費も必要である。2%というが、実際には3.4%収入が増えないと、ノルマを達成できない。その上、医師、看護師など医療スタッフは、労働強化を強いられる。
経営改善係数は過酷な制度であるが、我々は医療スタッフの努力により05年度は乗り切った。第一期中期目標期間中も何とかしようと頑張っていた矢先に、さらに新たな壁が現れた。次に述べる3/16%である。
06年度から医療費が3.16%節減されることになった。国立大学付属病院にとっての悲劇は、経営改善係数にこの医療費削減政策が重なったことである。収入が3.36%少なくなった上に、経営改善係数の義務を果たし、合計6%以上の負担に耐えることは、現実的に不可能である。
国立大学協会によると、05年度に大学予算を病院につぎ込まざるを得なかった大学は、ほぼ10%の4大学に上る。08年度までにはほとんどの大学が、病院のために大学の予算を削らざるを得なくなるであろう。
大学のお金をつぎ込むのは当然と思うかもしれない。しかし、問題は金額である。大学予算の三分の一を占める病院の赤字は、規模の小さい学部など簡単につぶしてしまうほどなのだ。教育経費はゼロになるかもしれない。大学病院の病巣が大学全体に波及するところまで来ている。
5%は、5年間の人件費削減目標である。加えて、07年度から、高度先進医療のためには、これまで患者10人に対して一人の看護師体制が7人に一人に増員されることになった。人件費を削減しながら、どのように医療の質を保証すべきか、われわれは悩んでいる。
■高度医療も困難
わが国の医学教育と医療の要とも言うべき国立大学付属病院の危機は、あらゆる所に及んでいる。臨床研究の論文は明らかに減少しているし、高度医療も機器の更新も困難になった。何よりも深刻なのは、これから病院を再開発しようにも不可能に近いことである。このまま放っておけば、結局は国民が不利益を被ることになる。
大学改革の先頭に立つ学長として、行政改革・財政改革の意義は十分に理解している。しかし、教育と医療の重要性を考慮しない改革は、わが国の将来に大きな影響を残すことは明らかである。
大学経営に責任をもつ者として、せめて経営改善係数だけでも今年度限りにしてほしい。この係数のため節約できる国家予算は82億円である。82億円のために全国の国立大学付属病院、ひいては国立大学を次々に破綻に追いこんでよいのだろうか。破綻した病院を救済するためにははるかに多くの予算が必要になる。
国立大学付属病院が「白い廃墟(はいきょ)」とならないよう、政府と国民のご理解をお願いしたい。
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