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2006年3月20日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.367 Monday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第367回】
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
□山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
□杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
□津田栄 :経済評論家
□岡本慎一 :生命保険会社勤務
□三ツ谷誠 :三菱UFJ証券 IRコンサルティング室長
□金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
■ 『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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■ 先週号の『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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Q:701への回答ありがとうございました。新しい連載小説でまた箱根に入って
います。この別荘地内には小さな梅園があるらしいのですが、まだ一度も行ったこと
がありません。
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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第367回目】
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====質問:村上龍============================================================
Q:702
日産自動車は労組の賃上げ要求に満額回答で応じたようです。春闘という言葉を久
しぶりに聞いた気がします。将来的に、日本の労働組合は過日の影響力を取り戻せる
のでしょうか。
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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
今年は、久しぶりに春闘の賃上げが実現するようです。わが国経済が回復過程に入
ったのが2002年1ー3月期です。その後、大手製造業中心に企業業績が大幅に改
善していたことを考えると、「漸く、企業が儲かった恩恵が、従業員にまで及んでき
た」との感覚を持ちます。しかし、これによって、労働組合の重要性が一気に高まっ
たとは考えにくいと思います。むしろ、長期的な労働組合の凋落に、歯止めが掛かる
ことは考え難いのではないでしょうか。
労働組合に関する統計を見ると、1940年代後半に50%を越えていた推定組織
率は、長期的な趨勢として低下傾向を辿り、平成16年度には20%を下回る水準ま
で落ち込んでいます。これは、企業で働く従業員が、労働組合に加入することに、明
確なメリットを見出せない証拠と考えられます。こうした傾向が、今年の春闘でベア
上昇が実現することによって、大きく変化するとは考え難いでしょう。
次に、何故、労働組合に加入することに意義を見出し難くなったかを考えます。マ
クロの視点から見ると、企業と従業員の関係が変質していることを思いつきます。戦
後まもなくの頃は、労働者の権利が守られない場合や、企業の力が圧倒的に強かった
ケースが多く、労働争議が頻繁に発生していたようです。そうした局面では、労働組
合に参加してバーゲニングパワーを持つことは、相応の意味を持っていたと考えられ
ます。
ところが、その後、企業が労働者の権利を認めるようになる一方、いわゆる労働組
合対策を強化したことによって、労働争議等の件数が大きく低下しました。そうなる
と、労働組合としても、企業と上手く共存するほうが有利になり、企業VS労働組合
という図式が変化したと考えられます。かなりの企業では、労働組合の幹部が、企業
経営者の地位にまで上り詰めるケースもあります。極論すると、労働組合が、企業側
の御用組合化したとの指摘もあるようです。
最近、経済がグローバル化したことによって、様々な意味で労働の形態が変化して
いると考えられます。例えば、企業は、安価で豊富な労働力のある国や地域に生産拠
点を移すことが多くなります。あるいは、IT技術の進歩によって、かつては貿易財
ではなかったサービスも、今や国境を跨いで国際的に拡散しつつあります。コールセ
ンターや事務部門のアウトソーシングでは、物理的な国境は、既に大きな制約要件で
はなくなっています。そうなると、企業は、国内の労働力に固執する必要性が低下す
るでしょう。その結果、企業の発言力を高めていると考えられます。
また、従業員側にも変質が発生していると考えられます。以前は終身雇用制が一般
的であり、企業と従業員は、一種の運命共同体の感覚があったと思います。しかし、
経済低迷期のリストラ等を経て、企業の雇用に対する考え方の変質と同時に、従業員
側も、「一生、一つの企業に在籍する」という発想は、相当程度フェイドアウトして
います。
そうした状況下、企業単位の労働組合に加入することは、殆ど意味を持っていない
かもしれません。ある企業の若手社員は、「自分は、力をつけて早く、この会社の次
に進みたいと考えている。この会社の労働組合に入ることは全く意味がない」と言っ
ていました。こうした意見が全てとは思いませんが、特定層の考え方としては多数派
であることは確かでしょう。
金融機関に勤務していた友人は、「会社が潰れて職を失ったとき、労働組合は何も
することができなかった。そのとき、労働組合は何のために存在するのか、本当に疑
問に思った」と指摘していました。彼のように、企業倒産やリストラを経験した人た
ちの実感として、「労働組合は何もできなかった」との思いが強いかもしれません。
そうした人たちにとって、組合費を払ってまで、組合員になることの意味は全くない
と考えるのは当然かもしれません。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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■ 山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
結論から先に言うと、現在のような企業別・産業別に編成された労働組合の時代は
終わったのだと思います。労働組合が過日の影響力を取り戻すことはないでしょう
し、その方が好ましいでしょう。
今回の賃上げ要求に対して、企業側の回答は、個々にバラバラでした。たとえば、
2000円の統一要求を掲げた電機労連でしたが、富士通が1000円、日立は50
0円という具合に、会社によって回答に差が出ました。経営側が横の連絡を取ってい
たのかどうかは分かりませんが、「各社によって異なる結果が良い」という経営側の
意志が働いたように思えます。これは、各社の業績に差があるのですから、当然であ
り、「統一要求」というような運動方針の方が時代遅れなのです。
会社の中でも、個人によって報酬に差が出るようになっており、賃上げを統一的に
要求するという形態は時代に沿わなくなっています。組合の存在意義として、賃上げ
交渉以外にも、会社の不当労働行為に対する抑止力の役割がかつてありましたが、い
わゆるリストラが各所で頻発した過去十数年間に、会社によって差はありますが、組
合が組合員の雇用を十分に守れたわけでもなく、組合員から見て、組合の存在意義が
疑問視されるケースが増えているように見えます。
また、組合は、労働者の建前の代表者として、経営側にとって都合の良い存在とし
て利用されているようにも思えます。たとえば、厚生年金基金の解散から、確定拠出
年金への移行、というような企業年金の制度変更のほとんどは、年金・退職金の制度
部分だけを見ると被用者側に不利益な変更がなされてきていますが(総合的な判断と
しては妥当な場合が多いとは言えますが)、会社側は、組合と合意することによっ
て、「加入者からの合意を取り付けた」という体裁を作ることが出来ており、組合の
存在は、経営側にとってむしろ好都合な場合があります。
以前から、金融、商社など、賃金水準の高い企業では、組合が経営者と顔つなぎが
できる、一種の出世コースとなり、いわゆる「御用組合」化する傾向がありました
が、こうした組合も含めて、組合には最早存在意義はありません。組合幹部の「研修
費」(温泉旅行?)や「懇親」(飲み会)のために、組合費を払うのはもったいない
と思っている労働者は少なくないと思います。
組合弱体化の流れをうけて、今後、被用者側は、企業内の組合に頼るのではなく、
不当労働行為に対しては、労働基準法などのルールそのものを活用して自ら訴えを起
こしたり、あるいは企業別・産業別に編成されて企業に飼い慣らされた組合ではない
組合に加入するなど、新たな権利の守り方を工夫する必要があるでしょう。国の政策
としては、労働者の権利を守るルールを分かり易く整備すると共に、広く周知するこ
とが必要でしょう。また、被用者の権利を守るための法律相談や交渉の代行などのビ
ジネスが発達することも良いことだと思います。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
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■ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
日本の労働組合が大きな力を発揮したのは、製造業が伸び盛りであった高度成長期
からバブル前までだったように記憶しています。重厚長大産業や国鉄や私鉄の組合
が、団体交渉の主役で、毎年春闘の季節には鉄道のストライキが打たれ、通勤や通学
の足が止まったものでした。これらの産業の組合や公務員組合は、政治運動と結びつ
くことにより、野党勢力を構成する重要な勢力となりました。労働組合が政党活動と
深く結びついているのは、ヨーロッパ諸国と共通な特徴です。日本の組合は、企業別
の組合ではありましたが、産業ごとに連帯して横並びの賃上げの獲得を目指し、政
党・政治活動と結びつくことにより様々な問題、例えば、安全保障問題、平和憲法問
題といったもので市民的な連帯を求めたということもできましょう。労働組合は、自
民党に対抗する野党・左派革新勢力を支える大きな力でした。
しかし、重厚長大型産業、公務員、国鉄といった分野が相対的地位を低下させてい
き、また、正社員以外の非正規雇用のかたちの雇用が進み、組合もリストラに対応す
るために防戦一方の戦いをせざるを得なくなりました。バブル崩壊以降の平成不況の
なかで、伝家の宝刀である団体交渉での賃金交渉の余地も少なくなり、組合の影響力
は縮小する一方になっていったのだと思われます。政治活動の余力もなくなっていき
ました。
景気が上向き始めた今年に入って、やっと賃上げ交渉の余地が生まれましたが、産
業一律の原則は大きく崩れ、賃上げは企業ごとの生産性を反映するという、個別企業
の都合を強く反映するかたちで終結しつつあります。企業の内輪のステークホルダー
のなかで、同じ財布を分け合うだけの組合活動であることが明らかになりつつありま
す。
もともと日本の組合の特徴は、企業別組合であることといわれます。ヨーロッパや
アメリカは産業別に組織されているのに対して、日本の組合は企業ごとに組織されて
いて、企業の人事政策に深くかかわっているのが特徴です。私の会社生活の中で、初
めての組合経験といえば流通関係の企業組合でしたが、集会を開いて「有給休暇は病
気のときのためにあるのだから、普段はなるたけ取得しないようにしましょう!」、
「就業30分前には出社して準備をしよう!」といった事柄を申し合わせるような組
合であったのを覚えています。労使が対立し労働条件を団体交渉により決定していく
というより、企業の人事部の管理業務の下請け的な色彩が強かったようにおもわれま
す。組合のトップと企業側の人事部は、同じ人が入れ替わりで勤め、組合専従者は出
世コースと見なされ、対立関係にならないように、常に懐柔が繰り返されるようなシ
ステムが出来上がっていました。
平成の長引く不況のなかで、組合は企業内組合としての企業のステークホルダーと
しての地位は維持したものの、社会的な政治力を失い、産業や地域の問題に取り組む
意思も力も放棄してしまいました。現在の、労働市場の問題は、フリーターやニート
問題、正社員の長時間労働などで、一部の組織労働組合と企業の関係における賃金交
渉の社会的重要度も低下しているように思われます。労働組合が政治力を失い企業内
とどまる以上、労働組合が現在の問題に取り組むことに、期待はできないでしょう。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
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■ 津田栄 :経済評論家
結論から言って、日本の労働組合は、将来的に、昔のような影響力を取り戻すこと
は難しいと思います。それは、日本の労働組合が、構造改革に乗り遅れているからだ
といえましょう。
日本経済の構造がこの15年の間に経済のグローバル化と規制緩和で大きく変化
し、その結果として世界的な競争にさらされた企業は、バブル崩壊以降債務、設備投
資、雇用の三過剰の解消に向けて努力し、経営改革をしてきました。しかしながら、
日本の労働組合は、この環境変化に対応しきれずに、相変わらず高度経済成長期にお
ける賃金獲得という春闘中心の活動に終始しています。
この間に、雇用環境も大きく変化しています。これまで家族的な労使関係を決定付
けてきた終身雇用、年功序列という制度が崩れつつあり、今や解雇や出向・転籍、中
高年従業員の給与カットなどのリストラが広く行なわれる一方で、成果主義に基づく
報酬制、年俸制などの給与体系や、実力主義採用や組織のフラット化による人事制度
など変化が起きています。また、転職が当たり前になって途中入社の正規社員が増え
る一方で、アルバイトやパート、契約社員や派遣社員など非正規社員が大きなシェア
を占めるまでになり、雇用形態も大きく変化してきています。
こういった実情から、終身雇用や年功序列を前提とした労使関係に基づく正規社員
を対象とした労働組合は、時代に取り残されてしまっているといえましょう。その証
拠に、労働組合に所属している労働者の比率(組合組織率)は、既に20%を切って
います。したがって、労働組合はそれほどの影響力を持っていないのが現実です。そ
れは、組合員のために働くべき労働組合および組合幹部が組合員の期待に答えられな
くなってしまったことに起因しています。
つまり、労働組合は、経営者と馴れ合いの交渉を行い、組合幹部が経営陣を接待し
て自ら経営陣に迎えられるなど、経営陣の言うとおりに動き、労働者の主張を抑える
立場にたって御用組合化し、労働貴族といわれる組合幹部の既得権益化を目の当たり
にして、労働者にとって存在意義を見い出せず、むしろ組合費を拠出させる搾取的な
存在になってしまったからだといえます。そして、バブル崩壊以降の不況期において
リストラが実施されるなかで、労働組合は、会社の存続のために、リストラを受け
入れ、労働者の説得に奔走したことで、労働者の大いなる失望を招いたことから、さ
らに労働組合に対する信頼は消えてしまい、現在に至っています。
それでも、バブル期までは、賃金獲得の春闘の存在意義はありました。先に書いた
ように終身雇用や年功序列の雇用体系のもと、規制で守られていた産業であるがため
に、企業別、産業別組合であるといっても、一致団結して、産業の枠を超え、地域や
企業規模に関係なく、全国一律に交渉し、そのためにストライキをも辞さない覚悟で
対応していたことで、それなりに労働者にとっても意義はあったといえましょう。
しかし、時代が大きく変わり、雇用形態が多様化する一方、国際的な競争で企業間
格差が大きく開いて、地域や企業などの実情はもはや一律同じではなくなってきてい
ます。まして、今回の春闘で、大企業といえども、満額回答をした企業もあれば保留
した企業や一部減額した企業など、対応がまちまちです。このような結果を見てみる
と、企業の実情が異なるなかにあっても、賃金獲得の春闘を中心に統一的な横並びの
運動を行なう労働組合は、もはや時代にそぐわなくなっているといえましょう。
したがって、今後の労働組合が過去のような影響力は取り戻せないものの存在意義
を見い出すには、もはや賃金アップだけに拘るだけでなく、労働環境の改善や労働者
の権利の確保につなげていくことが必要だといえましょう。つまり、無差別な解雇の
阻止、休日の確保や労働時間の遵守、など労働条件の改善を前面に立てるような運動
を行なうべきです。
そして、パートやアルバイト、契約社員、派遣社員など非正規社員といえども労働
者です。これまで正規社員と非正規社員との間に待遇や給与面での格差が広がってい
ます。こうした点から、労働組合は、優遇的な立場にある正規社員のためだけでなく、
非正規社員のためにも、正規社員と同等の権利を認めさせるような運動を行なうこと
も必要ではないかと思います。
経済評論家:津田栄
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■ 岡本慎一 :生命保険会社勤務
日本の労働組合は縮小傾向にあります。厚生労働省によると労働組合員数は平成6
年は1270万人でしたが、平成17年では1014万人と10年で200万人も減
少しました。また、労働組合員数を雇用者数で割った推定組織率は、昭和45年の3
g5.4%から平成17年には18.7%へと半減しました。
雇用形態の構造変化が労働組合縮小の一因となっています。例えば、パートタイム
労働者は全労働者の約3割に達するほど増加していますが、その推定組織率は3.3
%に過ぎません。企業によっては非正社員の数が正規社員を上回るケースも出てきて
おり、そうした企業の労働組合は、労働者の声を代弁しているとは言い難い状況にな
っています。
日本では企業別の労働組合が、主に春闘という形で賃金交渉の役割を担ってきまし
た。しかし、日本経済が成熟し右肩上がりの業績拡大が見込めなくなり、働き方や価
値観が多様化する中で、伝統的な労働組合を組織化するメリットが小さくなってきて
います。
こうした動きは私たちに新たに所得格差という課題を提起します。「OECD諸国
について賃金格差と組合の影響力の関係を見ると、組合の影響力が強い国ほど、賃金
格差が小さく、組合の影響力が弱い国ほど、賃金格差が大きくなっており、組合の影
響力の違いが、各国の賃金格差の違いの一因となっている」(内閣府、「平成8年度
世界経済白書」そうです。労働組合の弱体化は、非正規社員と正規社員間の所得格差
に影響を与える可能性があるのです。
以前、JMMでも書かせていただきましたが、私は単なる「偶然」によって発生す
る格差は政治的に是正すべきだと考えます。先日就職活動をしている大学生と話をす
る機会がありましたが、彼は「僕たちは2、3年前の先輩に比べれば『ラッキー』で
す。」といっていました。景気がどん底の時に就職活動期を迎え、期せずして非正規
労働者となってしまった若者の多くは労働組合にも参加できず、賃金交渉や雇用環境
についての社会的発言力を失っています。
労働組合は団結しないと声が大きくなりません。しかし、雇用形態や労働に対する
価値観は多様化し、団結は容易ではなくなっています。逆説的ではありますが、労働
組合の力が弱体化しつつあるからこそ、労働者の声を、特に非正規労働者の声を吸い
上げる仕組みの必要性は大きくなってくると思います。
生命保険会社勤務:岡本慎一
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■ 三ツ谷誠 :三菱UFJ証券 IRコンサルティング室長
「平滑面を波立たせるもの」
何かを考えようとする時に、基軸になるものを持つことはとても重要なことだと思
いますが、歴史認識というものはその中でも極めて重要な位置を占めるものだと考え
ています。勿論、我々の存在自体に何の意味もないと考える立場も存在する訳で、そ
の立場に立てば「歴史の中での自分の役割」を考えるスタンスなどナンセンスそのも
のということになるでしょう。百年経てば誰も君のことなど覚えていない、というの
は村上春樹の処女作にあったセンテンスだったと思いますが、そのような意味での虚
無的な認識を我々の世代の多くが共有しているのもまた事実であり、私自身もいつも
何処かで「よせ、よせ、熱くなるなよ」という自分自身の声を職場であれ、家庭であ
れ、出張の飛行機の中、新幹線の中で聴いています。
しかし、信仰というものとは違うとしても、少なくとも我々の存在が何か意味を持
つのだと何処かで感じたい、そうありたいと願うのであれば、やはり歴史認識という
ものは重要であり、その認識に従って自分の行動を律する強さが必要ではないかと感
じてもいます。
と言う意味では(どういう意味だよ!)私は我々の生きるこの時代を貫くテーマ
は、西欧近代の論理を体現する株式会社という自律性を持った組織と、実際には株式
会社とは違い合目的性そのものの存在ではない(矛盾を抱えながら存在する)我々生
身の人間(市民)とが、どのような形で「共生」をしていくか、というものだと認識
しており、資本蓄積の進展に伴い、その対峙する「場」の位相が起きているように感
じています。
最初の段階では株式会社に激しく対峙したのは労働者でした。アメリカの19世紀
後半から20世紀初頭の歴史を紐解けば、労働組合というものが、何よりも株式会社
の牽制組織として機能していたことが理解できるでしょう。勿論、欧州ではマルキシ
ズムの直接的な影響の中でより政治闘争・権力闘争のための組織(ああ、懐かしの階
級闘争!)として当時、労働組合は存在していた訳ですが、アメリカの場合は、過激
な政治闘争に走った労働騎士団やIWW(世界産業労働者組合)が勢力を失い、より
現実的な経済闘争に焦点を置いた(つまりは株式会社との共生を志向した)サミュエ
ル・ゴンパースのAFL(アメリカ労働総同盟)が揺るぎなき勢力を築くようになり
ます。
ゴンパースの次のような言葉が彼の志向した方向を雄弁に物語っています。
「どのような制度が賃金制度にとって代わるようになるかについて、私には述べる用
意がない。われわれは賃金制度の下で生活しているのであり、この制度が続く限り、
労働者にとって絶えず増大する分け前を確保することがわれわれの目的である。」
(『フロンティアと摩天楼』野村達朗:講談社新書p.129)
春闘という「制度」は、このような背景の中で誕生しました。
しかしやがて資本蓄積が更に進み、労働者が同時に消費者の貌で株式会社と対峙す
る時代になると、今度は消費者運動(コンシュマーリズム)が株式会社を牽制するフ
ロントになっていきます。
1960年代、ラルフ・ネーダーをその象徴的人物として、消費者運動は株式会社
を牽制し、株式会社を「より安い価格で、より消費者の望む商品・サービスを、より
安全に、かつ自然環境にも優しい生産方法で」人々に還元させる機構に変貌させてい
きました。
最初は労働者として歴史の表舞台に登場した大衆は、やがては消費者として逆に株
式会社を統治する存在に変わっていったのです。
そして、21世紀を迎えた現在、大衆は今度は投資家として、つまりは株主=資本
そのものとして、株式会社と対峙しはじめています。うまく表現できませんが、どき
どきするような対峙の「場」、海面が波立つように、ある潜在的な力が表象され、一
気にその力が発現される場所、例えば蜷川演劇のクライマックスで、スポットライト
が大竹しのぶ一人にあたり、その科白だけがその劇の全てを支配し、劇場の全ての存
在を集約するようなその「場」。或いは切断面、フロント。まあ、なんだか分かりま
せんが、要するに、その「場」が春闘にではなく、例えば株主総会に位相している、
或いは株式市場に位相している、そんな感覚を私は持っています。
勿論、そうは言っても大衆はやはり同時に労働者であり、消費者でもあるので、常
に対峙する「場」は揺らぐ訳ですし、その微妙な力の平面を観察し、さざなみのごく
ごく初期の波動を感知して触媒になり、平滑面に屹立する大きな波頭を演出できる司
祭者が、全く誰も想像していない場所から現れる可能性があるでしょう。
或る意味で、それがナポレオンであり、ヒトラーであり、サミュエル・ゴンパース
であり、ビル・ゲイツであり、もっともっと小さな様々な資本主義的世界の王国の王
なのだと思います。
だから、逆に、新しい切り口で、労働者という大衆の共通の貌を、さざなみを束
ね、運動に変えられる才能を持つ司祭者が出現すれば、労働から多くの人間が切り離
されない以上、労働運動には潤沢な未来が待っていると私は思うのです。その意味で
は、手垢の付いた理解を離れ、マルクスを読み直して、新しい言葉、新しい解釈で神
託を語れる人間が必要ではないか、と思います。
三菱UFJ証券 IRコンサルティング室長:三ツ谷誠
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■ 金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
企業が計上する人件費については、人件費が計上される財務会計上の項目によっ
て、「売上原価」に計上される人件費と「販売費・一般管理費」に計上される人件費
の2つに分かれています。その中で、製造業の生産現場で働く工場労働者の人件費な
どは「売上原価」に計上され、将来企業の経営幹部となっていく営業・管理部門の社
員などの人件費とは別扱いとなっています。
こうした生産労働者の賃金については、財務管理上は通常、固定費として認識され
ます。ただし、製造業における合理化の一環として、契約社員やパートタイムなどの
一時雇用者の採用を増やすことで、生産労働者の人件費の変動費化に取り組まれてき
た側面もあります。
従って、正社員などの常用雇用者と一時雇用者では、賃金の決定原理も異なること
になります。まず、一時雇用者は基本的に労働需給によって賃金が決定されますの
で、不況時には雇用を失うリスクを負う一方、好況時には契約賃金の水準が上昇する
恩恵を受けることもあります。
この一時雇用者の拡大については、賃金水準の引き下げ圧力と見る向きが一般化し
ていますが、かつての日米経済摩擦あるいは円高不況以前の好況期の自動車産業で
は、季節工の賃金水準が正社員労働者の賃金水準を恒常的に大きく上回っていまし
た。最近の雇用情勢の改善の中で、製造業を中心に正社員の採用など常用雇用の拡大
に転じている背景として、このような事実も指摘されます。
これに対して、正社員として働く生産労働者にとって、たとえ好況期であっても、
企業利益からの配分(ボーナス・一時金)を求める場合でも、労働条件の改善(ベー
スアップ)を求める場合でも、自ら交渉によって要求し、それらを獲得する必要があ
ります。
その要求過程では、労働組合を通じた団体交渉が必要であり、それ以外に個々の労
働者にとって有効な交渉戦術はあまりありません。これは、今後の労働組合が影響力
を取り戻せるのかどうか、あるいは産業の国際競争力の観点から生産労働者の賃上げ
の余地があるのかどうか、といったこととは無関係に、労働組合として権利主張を続
けていかざるを得ない事実を示しています。
ところで、正社員などの常用雇用者と一時雇用者の間では、利害の対立が存在する
ことは事実であり、正社員などの常用雇用者の利害を代表する従来の労働組合も、一
時雇用者の権利保護などの問題に対しては冷淡でした。この点に関しては、労働組合
は根本的に戦略的な対応を誤ってきます。ここでは、むしろ積極的に一時雇用者の労
働条件改善や安定的雇用確保に関与することで、雇用者にとっての一時雇用のコスト
引き上げを図ることが、労働組合にとっても戦略的に正しい対応といえます。
残念ながら、こうした点を見ても、日本の労働組合の指導力には限界もあり、その
求められる役割の一方で、今後の労働組合が影響力を示す場面は少ないと言えるでし
ょう。もちろん、先進国における製造業の生産部門の国際競争力というより大きな枠
組みの問題への回答次第であることは言うまでもありません。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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■■編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:702への回答ありがとうございました。箱根から戻ってきました。娑婆に戻
ってきたという感じです。昼間は日本対韓国の野球をボーッとして見ていました。日
本は勝ちましたが、紙一重の勝負だったと思います。上原投手の集中力が7回までに
一瞬でも切れていたら負けていたでしょう。韓国チームの内外野の守備は見事なもの
でした。日韓が野球で競い合うのはすがすがしいものがありました。これを機に、日
中韓台のチャンピオンシップを争う、サッカーの欧州チャンピオンズリーグのような
交流試合が行われるようになるといいのではと思いました。
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Q:703
来年から「団塊の世代」の大量退職が始まります。700万人に上ると言われる大
量のリタイアは日本経済にどのような影響を与えるのでしょうか。
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村上龍
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JMM [Japan Mail Media] No.367 Monday Edition
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独自配信:104,755部
まぐまぐ: 15,221部
melma! : 8,677部
発行部数:128,653部(05年8月1日現在)
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【WEB】 http://ryumurakami.jmm.co.jp/
ご投稿・ご意見は上記JMMサイトの投稿フォームよりお送り下さい。
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