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<ポール・クルグマン=ベビーシッター券>
1970年代にワシントンDCの専門的な職業をもつ人々が自らそれと意図したわけではないが、たまたまマクロ経済に関する一種の実験を行ってしまったことがある。ジョーン・スウィーニーとリチャード・スウィーニー夫妻(Joan and Richard Sweeney)は彼らの失敗を「金融理論とキャピトル・ヒル・ベビーシッター共同組合の危機」(原題:Monetary Theory and Great Capitol Hill Baby-Sitting Co-Op Crisis)と題される奇妙な論文で紹介している(Journal of Money,Credit and Banking ,1977,February,Vol.0(1),Part 1,pp.86-89)。
話は次のようなものである。専門的な職業につく子持ちの若い共稼ぎカップルが、お互いの子供を世話し合うというベビーシッター共同組合を設立した。この種の仕組みで重要なのは、負担が公平に分担されるということである。この組合では1時間のベビーシッターを保証するクーポン(紙幣)を発行して自らの帳尻を合わせるようにベビーシッターをしあうという仕組みが用いられた。クーポンはベビーシッターをする度に、譲り渡されるのである。
少し考えれば、この仕組みが働くためには十分なクーポンの流通が必要なことがわかる。自分たちがいつベビーシッターを必要とするか、またいつ他の夫婦のためにベビーシッターをしてあげられるかは正確には予想がつかない。このため、まず、どの夫婦も他人のためにベビーシッターをして、自分たちが何回か外出できるようクーポンを幾枚か貯めておきたいと考えるであろう。
共同組合が設立されてからしばらくして、問題が生じた。クーポン券の流通量が減ってきたのである。この理由は説明するまでもないことだが、奇妙な結果をもたらした。平均して、夫婦は希望するほどのクーポン券を蓄えられなかったため、外出するのを控え、ベビーシッターをしようとする。しかしベビーシッターの機会は他のカップルが外出することによって始めて生まれるのだから、皆が外出を控え始め、クーポン券を使わなくなってしまえば、全体としてクーポン券を得る機会が減り、外出に慎重な態度に拍車をかけることになる。その結果、全体のベビーシッターの実行回数は減り、カップルは希望に反して家に留まることになる。つまりクーポン券をもっと獲得するまで外出したくないのだが、他の誰もがやはり外出しようとしないため、クーポン券を貯めることができない状態に陥ってしまったのである。
協同組合のメンバーには法律家のカップルが多かったので、共同組合の役員には、これは金融問題であると説明することは難しかった。代わりに彼らは、例えば最低月二回は外出することを義務づけるなどの規則による問題解決を試みたりした。長い間の試行錯誤のあげくに、やっと協同組合はクーポンの供給量を増加させた。その結果、法律家たちにとっては奇跡とみえるようなことが起こったのである。カップルは外出できるようになり、ベビーシッターに機会も増え、これはさらにカップルが外出する意欲を刺激したのである。
話は勿論ここで終わらない。クーポンの供給を増加しすぎたために、インフレが生じてしまったのである。
この話は、不況も好況も決して深遠でも不可解なものでもないことを示している。複雑な面があったとしても、実際に起こっていることの本質は子供劇のようにわかりやすいものである。 (「経済政策を売り歩く人々」ポール・クルーグマン著 伊藤隆敏監訳 日本経済新聞社 1995年9月20日 から引用)(「世界大不況への警告」ポール・クルーグマン著 三上義一訳 早川書房 1999年7月31日 にも同じベビーシッター券の記述がある)