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□ホリエモンを育てた国/安藤茂彌 [日経]
http://www.nikkei.co.jp/tento/trend/20060201m4921000_01.html
(1/31)ホリエモンを育てた国(安藤茂彌氏)
ライブドアの堀江社長の逮捕が連日ニュースを賑わしている。時代をリードする若手経営者として賛辞を惜しまなかったマス・メディアも、今は掌を返したように犯罪人として報道している。時代の寵児から犯罪人までの道のりは意外に短かった。
2001−02年にアメリカで起きた大型粉飾決算事件の立役者も、同じ道のりを辿った。エンロンの創立者でCEO(最高経営責任者)のケネス・レイや、ワールドコムのベルナード・エバーズも、時代を先取りする積極的な経営者として、事件発生までは、多くの賛辞を浴びていた。
エンロンは、電力・天然ガス・石油の先物取引で新分野を切り開き、90年代に急成長を遂げた。2000年には全米売上第7位の大企業になっていた。売上・利益ともに好調に見えた会社も実態は大赤字であった。先物取引の自己売買で失敗した取引を3000社もの非連結子会社を作って隠蔽する会計操作を長年続けてきた。こうした実態を社員が暴露して、空前の粉飾事件となった。
ワールドコムは、60社もの企業を買収して急成長した通信事業会社であった。2000年にはAT&Tに次いで業界第2位の長距離通信会社であった。売上・利益ともに順調に増加し株価も高かったが、その裏で、ほかの通信会社に支払った接続料を自己資本に組み入れる極めて変則な会計処理を続けてきた。エバーズは自社の時価総額を膨らますことを目的にした株価至上主義を標榜し、それを武器に次々と企業を買収し続けた。
ライブドア、エンロン、ワールドコムは良く似ている。「株価至上主義」「買収による成長戦略」「高株価維持のための粉飾決算」「非連結会社(ライブドアの投資事業組合に該当)を使った損失隠蔽」等である。ただ、いくつかの点でライブドア事件は米企業2社と異なっている。
ライブドア株主の圧倒的多数は個人投資家だという。ライブドアの高い株価はこうした個人投資家が支えていた。米国の2社ではそれほどの偏りはなかった。ライブドアの株価は一時、「一株あたり利益」の130倍で取引された。PER(株価収益率)130倍はアメリカでは考えられない高さである。アメリカの個人投資家はPERが20倍を超えたら、よほどの確信がない限り買い進まない。
ライブドア株式を買った個人投資家は、同社の価値を深く考えたことがあったのだろうか。主たる事業である同社のポータルサイトを見ると、ヤフーのサイトとそっくりである。ヤフーの物まねで独自の価値が出てくるとは考えられない。アクセス数から見ても業界第4位で、大企業から多額の広告収入を得るには力不足であった。
同社の買収資産を見ても、会計ソフト「弥生」への投資以外に、価値ある投資とみなせるものは少ない。少なくともそれぞれの業界で一番手、二番手に位置する企業は皆無である。ちょっと勉強すれば、株価のあまりの高さに疑問が湧くはずである。マスコミ的な知名度だけで買う個人投資家の知性の低さが、ホリエモンの大活躍を生んだのである。
個人投資家の中でもどういった層が投資していたのか。正確なことはわからないが、たぶん家庭の主婦が相当数含まれるのではないだろうか。オンライン証券取引が安い手数料でできるようになって、ネット上で手軽に株を買えるようになった。家に居る時間の長い主婦が、家事の合間にできる格好の遊び道具である。
銀行に預金してもすずめの涙ほどの利息しかつかない昨今では、給料が少なく忙しい夫を支える妻の“内助の功”という大義名分も成り立つ。日本滞在中にテレビを見ていたら、ネットでの株式投資に熱心な主婦の例がいくつも紹介されていた。アメリカでは主婦投資家の活躍を耳にしたことはない。
それにしても、ライブドアの会計監査法人は、なぜ粉飾決算を見抜けなかったのか。同社を監査していたのは、顧客が7社しかない“港陽監査法人”という中小監査法人である。ここでライブドアの決算を監査した会計士が、同法人を退職後、ライブドアにコンサルティング業務を提供する会社の社長に就任している。この会社の前任社長は、今回逮捕されたライブドアの宮内取締役であったという。癒着があった可能性が高い。
こうした状況もエンロン・ワールドコムと似ている。両社の会計監査を担当したのは、アーサー・アンダーセン会計事務所であった。同事務所とグループのコンサルタント会社アンダーセン・コンサルティングは同時にエンロンを顧客としていた。両社ともにエンロンから大きな収益を上げていたので、粉飾を摘発して顧客を失うことを恐れ、徹底した監査ができなかったという。
この事件を機に同会計士事務所は解散させられ、アンダーセン・コンサルティングはアクセンチュアに名前を変えた。この事件以降、すべての会計事務所は、グループ内の会計監査法人とコンサルティング会社を完全分離し、同一顧客に両方の業務を同時に提供することを禁止する法改正がなされた。日本でも米国に倣って2004年にこのルールが取り入れられている。
アメリカでは、経済犯罪に対する刑罰が近年厳しくなっている。ワールドコムのエバーズは25年の禁固刑を言い渡されている。現在63歳なので余生は刑務所で送ることになる。エンロンのレイにはまだ処罰が下っていないが、相当の重罰になると予想されている。これに対し、日本の証券取引法の違反罰則は過料と最高5年の懲役である。
刑罰の厳しさも足りなければ、粉飾事件を摘発する機能も弱いように感じる。アメリカではまずSEC(証券取引委員会)が踏み込み調査をする。今回の事件は、検察庁がいきなり査察を始めている。証券等監視委員会という専門機関がありながら、本来の機能を果たしていないと考えられる。
最後に、小泉首相にも登場していただこう。昨年のホリエモンの自民党推薦による衆議院選挙への出馬は、一人でも多くの観客を動員したい“芸能”若手経営者と“芸能界”首相が演じた“茶番劇”であった。ホリエモンが当選して、今の事態になっていたら国会は大混乱に陥っていたに違いない。ブッシュ大統領は共和党を支持する財界人によって支えられているが、表向きは財界人とは一線を画している。
2001−02年に引き起こされた粉飾スキャンダルは、米国経済界に大きな反省を求めた。2002年にはサーベンス・オクスリー法が誕生し、上場企業のCEO(最高経営責任)とCFO(最高財務責任者)は、自社の財務諸表が"真実"であることの宣誓書をSECに提出することが義務付けられた。
違反すれば直ちに牢獄に送られる怖い法律である。もはや経営者は外部の会計監査が適正と判断してくれれば、それを“錦の御旗”にすることができなくなった。監査法人の監査とは別個に、自分の責任で社内監査をして法遵守を検証しなければならない。コーポレートガバナンスができない経営者は、簡単に投獄される時代になった。
アメリカから今回の事件を見てみると、日本全体が緊張感のない“弛緩国家”に見えてくる。コーポレートガバナンスをまったく無視したホリエモン、会社の実態を見ないで果敢に株式を買う個人投資家、不正事件を迅速に摘発できない専門機関、厳罰をもって処罰できない現行法、ちょっと取引量が増えればすぐにパンクする証券取引所。
ライブドア事件は米国から5年遅れて発生した日本版エンロン事件である。事件の詳細にアメリカ人は興味がない。手口はわかりきっているからだ。それより日本が、この事件を契機に何をするのかに注目している。また、事件関係者の中から早々と自殺者(?)が出ているが、本件にYAKUZAが絡んでいないかにも注目している。今回の事件は、日本が"資本主義先進国"になれるかどうかの試金石を提供してくれた。
◆安藤茂彌氏◆
東京大学法学部卒、三菱銀行入行、MIT経営学大学院修士、三菱銀行横浜支店長を歴任。96年に東京三菱銀行を退職、シリコンバレーに渡り、ウェブ上で米国ハイテク・ベンチャーを日本語で紹介するサービスhttp://www.ventureaccess.comを提供中。[1月31日]