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奇怪な郵貯の運用 (一〜六)    【国民新聞 1922.12.24-1922.12.2】
http://www.asyura2.com/0601/hasan47/msg/482.html
投稿者 hou 日時 2006 年 8 月 13 日 10:00:50: HWYlsG4gs5FRk
 

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新聞記事文庫 郵便為替貯金(2-119)
国民新聞 1922.12.24-1922.12.29(大正11)


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奇怪な郵貯の運用 (一〜六)

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(一) 内容は全く秘密の一点張 伏魔殿の称ある預金部
郵便貯金は今や九億六千万円の巨額に達した、言う迄もなく此金は郵便貯金特別会計法によって大蔵省の所管に移されているのであるが其行方に付いて我々の知り得る範囲は只大蔵省より随時発表される所謂預金部現況と称する印刷物によるだけであって頗る雑駁なものである今最近の預金部状況を示すと左の通りである(単位円)

[図表(資金の部)あり 省略]

[図表(運用の部)あり 省略]

成程郵便貯金其他を合した十三億六千五百万円の辻褄は勿論好く合って居るし夫々其運用先も示されては居るから甚だ明瞭の感があるが然し乍ら吾人の知らんとする所は其運用種別一つ一つの証券なり債券なり貸付なりの金額が果して何の為めに又如何なる方面に用いられて居るのか其内容に亙ってである例えば勧業債券は一億三千二百万円を引受けて居るが此金額は抑も如何なる方面に向けられたのであるか又興業債券も九千八百万円も引受けられて居るが之も内容は更に示されない、否啻に示さぬばかりでなく之れを聞くものは一種の野暮漢として遇せらるる様な有様でテンから秘密一点張りである尤も此内勧業債券に振向けられた部分は主として国内に撒布せらるるものであろうから之れに付ては別して問題もない様であるが只興業債券とか其他社債とか或は支那政府債券とかの中には使途頗る曖昧なものもあり且全く回収不能に陥ったものも少くないとのことである、由来大蔵省預金部は一般に伏魔殿の称がある位で時の内閣に依って種々なる方面に利用されて来た長い歴史を有って居る関係上何れの内閣でも政党でも相戒めて之れが議会の問題となることを防止して居る傾きがある、郵便貯金は言う迄もなく預金である、預金である以上は縦い夫れが政府の保証する所であっても正確であり公明正大でなければならぬ少くとも其運用使途に付いては預金者に対して相当理解せしむるの要がある、然るに政府は貯金の奨励宣伝には驚くばかりの根気と寧ろ多過る程の費用を惜まないに拘らず預入られた金の所置に関しては全く之れと反対に沈黙であり臭蓋主義であり之れを問う者があれば顧みて他を言うのである、斯ることは実に時代に逆行した制度であると同時に不合理の甚しいものである、抑も此預金部制度は明治二十三年に公布された郵便貯金特別会計法によって創まったものであって所謂大蔵省預金部の所管にはなって居るが元斯の如き名は無かったのを明治三十六年に公布された貯蓄債券法の中に初めて預金部の文字が使われてから一般に之れを預金部制度と呼ばれる様になったもので政治的系統から言えば正に官僚主義時代の産物であるが其行う処斯の如く曖昧である上に名も亦甚だしく明瞭を欠いて居る、されば斯る幽霊制度を廃してもっと公明正大な運用をなす為に官民合一の運用委員会を設置すべしとの説は内部にも外部にも古くから有るに拘わらず如何なる理由が未だに其の実現を見ないのは吾人の奇怪に堪えざる所であるが更に不思議なことは只の一回も議会の問題とならぬことである


(二) 逓信省は奨励はするが後は知らぬ 低利なのも運用其途を得ない結果
忌憚なく言えば近頃世の中には軽い乍ら一般に預金不安の空気が満ちて居るのは事実である勿論夫れは近因としては或二三の銀行が戦時中放慢な貸付をしたり経営者個人の不仕鱈な仕打ちをした結果を―早く言えば自ら蒔いた悪果を処理せねばならぬ意味あいのものから醸成されたものではあるにしても兎に角慥に不安な気分が漂って居る而して大蔵当局は恁うした弊害の大なるに驚いて現制度にある銀行監査役の上に更に官製の監督機関設置の必要を声明した程であるが吾人は之れと同一の筆法からすれば―勿論不安其ものの性質には多少の相違はあるけれども―郵便貯金に対する不安も亦此際目醒めた預金者から指弾を受けねばならぬことは到底免れまいと思う何となれば其運用先の使途に付ては如何なる方法を以てするも知り得ないし又運用貸付に関して何等の制裁も監督も無く一に時の内閣の欲する儘であるからである郵便貯金の運用に就ては申す迄もなく之を不動産化しないと同時に飽迄も公明正大に又確実に而も割好く貸付けねばならぬ而して以上の要件を遺憾なく行う為めには是非共官民より成る運用委員会を設くるの必要あることは論の無い処である、然るに貯金実務に与る逓信省は声を大にし有らゆる手段に訴えて貯金奨励に努力を払って居るが若し今預金者の一人が『我々の預金は預け入れた暁如何なる方面に運用され又幾何の利を生みつつあるのであるか』と詳細なる説明を当の貯金局に求めたならばどうであろう恐らくは此要求に対して貯金局は一言の説明も為し得ないであろう何故ならば其運用は悉く之れ内閣の高等政策であって逓信当局は勿論大蔵省預金部の首脳者たる国庫課長と雖も之れを詳かに為し得ない程爾く秘密の雲に掩われて居るからである、吾人は貯金の運用斯の如く秘密主義である上に一つの監督機関も有たない処の而も預金の結果に付ては全然与り知らざる現郵便貯金制度の下に置かれた逓信当局が大ビラに貯金奨励費を費して貯金勧誘に努むるのは実に聖代の奇怪事であると信ずる者であるが之れと同時に現制度に於ける預金運用は明かに前記の運用要件事項中の公明と確実とを全く欠いて居ると断言して憚らないのである次に不都合なことは貯金の利子が余りに低いことである、これは恐らくは運用其途を得ない当然の結果であろうと思うが兎に角郵便貯金は今日となっては最早生活の余剰であったり又只保管の目的さえ達すれば夫れで宜いという性質のものでは決してないこれも立派な利殖方法であり一種の資金処理法であると認むるのが至当である更に之れを社会心理の上から言えば郵便貯金をするのは或時代に曾て見た様な物好きや道楽の為めでなく社会生活の一要件となったのである然らば現在の如く運用先頗る曖昧な上へ無暗に低利を売物にして貸付ける結果即ち割宜き貸付が出来ない為めに是迄幾度も問題となった貯金利上げの実現を見ないことは預金者否国民の甚だ迷惑を感ずる処である、或銀行家は『郵便貯金は零砕な資金であるから爾く利子を期待することはあるまいし又期待するのは誤りである』と言った併し乍ら吾人は之れとは大いに見解を異にする即ち零砕な資金であり之れを預くる階級は主として中産以下であればこそ之れに対しては出来得る丈けの割宜き利子を払って彼等をして一日も早く恒産を為さしむる素地を作らしむべきが至当である若し現在の郵便貯金預金者にして利子を期待しない者がありとすればそれは長い間の利子制度が生んだ悲惨な諦めでなければならぬ而して斯く低い利子に置かれるのは先に一言した如く預金の運用其途を得ず或部分は回収不能となり或部分は余りに低利に貸付けられ又或部分は利子収入さえ得られないことから起る当然の結果であって若し之れが正確に慎重に運用さるるに於ては嫌でも利上げが実現さるるであろう


(三) 特殊銀行や会社の保護が目的か 将又秘密外交の機密費の弗箱か
郵便貯金利子に付いて今少しく詳説すれば現下に於ける公債の利廻りは年六分七八厘乃至七分であるのに郵便貯金利子は表面上年四分八厘にはなって居るが利子計算は預入の翌月から払戻しの前月までとなって居る関係上其利廻りは僅に四分三厘弱である、而して一方預金部の運用利廻りは如何というに之れは皆目公開されないから素より測り知ることを得ないが某大蔵当局の談に依ると先ず四分八厘見当であるという、而して此四分八厘の利廻りは支那に対する或貸付の回収不能に陥ったものやら又回収不能に陥ったものを更に泣きを入れて別種な貸付けの形式にして貰って辛うじて馬鹿々々しい低利に満足しなければならぬものや日本の或特殊会社―例えば国際汽船の如き―救済の為めに運用して利子をさえ滞りなく取立てられないものを引くるめてのことであるから若し預金部当路者にして責任を重んじ其途を誤ることがないならば恐らくは公債の利廻り位には何等の冒険を須いずとも運用が出来るであろうし従って郵便貯金の利廻りも現在の預金運用の利廻り位には引上げ得られるであろうということは智者を俟って初めて知り得べきことではない、即ち郵貯現在の利子四分八厘程度に引上げても何等事業に不都合を来すことはない筈である、否現在の儘の運用状態であっても五分四厘程度の引上げならば断じて政府の損失にならぬとさえ其途の人は語っている位であるされば現在の郵便貯金制度は政府や政党が自分等の御都合主義に従って特殊銀行や特殊会社を保護したり秘密外交の機密費を得たりする為めに三千万の預金者を利用して居る処の制度であると言っても毫も過言ではないのである、以上の如き不都合なる結果を生ずるのは総て運用委員会制度を採用せぬ当然の成行きであって今日迄恁る悪制度を存置したことは実に吾人国民の大いなる恥辱でなければならぬ、見よ同じく逓信省の所管である簡易保険事業より生ずる積立金は将来は知らず現在に於ては僅かに三千万円であるに拘らず其運用に関しては局長は勿論逓信大臣と雖も之れを自由に処分することは出来ないで一に官民より成る運用委員会の議を経ることになっているではないか然るに郵便貯金は已に十億に垂々とする巨額の資金であるのに之れを運用するには大蔵大臣一個の裁量に任せてあるのであるし之れを監理する者は運用使途に関して何等の主張も為し得ない眇たる一課長である、吁天下之れより矛盾の甚しいものがあろうか、或は言うであろう『簡易保険積立金は主として社会政策的事業の為めに運用すべきものであるから之れが運用先の選択並に利率の決定には精細なる研究を要するのがある故に運用委員会の必要があると』然し乍ら預金部からも地方農村の各種組合なり耕地整理なり又は住宅資金なり所謂社会政策事業に随分運用されて居るではないか、而も簡易保険事業は元政治家及学者に依って社会政策の必要を大声疾呼され一般人も之れを認めた時代の産物であるから簡易保険と言えば直に社会政策的事業を連想する程になったのであって若し預金部制度が此時代に生れたものとすれば必ずや資金の一半は社会政策に運用さるることであったろうと信ずべき理由がある、従って其運用に関しては又必ずや委員会制度を採用したであろうと思うのである


(四) 委員制案を蹂躪した前政友内閣 真の貯金奨励の途をとらぬ政府
斯の如く我郵便貯金を運用する現預金部制度は世界に類例を見ない不公明、不確実、不合理の極を尽した悪制度であるが大蔵省側の語る処に依ると之れに対して改革を試みんとした内閣も全く無いではなかったとのことである即ち大正三四年頃時の大隈内閣が米価調節の資金を預金部に求めんとして偶々歴代内閣の預金部に対して為したる跡を種々調査した結果其悪用の甚だしきに驚いて官民合同の運用委員会設置の緊要なことを感じ切に其実現を期したということであるが何等手を触るることなくして終った処が次の寺内内閣に至て其機が漸く熟したのか当時の蔵相勝田主計氏及次官たりし市来現蔵相等の意見が一致して運用委員会設置案は遂に閣議に提案され其結果出来得る限り速かに之れを設置することに議が一決したことは当時仄かに伝わった処であった、然るに大正十年十月原内閣起つに及んで蔵相高橋是清氏は貯金の運用委員会制度設置は政友会の党勢拡張の為めに不利と見たのか或は又政党内閣にあっては恁うした機密費の出所がなければならぬことを氏一流の筆法で達観したのかどうかは知らないが理不尽にも前寺内内閣が一度閣議に於て決した委員会設置に関する一種の保証案を一議にも及ばず之れを破棄して又候元の暗黒に引き戻したという事実が其の後間もなく伝えられたのであるが若し果して然りとすれば実に之れ忘るべからざる国民の公敵でなければならぬ偖而次に本問題に対する貴衆各政党の従来とった態度如何を見ると只四十五議会の貴族院予算分科会大蔵部会に於て多年蔵相として本制度の不都合を痛感した若槻礼次郎氏が神野次官に対して希望的質問を為し遂に神野次官をして『本制度は古い上に悪制度であるから根本的に研究した上一般会計との関係を見た上で改むることにするつもりです』との答弁を為さしめた外には各政党とも殆ど直接に此制度問題に触れたものはない、第四十二議会の予算総会に於て憲政会の早速氏が貯金奨励費削除を主張し『貯金を人為的に奨励するよりも利子を引上ぐる方がよい、然らば従って通貨を収縮し且つ輸出入の調節を計り得る』と論ぜられたが一言以て預金部制度の廃止に及ばなかったことは吾人実に隔靴掻痒の感に堪えない、何となれば如何に利子を引上げて郵貯を吸収し而して預金部を肥満らせても其運用其使途に於て既に前記の如く曖昧なる上に事実上内閣悪政の策源地なるに於ては果して氏の期待に副うて遺憾が無いであろうか頗る疑わしいからである、且又貯金奨励の手段方法から言っても氏の言うが如く利子引上げも慥に貯金増加の一方法には相違ないが利子には自ら限度がある、故に夫れ以外に預金が如何なる方面に運用され又如何なる用途を帯ぶるものであるかを各預金者をして理解せしめ之れを一個の『自他に対する道徳』として各人をして喜んで貯蓄せしむる様にするのが真の貯蓄奨励であり斯くなってこそ始めて貯蓄事業を国家が経営する真の意義が徹底するのであって奨励の根本は寧ろ其運用の途如何に存するのであると吾人は考える、況んや彼の無責任なる奨励宣伝に至っては元より吾人の与し能わざる所である、兎に角不都合なる預金部制度に対する各政党の態度は従来は或質問の序でに言及するか左もなくば嫌味、皮肉、あてこすりの程度に述べた丈けであって堂々一個の法律案なり建議案なりになって現われたことは曾てないのである吾人は実に遺憾に堪えない


(五) 政党内閣では此改革は六ヶしい 而も現内閣果して其勇気ありや
吾人は郵便貯金の運用委員会設置を切に希望するものであるが実を云うと縦令預金の運用が委員会の手によって為されたとしても此機関に於ては只運用の大綱即ち運用すべきものの項目並に其各項に振向くべき全体の金額を決定するに止まり例えば其項目に該当する事業の内何人の経営する何事業に運用すべきか等の所謂銓衡に関する細目に亙っては一に運用当路者の裁量に俟つのが通例であるから尚絶対には暗黒面を脱することを期待し得ないのである、然るを況んや運用の大綱に就てさえも何等の制裁を受けない現預金部制度が伏魔殿的邪道に陥るのは寧ろ当然の成行きであった、郵便貯金は中流階級以下の著実なる否寧ろ神聖なる預金であるのに一度政府の手に渡るや直ちに右の如き疑雲の裏に包まるることは吾人国民の堪え難き処である、而して預金部制度が以上の如く悪制度であるに拘らず今尚改革もされず又議会の問題ともならないのは抑も何に基因するかを考うるに恐らくは当今の代議士が一般に財政問題に対して興味を有たぬことと預金者階級が貯金の運用に付て全く無知であり又た無頓着であったからであるが更に論を為す者は曰く、『茲にも亦階級的代議員選挙制の弊を認めぬ訳には行かぬ即ち有産階級を代表する現代議士等は零細なる郵便貯金預金者の利益の為に「其運用に当っては出来得る丈之を中流以下を湿すべき方面に振向くべし」とか「其内容を公開して預金者に理解せしむべし」とかいう様な議論をするよりは預金を現在の儘に存置し之を利用して或は自己の関係する鉄道の建設資金として流用するの策を採り或は特種会社の保護に振向けた方が遥に有利であったからである、されば此問題に対し改革の必要を論ずる者も政党内閣では到底断行し得ないと初めから決定的論断を下して居る程である』というのである、吾人は必ずしも此の言に全幅の信を措くものではないが蓋し一面の真理を物語って居ると思う、何となれば寺内内閣所謂官僚内閣が巳に一度其非を悟って改革に着手すべきことを閣議として決定したに拘らず次に起った政党内閣たる政友会内閣が之れを全く覆えして恬然たる事実を見たからである、然るに茲に幸なることには現内閣は官僚内閣である、勿論其政策に付ては事毎に政友会の制肘を受けねばならぬ呪わしき運命にはあるにしても而も断じて行う勇気と誠意だにあらば改革は敢て不可能ではないのである、且又現市来蔵相は寺内内閣の大蔵次官として本問題改革に対し帷幕の裏に策を回らした第一人者であるから同氏にして未だ当時の抱負と意見とを失わざる限り必ずや本問題を徹底的に解決して全国三千万の郵貯預金者の不安を去ると同時に将来預金部を策源地として行わるべき暗黒なる内政と秘密外交の根幹とを断つことを得るに相違ないと信ずるものである


(六) 預金者は二重に虐げられて居る 僣越乍ら預金部改革の一策提供
有体に言えば我国の郵便貯金預金者程踏付けにされたものはあるまい、預金部が若し正当に運用しさえすれば少くとも現在に於てさえ五分四厘程度に利上げすることは可能であるに拘らず運用其途を得ない為めに僅かに四分三厘という驚くべき低い利廻りで満足せざるを得ない上に預入最高金額迄も制限されて居る、一昨年の議会に於て最高一千円を二千円に引上改正案が通過したのであるが此際に於ける民間銀行家―有産階級が如何に之れに反対をし政府が如何に泣きを入れたかは今更冗言を須うる必要もあるまい、吾人の見を以てすれば郵便貯金だからと言って何も預入金額を縦令二千円にしろ制限するということは頗る不合理であると思う、何故ならば現在我国の貯蓄銀行中基礎の薄弱なものが少くないし普通銀行と雖も亦た往々其数に漏れぬものがあって採るに足らぬ流言や僅少なる財界不況の影響にも忽ち禍されて根抵から営業破綻を来すことは今回の銀行取付騒ぎが明かに物語って居る、而も之れに依って再び起つ能わざる瘡痍を蒙る階級は主として中流以下であることも亦明かである、若し我郵便貯金制度にして預金運用其途に副い現在の民間貯蓄銀行間に於ける利子協定程度の利廻りを有し且つ民間銀行家の鼻息を覗うことなくして預入金額の制限を撤廃するに於ては必ずや中流以下の預金の大部分を郵貯に吸収することを得従って小銀行悪銀行の破産によって此階級が損害を蒙る程度も僅少であったろうと思う吾人は大蔵省現預金部制度が如何に政治的罪悪の策源地であるかに付ては既に数千言を費した処であるが恁かる罪禍の根源は実に其運用使途の内容が公開されないことに基因するのであって吾人が運用委員会を設置すべしと主張するのも実に之れが公開を欲するからである故に若し政府当路者並に大蔵大臣にして真に思いを茲に致し久しき因襲を脱して三千万預金者に対する最も正当にして且つ義務たる「預金部公開」の途を拓くに於ては吾人は必ずしも運用委員会設置を必要としてない位に考えて居る然し乍ら這は言うべくして到底行われぬことであろう、吾人は今翻って此問題が神野前大蔵次官の言の如く大蔵当局と雖も悪制度たるを認め乍ら何故に改革されないかに付て考うるに恐らくは之れが改革に着手することとなれば必然に預金部の内容を暴露せなければならぬしさすれば又必然的に歴代内閣が預金に立籠って為したる各種の罪状を発くこととなり時には夫れが国際外交上に面白からざる影響を与うかも知れぬということを懸念するの結果であろうと思う故に吾人は茲に一策を提供する即ち或期間―例えば大正十三年度よりの預金増加額に付て新たに特別会計として之れが運用は凡て運用委員会に付議したる上のこととし而して十二年度末現在高の預金は従来の預金部の手に委ね置き整理の完了したるものは漸次新特別会計に繰入るることとするのである、斯くの如くすれば敢て預金部の古疵を求めずとも次第に改革の実を挙げ得るからである、大蔵当局以て奈何と為す(完)

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データ作成:2006.3 神戸大学附属図書館

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