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JMM [Japan Mail Media]  日銀による金融政策の有効性 
http://www.asyura2.com/0601/hasan47/msg/359.html
投稿者 愚民党 日時 2006 年 7 月 25 日 05:04:05: ogcGl0q1DMbpk
 

                            2006年7月24日発行
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JMM [Japan Mail Media]                 No.385 Monday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第385回】

   □真壁昭夫  :信州大学経済学部教授
   □中島精也  :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト
   □土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部助教授
   □菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
   □山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
   □津田栄   :経済評論家
   □岡本慎一  :生命保険会社勤務
   □杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務
   □飯田泰之  :駒澤大学経済学部専任講師
   □金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務

 ■ 『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』

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 ■ 先週号の『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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 Q:719への回答ありがとうございました。先週から箱根にこもっています。
「カンブリア宮殿」の収録、それに海外取材などが重なると、積極的かつ効率的に小
説を書く時間を確保する必要に迫られます。箱根には、『半島を出よ』で延べにして
200日ほど滞在したので、ここに来れば、自動的に脳が小説執筆モードになりま
す。ただしそういう状態は単なる「作業の前提」なので、そのあとも独特のエネルギ
ー消費が続きます。でも作品と自分しかない世界というのは嫌いではありません。

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 ■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第384回目】
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====質問:村上龍============================================================

Q:720
 先週は日銀のゼロ金利解除が大きなニュースとなりました。そもそも中央銀行の金
融政策とは、経済活動にどのような影響力を行使できるものなのでしょうか。金融政
策によって可能なことと、金融政策では不可能なことが、ある程度明らかになればと
思います。

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====
※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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 ■ 真壁昭夫  :信州大学経済学部教授

 金融政策とは、中央銀行=日本銀行が、金利や公開市場操作、預金準備率操作を通
して、貨幣価値や経済活動の安定を図る経済政策の一つです。簡単に要約すると、金
利水準や、世の中に流通するお金の量をコントロールすることによって、当該国の経
済の円滑な運営を目指す政策です。

 金融政策の特徴は、財政政策のように、直接、需要を創出するのではなく、金利や
マネーサプライ=お金の流通量を変化させることによって、間接的に、経済活動に影
響を与えることです。そのため、金融政策の効果には時間がかかったり、政策効果自
体にかなり明確な限界があると考えられます。わが国では、財政状況が悪化している
ため、現在、財政政策にはあまり政策余地が残されていません。そのため、一般的
に、金融政策に対する期待値は高いと思います。

 教科書的に考えると、金融政策の具体的な手段は、金利政策、公開市場操作(オー
プンマーケットオペレーション)、預金準備金率操作の三つがあります。ただ、最近
では、預金準備率を頻繁に変動させると政策は、あまり目にすることはないようです。
実際には、金利政策と公開市場操作が中心になっています。金利政策は、日銀が金利
水準を変更することによって、経済活動に影響を与えることを狙った施策です。

 金利操作については、昔は公定歩合=日銀が市中の金融機関にお金を貸出す場合に
使われる金利が、操作の対象になっていました。ところが、資金が潤沢に供給される
ことが増え、しかも、金利の自由化が進んだ最近では、市中銀行が日銀から資金を借
りる機会が減っているため、主な誘導金利には、無担保コール翌日物が使われるよう
になっています。

 日銀が金利水準を変更することによって、一般的に、二つの経路を通って経済に影
響を与えることができると考えられています。一つはコスト効果です。金利が上昇す
ると、お金を借りる人には利払い負担が増加します。そうなると、企業経営者が、お
金を借りて、新しい事業を起こしたり新規事業に進出する場合、コスト負担が増加す
ることになります。結果的に、日銀が金利を引き上げると、経済活動にブレーキが掛
かり易くなります。

 もう一つはアナウンスメント効果です。これは、日銀が金利引き上げを宣言するこ
とによって、景気の拡大にブレーキを掛けようとしていることを、アナウンスするこ
とになります。それによって、人々は、景気にブレーキがかかるという期待を醸成さ
せることになります。あるいは、その逆に、金利を引き下げることによって、日銀
が、景気を刺激しようとしていることをアナウンスすることになり、人々の景気回復
に対する期待を醸成することができると考えられます。

 公開市場操作は、日銀が、市中銀行が保有している債券などの金融資産を買い取っ
たり、あるいは、その逆に、日銀が保有している金融資産を、市中銀行に売却するこ
とによって、市中に流通するお金の量を調節する施策です。市中に流通するお金の量
が増えると、お金を使って何か買おうかという気になるかもしれません。あるいは、
企業経営者も、手元のお金を使って、新規事業を始めようかという気になるかもしれ
ません。それは、経済を活性化することになるはずです。逆に、お金の量を減らす
と、人々はお金を使うにくくなるかも知れません。その場合には、景気にブレーキを
掛けることになります。

 金融政策を詳しく見ると、いずれも直接、需要を創出したり、設備投資を刺激した
りする瀬策ではありません。有体に言うと、消費や設備投資が盛り上り易くなる環境
を作っているといえます。また、日銀がコントロールできるお金の量は、基本的に、
現金と日銀の当座預金残高の合計額=ハイパワードマネーの部分です。

 市中に流通するマネーサプライは、一般的に、ハイパワードマネーに預金通貨など
を加えたマネーサプライ(M2+CD)で計量されています。マネーサプライは、ハ
イパワードマネーに、金融機関の信用創造機能を掛け合わせた数値になります。厳密
に言うと、日銀がハイパワードマネーをいくら多く供給しても、金融機関の信用創造
機能が低下すると、市中のマネーサプライは増えないことになります。

 設備投資に関しても、金利のコスト効果に明らかな限界があると思います。例え
ば、今回金利が0.25%引き上げられたのですが、企業の期待収益率は、0.25
%などという小刻みな変化率ではないでしょう。儲かるときには、それこそ数%とい
う単位と考えられます。0.25%の金利変更が、企業家心理に与える影響は軽微と
いえるはずです。

 さらに、最近、経済がグローバル化しているため、わが国で潤沢な資金が供給され
ても、その資金がわが国の中で使われる保証はありません。現在では、資金は、簡単
に国境をまたいで、他の国に移動することが可能になっています。金利の高い国へ流
出して、そこで使われることは十分に考えられます。これもまた、金融政策の効果を
減殺する要因になっています。

 一方、金融政策の効果に、資産価格への影響の拡大をあげる見方もあります。つま
り、資金が潤沢に供給されるため、その資金の一部が株式市場等に流れ込んで、株価
を上昇させます。株価が上昇すると、資産効果が働いて、人々の心理を明るくし、消
費を拡大することが考えられます。あるいは、株価の上昇が、企業経営者の心理を改
善させ、それが設備投資意欲の盛り上がりに繋がる可能性もあります。資本の蓄積が
進んでいる現在、従来型のコスト効果やアナウンス効果よりも、こうした資産価格の
変動を通した効果のほうが大きいかもしれません。

 いずれにしても、金融政策には限界がある以上、過度な期待をかけることは適切で
はないと思います。金融政策の本質を把握して、政策変更の意図や、その効果を客観
的に見ることが必要だと思います。

                       信州大学経済学部教授:真壁昭夫

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 ■ 中島精也  :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト

 一国の経済活動をつかさどる主体は企業、家計、政府の3つから成っています。そ
して、それぞれの経済活動に金融政策は大きくかかわっています。一般に企業は生産
活動を行なうには、まず生産の基礎となる設備を持たなくてはいけません。そして、
導入した設備をもとに人を雇い、原材料等を購入して、生産活動を行い、出来上がっ
た商品を販売して、収入を得ます。そして、その収入で設備代金、賃金、原材料費等
を支払って、一つのプロセスが完了します。但し、自己資金だけで、この生産・販売
活動を行なおうとしても、効率性や規模の面で限界があります。そこで、金融の力を
借りると、もっと効率よくかつ大規模に事業を展開することができるわけです。しか
し、金融に依存する度合いが大きくなりますので、当然のことながら金融政策の影響
を大きく受けることになります。

 企業の生産活動には様々な要素が影響を与えますが、金利はかなり重要な要素の一
つです。上記のように生産・販売活動を経て収入を得たとしても、そもそも金利が高
くて、結果的に利払いが大きければ、利ざやは薄くなるので、生産拡大の意欲は削が
れます。ですから、金融政策が引き締めに転じますと、金利が上昇して、生産活動を
抑制する方向に作用することになります。同じように金融政策は家計の消費・投資行
動にも大きな影響を与えます。一般に家計は自動車や家電製品の購入の際には自動車
ローン・消費者ローンを、住宅を購入する場合には住宅ローンを組むケースが多いと
思います。金融が引き締められ、ローン金利が上昇しますと、利払い負担が大きくな
りますので、家計は消費財や住宅の購入を見合わせる行動をとるでしょう。また、政
府の場合は景気対策として国債の発行により得た資金で公共事業などを実施していま
すが、金融政策が引き締めとなり、長期金利が上昇しますと、国債利払いが増加しま
すので、財政が圧迫され、財政政策の自由度が低下します。

 逆に金融政策が緩和に向かえば、一般的には上記とは逆のことが起きます。金利負
担の軽減により利益増加が見込まれますので、企業は生産活動を活発化させ、設備投
資を増大し、雇用を増やす行動に出ます。また、家計は消費を増やし、住宅購入に前
向きになるでしょう。政府は財政の自由度が増します。以上のように経済活動が過熱
化すれば、金融政策は引き締められて、経済活動は冷やされ、逆に経済活動が低迷し
ている時には、金融政策が緩和されて、経済活動が刺激されます。これが教科書的な
金融政策の経済活動に与える影響のプロセスでしょう。

 しかし、バブル崩壊後の日本経済は、いかに金融政策が緩和されようと、上記の教
科書とおりには経済が反応しませんでした。これはバブル崩壊後の資産デフレの影響
から企業のバランスシートが大きく傷み、かつそれと表裏一体ですが、金融機関の不
良債権問題が深刻化していたために、金利引き下げによる価格効果が余り働かなかっ
たことが原因でした。このことから推測すると、金融政策の経済活動に与える影響は
必ずしも左右対称ではないということです。

 すなわち、金融引締めの場合は引き締めの度合いを強めていけば、いつかは期待利
益率を金利調達コストが上回り、生産活動が自ずと抑制されることになりますが、金
融緩和のケースでは経済主体が重い病気(不良債権等)を抱えていると、どんなに金
融を緩和しても、効果が上がらないことがバブル崩壊後の経験で判明しました。ま
た、高度成長期ですら、景気浮揚への金融緩和効果は景気が底の時期には限定的であ
り、よって、即効性のある財政刺激(公共事業)が採用されたと記憶しています。

 よく、たとえ話で、馬を川に連れて行くことはできても、馬に無理やり水を飲ませ
ることは出来ない、というのがありますが、金融政策も似たような性格をもつのでは
ないかと感じています。引き締めは良く効くが、緩和効果は状況次第、ということか
もしれません。

               伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト:中島精也

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 ■ 土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部助教授

 経済政策を科学的に解明する研究者の立場から見て、中央銀行の影響力の源泉は、
独占的な(狭義の)通貨供給にあると考えています。単純に言えば、日本において
は、日本銀行は日本銀行券の独占的供給者であるということです。ただ、今日におい
て、(狭義の)通貨供給が唯一の信用創造の手段ではないため、その影響力、ないし
は経済現象のコントローラビリティには限界があると考えられています。

 1990年代以降の金融政策をめぐる論議でも議論になったように、中央銀行が自
らが操作できる政策手段で、何をどの程度思い通りに動かせるかについては、見方が
分かれています。中央銀行の能力を最も限定的に考える主張では、中央銀行が動かせ
るのは短期金利(主にコールレート)しかない、と見ています。さらに、中央銀行
は、自らが独占的に供給しているはずの狭義の通貨(マネタリーベース)ですら、民
間の資金需要に対して受動的に供給しているから自らでコントロールできない、とす
る見方すらあります。

 ただ、この見方は、金融市場関係者の中では、短期市場で取引をしている人には支
持が多いものの、ややもすると、中央銀行の実務家が、場合によっては責任回避のた
めに、口実として用いるいわばレトリックである可能性があります。政策効果を科学
的に解明しようとする立場から見ると、これは「ポジション・トーク」にしか聞こえ
ない(真理ではない)場合が多くあります。

 虚心坦懐に、現実の経済において中央銀行の影響力が浸透するものをみれば、
(超)短期的には短期金利に限定されるとしても、中長期的にはマネタリーベース、
そして広義の通貨供給、さらにはインフレ率(すなわち通貨価値)、(将来の短期金
利の見通しを示すことを通じて影響力が浸透する)長期金利が挙げられます。さすが
に、中央銀行が直接統制できない民間での信用創造も経済活動に影響を与えるため
に、金融政策によって直接経済成長率を動かせるとまではいえないかもしれませんが
(ただし、マクロ経済理論(特に貨幣数量説)の中には金融政策がGDPを直接動か
せると認識しているものがあります)、中央銀行に世界的にも期待されている役割と
して、通貨価値の安定があるわけですから、中央銀行が自ら操作できる政策手段で通
貨価値(すなわち物価水準)を相当程度コントロールできることを否定するようで
は、そんな態度の中央銀行に金融政策を委ねるのはやめなければなりません。

 その観点からすれば、中央銀行が相当程度影響力を行使できる経済変数としては、
短長期の金利、狭義・広義の通貨供給や、通貨価値とその裏返しとしての物価水準が
挙げられます。もちろん、短長期の金利や物価水準を通じて、GDP・経済成長率に
も影響力を浸透させることはそれなりにできると見てよいでしょうが、そのコントロ
ーラビリティは限定的でしょう。ちなみに、GDP・経済成長率に対する影響度から
見れば、財政政策よりも金融政策の方が大きいとする見方が、今日の経済学での主流
ですから、政策で経済成長をコントロールしたいと考えるなら、金融政策の方がまだ
有力でしょう。

 経済学者の間でも、金融政策によって何が可能で、何が不可能かについては見解が
一致していないものがあります。しかし、少なくとも、金融政策によって何が可能
で、何が不可能かを考える時には、実務的な利害関係で「可能」と認めると責任が及
ぶことを恐れて「不可能」とみなしたい(その逆も同様)、という認識のゆがみをき
ちんと除去してから考えるべきです。

                    慶應義塾大学経済学部助教授:土居丈朗

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 ■ 菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト

 日銀が完全にコントロールできるのは短期金利のみです。7月14日に日銀が利上
げした際に決めたことは、翌日物の無担保コールレートを0.1%から0.25%前
後への上昇を促すことと、公定歩合(今回から正式呼称である「基準貸付利率」に呼
び方が変えられました)を0.1%から0.4%へ引き上げることでした。金融政策
決定会合で、コールレートの引き上げは全員一致で決められましたが、公定歩合の引
き上げには9人中3人が反対したということです。長期国債については、買入れをこ
れまでと同金額と頻度で実施していくとされましたが、利回り水準については何もコ
メントされませんでした。

 金利には翌日物から30年債まで様々な長さがある中で、日銀がどのゾーンまでの
金利に影響を与えられるかについては議論がありますが、長くなるほど影響力が小さ
くなります。長期国債は世界景気動向、米国国債市場、財政赤字などの影響を受ける
ので、日銀の影響力はあまり大きくありません。その証拠に10年国債利回りの大底
は、2003年6月に世界の歴史に残る0.45%をつけた時で、日銀の利上げより
3年も前の出来事でした。

 今回の日銀利上げで、即影響が出たのは短期ゾーンの金利です。多くの銀行は普通
預金の金利をゼロ近辺から0.1%へ引き上げました。大手銀行は企業向け貸出の基
準となる短期(1年以内)プライムレート(最優遇貸出金利)を6年ぶりに引き上げ
る検討をしています。住宅ローンでも変動金利型や2−3年固定物など短期ローンの
引き上げが始まっています。個人向け国債の金利も変動金利型は上昇します。一方、
企業借入にしろ、住宅ローンにしろ、事前に長期的な固定金利で借り入れていたもの
は、日銀利上げの影響を受けません。

 保有金融資産は負債を引いたネットで、家計部門でプラス、政府及び企業部門はマ
イナスですから、利上げは家計部門に好影響、政府及び企業部門に悪影響を与えます。
最近、株式市場全体が不振の中でも、負債が多い企業の株価は、利払いの増加懸念か
ら、特に冴えない動きとなっています。このように金融政策は、短期ゾーンを中心と
した市場金利への影響を通じて、実体経済に影響を与えます。マクロ計量モデル的に
は(過去の経済データに基づきますので、経験則的にはといい直せます)、0.25
%の短期金利の上昇で、実質GDPが0.2%程度低下、企業収益は0.9%程度減
少すると計算されます。

 以上は、日本国内での影響ですが、経済及び金融市場のグローバル化が進展したオ
ープン経済では、為替など国際的な影響も考える必要があります。理論的に日銀利上
げは、海外との金利差の縮小につながりますので、国内投資家の資金が日本へ回帰し
て、円高になると考えられますが、今回、円の対ドルレートは3カ月ぶりに107円
の円安になりました。夏休みに海外旅行に行かれる方には残念な結果である一方、輸
出企業の収益にとっては朗報です。地政学的なリスクの高まりや米国の持続的利上げ
見通しが円安の背景と説明されますが、為替予想は金利予想以上に難しいものです。
また日銀利上げは、ヘッジファンドなどが金利の低い円を調達して、金利が高い海外
資産で運用するキャリートレードと呼ばれる取引手法にも影響を与えます。アイスラ
ンド株の下落やニージーランドドルの下落にまで影響を与えたといわれていますが、
データで証明できないので、日本の金利上昇の国際的なキャリートレードへの影響は
不透明な面があります。

               メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊

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 ■ 山崎元  :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員

 金融政策が影響を与えることが出来るのは、直接的には、金利と通貨供給量です
が、対象としては、主に、(1)物価、(2)景気(≒GDP成長率)、(3)資産・
負債の価格、の三つでしょう。経済政策の対象には、(4)富(所得と資産)の政策
的配分がありますが、金融政策は、「富の配分に(小さくない)影響を与える」こと
は確かでも、少なくともそれを意図的にコントロールする手段には向きません。富の
配分は、租税政策も含む広義の財政政策に割り当てられるべきであって、金融政策の
対象ではないと考えることが、第一義的には、適切でしょう。

 但し、先の、(1)、(2)、(3)は、(4)にも大きな影響を与えるので、金
融政策が、いわば薬の副作用のように、(4)にあって、望ましくない影響を与える
ことがあることにも注意が必要だと思います。

 金融政策の物価への影響は、過去には、主に、インフレを抑制することと物価変動
率自体を安定化させることの二つの目的のコンテクストで語られることが多かったの
ですが、近年の日本では、つい昨年まで、マイナスの物価上昇率を、どうすればプラ
スにすることができるか、ということが大きな関心事になりました。過去数年の経験
を参考にすると、インフレを抑制することと、デフレから脱却することとの比較で
は、金融政策にとって、後者は、不可能ではないものの、かなり難しいことが分かっ
たように思います。

 民間銀行の日銀に対する準備預金の超過積み立てである通称「ブタ積み」の存在が
象徴するように、広義の通貨供給量は、銀行貸し出しが伸びないと思うように拡大せ
ず、現実に銀行貸し出しは低迷しました。そのような状況でも、銀行貸出を拡大する
ためには、民間銀行の貸出対象になる資金需要を作る必要があり、たとえば、日銀
が、追加的に引き受けないし買い入れた国債を原資に、国が財政支出ないし減税を拡
大するといった、財政政策も組み合わせる必要があったように思います(良し悪しは
別問題として)。

 上記以外に、金融政策が単独で発揮しうる効果として、大きな「ブタ積み」の存在
が近い将来の政策(短期)金利上昇を抑えるという期待を通じて、より長期の金利も
下がる、いわゆる「時間軸効果」が、景気へのプラスの影響を通じて、物価上昇にも
作用するチャネルに期待が掛かることになりました。この効果は、多少はあったと思
われますが(たぶんゼロでない程度には)、どの程度有効だったのかについては、ま
だ評価が定まっていないように見受けられます。

 金融政策の主作用は、ごくおおまかには、(2)の景気が拡大し(後退し)→<総
需要が総供給に対して超過(不足)する>→(1)の物価が上昇(下落)する、と
いった経路で波及します。「物価上昇が過度にならない範囲で、景気を拡大する」
(細かくいえば、「物価変動の変化率」や「設備投資などの過剰」といった問題もあ
りますが)、といった原則に従っていれば、金融政策の方向について概ね無難な方向
を選択することが出来ると言えそうですが、ここで(3)の資産(実は負債も)の価
格への影響が問題になります。

 たとえば、株価のような資産価格は、確かに、金融政策の影響を受けます。しか
し、たとえば、株価は、必ずしも景気や物価と一致して同時に動くわけではありませ
ん。日本では、世論や政治家がしばしば株価の動きを通じて政策の「評判」を意識す
ることもあり、また、80年代後半のいわゆる「バブル」に金融政策失敗(緩和が過
剰で且つ長期に過ぎた)の責任があったという認識の広がりもあって、資産価格が、
金融政策の目標の一部として意識されることがしばしばあります。しかし、資産価格
と物価や景気は動きが一致しないことに加えて、たとえば、資産価格はバブルが意識
されている一方、物価についてはまだ十分にプラスに変化していないといった、政策
方向上の不一致が生じることがあります。要は、目的に対して、手段の数が足りない
状況が生じうるということです。

 金融政策が資産価格を目標としてどれだけ重視するべきかについては、複数の意見
があるようです。長らく続いた米国のグリースパンFRB議長時代に、グリーンスパ
ン氏は、主に景気を見ながら金融政策をさじ加減する一方で(物価よりも景気を見て
いたような印象があります)、金融政策が市場に与えるショックを吸収したり、時に
は加速したりするために、「口先」(上品に言い直すと「市場との対話」)という補
助的な政策手段を上手く使っていたようですが、これは、必ずしも、一般化できて、
常に上手く行く、というようなものでは無さそうです。

 日本の経済は、傾向として、フローに対するストックの大きさが拡大しているよう
に見え、(3)への影響が看過できません。金融政策における、(1)、(2)、
(3)の優先度合いの決定は、ますます難しくなりつつあるように思えますし、
(4)に対する副作用も無視できない要素です。
 
              経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
                 <http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/>

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 ■ 津田栄   :経済評論家

 中央銀行の金融政策は、日銀法にも規定されているように、「物価の安定を図るこ
とを通じて国民経済の健全な発展に資すること」を理念としています。つまり、金融
政策は、経済の過熱や冷えすぎにならず、堅調で持続的な成長を遂げるために、その
経済の状況のバロメーターとなる物価を安定させることを目指したものです。そして
そのモノ・サービスの価格である物価は需給によって決まり、その需給を支える投資
や消費を変化させるのが資金需給であることから、金融政策は、その資金需給に影響
を与えようとするものといえます。

 現在日銀が採る金融政策は、国債や手形の売買などを通じた公開市場操作(オペレ
ーション)の手段を用いて、金融市場を通じて資金の量や金利に影響を及ぼし、通貨
および金融の調節を行うのが中心となっています。その公開市場操作では主に無担保
コールレート翌日物を利用して行なわれいます。(アメリカでは、それに相当するの
がFFレートを利用した市場操作です。)

 もちろん、金融政策には、その他に、以前中心であった民間金融機関の日銀への
(無利子で)預け入れにおける割合(預金準備率=所要準備預金/預金総額)を変動
させることを通じた預金準備率操作や、公開市場操作と同様の金利操作方法である、
民間金融機関への資金貸し出しを利用した公定歩合操作がありますが、金融市場の自
由化・国際化と多様化で資金調達手段が発達したことにより、日銀は、預金準備率操
作よりも金利操作へ、そして金利操作の方法でも公定歩合操作から公開市場操作に軸
足を変えてきています。 

 金融政策の効果として、民間金融機関の日銀への借り入れを通じてその掛かるコス
ト(費用)の増減で(金融機関はコスト上昇分を民間への貸出金利に上乗せるため)
経済への影響を図ろうするコスト効果、日銀が預金準備率を上下に操作したり、公定
歩合や無担保コールレートの金利を操作することで、経済の現状や先行きの見通しに
ついての日銀の判断を示してその意思を通じて民間の経済活動を間接的に影響させよ
うとするアナウンスメント効果がありますが、金融市場の自由化・国際化により市場
からの資金調達が自由に出来ることになったためコスト効果が低下したことで、アナ
ウンスメント効果が重要となってきています。

 つまり、民間金融機関の日銀からの貸出によるコスト効果のもつ公定歩合よりも、
スムーズにかつ柔軟に行なえる無担保コールレート翌日物を操作することで、市中か
らの資金調達が中心になっている民間金融機関に日銀の金融経済の判断・意思を伝え
ることのほうが効果的だということです。日銀は、市場における取り引きを通じた金
利操作方法で、経済に影響を与えようとしています。例えば、日銀の意思を受けての
金利の上下により、企業の設備投資や個人の住宅投資に対して資金需給を間接的に変
化させたり、民間にある資金が消費か貯蓄かに流れを変えることで、あるいはそのこ
とにより市場を通じて株式や土地などの資産の価格を変動させることで、経済に影響
が出るということになります。

 また、以前ならば、公共事業など財政を出動させて経済を刺激する方法もあり、金
融政策とともにポリシーミックス政策が採られてきましたが、このバブル崩壊、デフ
レ経済で、国債発行を急増させ国債発行残高が膨らんだため、財政出動が難しくな
り、今や緊縮財政が経済にマイナスになる中で、金融政策のみが経済に影響を与える
政策となっています。そして逆に、金融政策が国債発行の量とそのコストに影響を与
えることで財政に規律を求めているのですが、これまでこの日銀の期待がうまく伝
わっていないというのが現実といえましょう。

 さて、こうした金融政策を通じて、日銀は、物価の安定を図りながら、経済の発展
を図っていくのですが、完全にその意思が民間に伝わり民間がその意思に従うかとい
えば、先行きに対する期待・不安により変動する市場を通じてという手法を考えれ
ば、そして、経済は生き物であり、いろいろな要因により変化していくことを思え
ば、日銀の思い通りに市場金利が推移することにはなりませんし、その結果として、
物価が安定するという目的を実現することができないときがあります。そのことは最
近のアメリカの物価と金融政策の関係を見れば一目瞭然です。

 つまり、日銀の金融政策は、市場の金利を誘導する間接的な手法を用いて自分の意
思を伝えたにしても、経済活動を直接コントロールをするわけではありません。市場
経済においては、日銀の公開市場操作は、あくまで需給関係による自由な取り引きの
なかで価格・金利を決定する市場を通じて、当事者として中央銀行の意思を伝え、経
済活動を間接的に影響を与えるしかないということになります。そしてその需給に大
きな影響を与えるのは、経済などの先行きに対する期待や不安という心理的な面であ
り、そこまで金融政策でコントロールすることはできません。

 もちろん、当初日銀の経済に対する判断や意思については、市場は尊重しますが、
時間の経過とともに内外の金融経済の状況が変化していくことを受けた市場参加者の
期待と不安により、市場は日銀の意思から離れて動きはじめます。このことが経済に
反映され、経済統計に表れて認識されるまでのタイムラグの中で、日銀の判断が遅れ
気味になり、結果として市場が日銀の金融政策の変更を促すことになります。(それ
は、80年代後半以降これまでバブルの生成と崩壊、経済低迷とデフレ状況の一要因
となった日銀の金融政策の出遅れや判断ミスにあらわれています。)

 結局、当初市場への関与により日銀の経済判断と先行きの見通しを伝えたにして
も、経済活動そのものに影響を与え、コントロールすることはできるわけではなく、
むしろ市場参加者の一員として市場の動きをその意思に向かわせようとするもので、
日銀の思い通りにいく保障はありません。その意味で日銀の金融政策の影響力は、限
定的であり、その後の市場の動きにより、むしろ金融政策がその影響を受けることも
ありえます。そう考えると、参加者の自由な取り引きを通じて経済の動きを決定して
いる市場に対して、日銀は十分意思疎通を図らなければ、また現在ではなく先行きの
金融経済の見通しを誤れば、金融政策は、市場の反撃に会い、経済に悪影響を与える
こともあるといえましょう。

                             経済評論家:津田栄

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 ■ 岡本慎一  :生命保険会社勤務

 マクロ経済学の代表的教科書であるグレゴリー・マンキュー著「マクロ経済学U応
用編」(東洋経済新報社)に「わかっていること、いないこと」という終章がありま
す。「わかっていること」の3番目は「長期においては貨幣成長率はインフレ率を決
定するが、失業率には影響を及ぼさない」ということが指摘され、そして4番目には
「短期的に、金融・財政政策を管理する政策決定者は、インフレーションと失業のト
レード・オフに直面する」とあります。

 言い方を変えれば、金融政策で長期的な成長力を変えることができませんが、短期
的には中央銀行が通貨を印刷し、名目変数(物価、名目マネーサプライ、名目為替、
名目GDP等)に働きかけることにより、実質経済に影響を与えることができるとい
うことです。

 しかし、実際の金融政策の実施にあたっては、(1)実質経済の停滞が名目変数の
乱れによって生じているのかどうか(金融政策で対応できる事象なのかどうかという
判断)、(2)どうやって効果的に名目変数を動かすか(金融政策の手法)、(3)
金融政策の変更がどの程度の影響を実体経済に及ぼすのか、といった点においてはコ
ンセンサスはなく、中央銀行もその判断を誤ることがあります。

 日銀は80年代後半から90年代前半は資産バブルの制御に翻弄され、一般物価の
コントロールが後手に回りましたし、90年代後半は「良いデフレ論」に拘泥し金融
緩和が遅れました。そして2000年にはは早すぎたゼロ金利解除を行い、その後に
激しいデフレに見舞われました。

 日銀は「できること」と「できないこと」を明言し、「できること」については徹
底的にやるという姿勢を明確に打ち出すべきであり、逆にそれ以外のことをあきらめ
る潔さを持つべきです。日銀が「できること」はマネーを実体経済にニュートラルに
保つ金融政策を行うことであり、できないことは、資産価格をコントロールしたり、
企業経営者の規律付けを行ったりすることです。

 中央銀行がマネーをコントロールすることで(少なくとも中長期的には)物価を安
定させることができるという知見のお陰で世界経済は以前よりも格段に安定した動き
を示す様になりました。現在、ほとんどの先進国の消費者物価は+1〜+4%の範囲
に収まっています。世界の中央銀行にできて日銀にだけできないこともなければ、日
銀にだけできることもありません。日銀が一般物価を1%程度にコントロールし、日
本経済の実力を引き出すことは十分可能だと考えます。       

                         生命保険会社勤務:岡本慎一

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 ■ 杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務

 中央銀行の一番大きな役割は、銀行のための銀行です。日銀は、市中銀行がその貸
出の量に比例して中央銀行に預けること要求される準備預金の量をコントロールする
ことができます。これは、日銀が短期の資金市場の限界的な需給を握っていることを
意味し、日銀は短期金利をある程度コントロールすることが可能となります。

 日銀は、金融を引締め気味にしたいとおもえば、準備預金の要求量を引き上げるこ
とにより、短期資金市場に逼迫した状況を作り出し金利は上がることになります。ま
た、このプロセスを通じて、市中銀行の貸出しが控えられて、金融は引き締めら市中
の流通する通貨も減ることになります。

 他にも、金融市場で短期の手形の担保融資を行ったり、中長期の債券を売買するこ
とにより、金融市場に資金を供給したり、逆に引き上げたりすることが出来ます。こ
のプロセスで、長短の金利を上下させます。

 これらの操作により、日銀は銀行システムに流しこむ資金をコントロールし、これ
が日銀政策の根源的なツールとなります。資金市場に資金を供給したり引き上げたり
することで介入しますので、金利と通貨量を限界的に操作できるのです。しかし、通
貨の需要のサイド、つまり実ビジネスに基づく資金需要自体を直接いじれるわけでは
ありませんから、金利の水準自体を大きく変えることは日銀の直接の仕事の埒外にな
ります。

 さらに言えば、日銀は資金を投入することはできますが、それにより経済が活性化
し貸出が増え経済全体の資金量が増えるとは保証の限りではありません。これは、デ
フレのピーク時からゼロ金利時代を通じた我々の経験でもあります。日銀はゼロ金利
にして、前代未聞の資金を銀行システムに投入しましたが、経済全体としての貸出も
通貨供給量も増えませんでした。

 逆の局面では、資金を引き上げることにより、加熱した景気やインフレ沈静化が期
待されます。この面での政策効果の評価は、刺激したい局面より、はるかに好ましい
ものを稼いでいるようです。しかし、これらの政策いつ発動させるかという一種の政
治判断も含めると、成功した政策は少ないようです。

 ここ20年の日本経済の軌跡を、日銀の失政にからめて無理矢理記述してみます。
1990年にかけてのバブル発生を許した緩和政策、バブルを終わらせたのは良いが
デフレを引き起こした引き締め政策、緩和解除のタイミングを誤り回復しかけの経済
を再び失速させたタイミングの誤り、プライドを捨てて取り組んだにかかわらす、貸
出と通貨供給量の増加にはつながらないまま何年も過ぎたゼロ金利政策。といった具
合になります。

 日銀の直接の武器は、銀行システムにたいする資金の出し入れに過ぎませんが、こ
れらの政策手段を通じて、長期のインフレや金利予想に影響を及ぼすことが出来ます。
市場参加者の期待のありどころまで視野に入れると、日銀の政策の影響力が非常に大
きいということもまた否定できません。ただ、期待の大きさや方向性でさえ、日銀の
思うままに操れるわけではないことに注意が必要です。避けがたい判断ミスやタイミ
ングの難しさ、加えて過去の政策実績の点数を考慮すると、日銀の政策の出し入れが
有効であるとはとても言える状況ではありません。政策の影響力が大きいということ
と、政策が有効であるということは、同じではないのだと思います。

 積極的な金融政策の有効性については、学者間で肯定派と否定派に分かれて盛んに
論争がおこなわれてきました。昔からのマネタリストは、中央銀行の役割を経済に流
通する通貨の量を一定の増加率に保つだけに留めるべきだとの主張を繰り返します
が、政策判断の難しさを考えると、説得力のある議論だと思います。

                       生命保険関連会社勤務:杉岡秋美

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 ■ 飯田泰之  :駒澤大学経済学部専任講師

 中央銀行の役割は銀行の銀行として決済システムを維持するというミクロ的な側面
と金利・通貨量の調節というマクロ政策に大別されます。金融政策と言う場合には、
後者のマクロ金融政策を差すことが多いようです。

 教科書的なマクロ経済学では、中央銀行が貨幣供給量を拡大すると金利が低下する
ことで産出量は拡大し、貨幣が豊富になったことで貨幣価値の逆数である物価は上昇
します。貨幣供給量の縮小、つまりは金融引締は産出量を縮小とデフレをもたらしま
す。金利は企業にとっての資金調達コストです。金利が低下すればより低い期待収益
率の投資活動までもが行われるようになるため、総需要の主要項目である投資が刺激
され、需要に引っ張られる形で生産活動が拡大するというわけです。

 ただし、「需要に引っ張られる形で生産活動が拡大」できるのはマクロの生産能力
に余裕があるときに限られます。一国経済の生産能力が事実上の上限(潜在GDP)
に達している場合、需要がいくら増えてもそれに応えて生産を拡大することはできま
せん。このような場合の金融緩和はインフレのみをもたらすことになります。

 したがって、金融政策に可能なことは実際のGDPが潜在的なGDP水準を下回る
場合には金融緩和によって需要を喚起し潜在GDPの達成を目指すことということに
なるでしょう。一方、すでに経済が潜在GDPを達成しているときには金融政策が追
加的に貢献できる仕事はないということになります。つまり潜在GDPそのものを動
かすのは金 融政策には不可能な仕事というわけです。

 しかし、現実の経済は初歩的なテキストに書かれているほど単純ではありません。
学部生が学ぶ初歩的なマクロ経済学には時間の視野が含まれていません。つまりは、
金利が2%に引き下げられると企業は「今後も永遠に金利は2%である」と考えて行
動することが暗に仮定されています。これが現実的でないことは言うまでもないでし
ょう。実際の金融政策の難しさは、民間経済主体からみた「政策の将来見込み」をコ
ントロールすることの難しさにあります。

 例えば、現在の利子率が極めて低く、安価な資金調達が可能だとしましょう。しか
し、企業の実物投資の果実は即座に得られるものではありません。実際に工場を建設
し、それが稼働し、製品を販売できる段階で景気が悪くなってしまっていたら元も子
もないでしょう。すると、現在金利は極めて低位に据え置かれており教科書的には
「金融緩和状態」にあるとしても、近い将来金利が引き上げられ景気は抑制されると
民間経済主体が予想しているならば、現時点でどんなに金利が低くても、借入をして
投資しようとは思わないのです。このように考えると、金融緩和・金融引締に教科書
的な効果を持たせるためには政策の継続性が民間経済主体に信頼される必要があると
言うことになります。

 したがって、政策の継続性が民間経済主体に信用されないならば、金融緩和も金融
引締も当初期待したような効果を持つことはできません。この様な場合には、「金融
政策にできることは何もない」という結論にすらなりかねないでしょう。

 民間経済主体に金融政策の継続性を信頼させるための、第一の、そして最も古典的
な手法が中央銀行総裁の能力に期待するというものです。景況の悪化に対して素早く
緩和を行い、ひとたび潜在GDPを達成した暁にはインフレ抑制を中心とした政策に
移る……このような政策対応を実行するだけのリーダーシップ(を持っている民間が
期待する)があり、その意思を市場に明確に伝えることができる総裁の下では金融政
策は本来の「仕事」をすることができます。近年では、FRBのグリーンスパン前議
長がこのような仕事ができるマエストロであったといってよいでしょう。

 しかし、グリーンスパン前議長ほどのカリスマを持った総裁候補者はそうそう得ら
れるものではありません。バーナンキ議長は私の最も尊敬する経済学者の一人です
が、彼には前議長ほどのカリスマ性は期待できないでしょう。このような場合、代替
的な手段として示されるのがルールに基づく金融政策です。総裁の判断という裁量的
な手法ではなく、各種マクロ経済指標から金融政策態度が自動的に決定されるシステ
ムを作り、それを民間に明確に伝えればよいと言うわけです。天才がいない世界での
次善の策として、ルールに基づく金融政策の必要性が高まっていると考えられます。

                     駒澤大学経済学部専任講師:飯田泰之

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 ■ 金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務

 日銀による金融政策の目的については、通貨及び金融の調節の理念として、日本銀
行法第2条は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」
としています。これを見ますと、日銀の金融政策においては、物価の安定が政策目的
の優先事項として位置付けられているように解釈されます。しかし現実には、必ずし
も物価の安定を最優先して金融政策の執行に常に臨めるとは限りません。

 その背景としては、同時に第4条では、政府との関係について「通貨及び金融の調
節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方
針と整合的なものとなるよう」求められているためです。従って、より現実的には、
日銀は金融政策によって物価を管理するとともに、経済成長を担保する責任を負わさ
れていると考えられます。

 金融政策の直接の対象としては、物価動向と経済活動に大きな影響を与える通貨供
給量であり、中間目標としてはこの通貨供給量を適切に管理することにあります。た
だし、ここで問題にしている通貨には、中央銀行の信用を裏付けに発行される貨幣の
みではなく、銀行システムによって創造される信用も含まれています。

 貨幣の本質は負債と言うことができますが、実際に経済活動において支払い手段と
して使用されているものは、中央銀行の負債として発行される貨幣に加え、銀行口座
に保有される預金、すなわち一般の商業銀行の負債ということになります。銀行が貸
し出しを行うことによって、借入先の口座には預金すなわち通貨が創造されることに
なります。一般の企業の負債、例えば手形なども支払い手段として利用されることは
ありますが、あくまでも銀行が買い入れて銀行自身の負債(預金)と交換する用意が
あることが前提となっています。

 このように通貨は中央銀行が単独で供給するものではなく、銀行の銀行である中央
銀行を含めた銀行システム全体として供給されるものであり、しかもその供給は独占
的であることも特徴です。

 通貨供給量を適切に管理するための金融政策の手段としては、金利の調整、金融市
場での資金供給の調整、準備預金制度における準備率の調整、の3つがあります。金
融政策はこれらの政策手段による銀行などの金融機関への影響力を通じて、執行され
ると言う点をまず確認しておく必要があります。

 そこで、これらの政策手段の有効性と、実施上の制約や効果の限界を見ていくこと
にします。まず、日銀による金利の調整の有効性についてですが、例えば、翌日物無
担保コールレートの誘導目標を0.25%へと引き上げるといった金利の微調整が実
体経済に対してどこまで影響力を持つのか、という問題があります。

 金利環境の変化が企業行動を変えるのか、また、金利政策のアナウンスメント効果
と言われますが、一般の企業がどこまで金利動向にセンシティブに経営を行っている
のかは疑問です。一般の企業にとって、金利は多くのビジネス上のリスクの一つに過
ぎず、しかも決して最も重要なリスク要因というわけではありません。

 しかし、日銀の金融政策の直接の対象は、金利動向に対して最もセンシティブな銀
行などの金融機関であり、これらの金融機関が実際に企業活動に対して資金を供給す
る主体であることから、金利政策は実体的な経済活動に対する影響力が担保されてい
ると言えます。

 実際、今回のゼロ金利解除を受けて、直ちに貸出金利を引き上げた金融機関も何行
かありました。いずれ他の金融機関も追随するとしても、他行に先駆けて金利を引き
上げるわけですから、支店など営業の前線には本部の意向が直ちに伝わり、貸出態度
は大きく変わることになるでしょう。

 一方、金利政策における制約は、(前回の設問への回答でも触れましたが)中央銀
行は企業設備投資や住宅建設などを通じて景気動向に影響を与える長期金利の水準を
完全にはコントロールすることができないことです。金融政策の発動によるインフレ
抑制には、その代償として短期的には経済成長の犠牲を前提としますが、長期的な経
済の健全な成長の基盤となる投資に悪影響を及ぼす長期金利の過度の上昇は回避した
いという意図も持っています。長期金利の過度の上昇は短期的な経済成長の減速だけ
ではなく、長期的な経済成長のあり方にも影響を与えかねないためです。

 こうした長期金利の動向は債券市場の需給に大きく依存しており、供給面では国債
の発行額、需要面では日本の場合は主に金融機関のバランス・シートの状況に依存し
ています。つまり、長期金利の動向は、金融政策の直接の利害関係者に人質に取られ
ているのも同然と言えます。金融政策が金融機関への影響力を通じて執行されること
から、構造的な矛盾であることがわかります。

 また、国債の発行額については、経済成長を優先しがちな政府・与党との葛藤が常
に生じます。政府が財政規律を維持することは長期金利の抑制に有効ですが、往々に
して政府は財政規律の見返りに中央銀行には金融緩和を要求することがあり、これも
一筋縄ではいかない点です。

 このように、中央銀行が物価を管理すると同時に、健全な経済成長を担保する責任
を果たすことは、矛盾を抱えた極めて困難な作業であることが分かります。

 また、金融市場での資金供給の調整については、通貨供給量を調整するに当たっ
て、日銀がベースマネーを直接コントロールできるか、という神学論争がありまし
た。他の政策、例えば金利政策などと完全に独立にコントロールが可能かというフレ
ームワークで議論すれば「できない」という結論になるでしょうし、逆に金利政策な
どと連携することも前提とすれば「できる」と主張することもできます。少なくと
も、何らかの制約条件なしに完全な裁量によるコントロールが不可能であることが事
実としても、それで矛盾が生じる局面がどの程度想定されるのかは疑問です。

 実際、実体的な効果の面では議論の余地が残るものの、これまでもゼロ金利政策と
並行して、積極的な資金供給策が採られてきました。少なくとも、前述の問題は、物
価を管理すると同時に経済成長を担保する責任を果たすことが抱える構造的な矛盾に
比べれば、それほど重要な議論ではないように思います。

 最後に準備率の調整については、現状では準備率が極端な低水準となっており、通
貨供給量に影響を与えるために裁量的な運営を行う余地は乏しくなっています。

 以上から、全体としては、金融政策は物価の管理における有効性を維持する一方
で、経済成長を担保する目的との両立が難しくなるような局面も想定されます。そこ
で、前回と同じ主張を繰り返すことになりますが、インフレ・ターゲット制の導入を
検討する価値は高いと考えます。中央銀行にインフレ・ターゲットを設定・公表さ
せ、その金融政策の決定過程を開示させ、中央銀行に対して強い規律を要求すること
は重要だと考えます。同時に、インフレ・ターゲットの導入と引き換えに、健全な経
済成長を担保するとの責務に関しては免責を与えることも必要ではないかと思われま
す。

                外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■■編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■

 Q:720への回答ありがとうございました。箱根から戻るとレバノンで戦争が始
まっていました。アメリカとイランが何らかの形で和平ではなく戦闘に介入すれば原
油価格をはじめその影響は計り知れないものになるでしょう。しかし日本のメディア
の報道は「遠い世界での紛争」という枠を出ていない気がします。

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Q:721
 経済協力開発機構が日本社会の経済格差について言及したようです。
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20060627AT2M2700627062006.html
 たとえば国民健康保険の保険料を払えない(払わない)人びとが急増していると聞
きました。ただし、貧富の差はどの国にもあると思われます。財政に余裕のない国家
・社会における「理想の」セイフティネットとはどういうものなのでしょうか。

========================================================================
====

                                   村上龍

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                 No.385 Monday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部(2005年8月1日現在)
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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