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「小さな政府」は人々を幸福にしない
普通の人が普通に生きられる改革が必要だ
金子勝さんに聞く
http://www.bund.org/interview/20060205-1.htm
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かねこ・まさる
1952年生まれ。慶応大学経済学部教授。財政学、地方財政論専攻。『2050年のわたしから』、『粉飾国家』、『月光仮面の経済学 さらば無責任社会よ 増補版』『経済大転換 反デフレ反バブルの政策学』など著書多数。
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「小さな政府」「官から民へ」を掲げる小泉「改革」により日本社会の格差はかつてなく拡大した。いまや「下流社会」と呼ばれる新たな低所得者層が出現している。「小さな政府論」批判のポイントは何か、小泉改革への批判を続ける経済学者の金子勝さんに聞いた。
経済成長と財政規模は無関係
――小泉首相は「小さな政府」を実現すれば日本を改革できると言いますが、それで私たち国民は幸せになるのでしょうか。
★「小さな政府」が実現すれば国民が幸せになるなんていうのは全くの幻想です。そもそも「小さな政府」論というのは、論証不可能なイデオロギー的ドグマでしかありません。「小さな政府」論は3つぐらいのドグマからできています。
1つ目の命題は、「小さな政府」になると自由競争によって市場的な効率性が高まり経済成長する。2つ目は、「小さな政府」にして規制緩和・民営化を実施すると政官財の癒着構造がなくなる。3つ目は、「小さな政府」にすると効率が高まり国民の負担が減る。一つ一つ反論していきましょう。
まず1つ目の命題に従えば、財政規模が小さければ小さいほど経済成長率も高く、財政規模が大きければ大きいほど経済成長率が低いはずです。ところが、世界各国の経済成長率を縦軸に、財政規模を横軸にとって表にしてみると、実際は全くバラバラなのです。
例えば北欧諸国は国民の租税負担率は日本の2倍ぐらい高いのですが、この間ずっと日本よりも高い成長率を持続しています。ダボス会議という、世界の財界が集まる会議が発表している経済競争力のランキングを見ても、財政規模とは何の連関もありません。
そもそも経済成長には、いろいろな要因があるわけです。例えば北欧諸国は、教育にお金を注ぎ込むことで経済成長を実現しています。もともと北欧には「ノキア」のようなIT企業があり、最先端のソフト開発にたずさわっている人たちがたくさんいます。そうした人たちは、コンテンツをつくらなければならないわけですから、独創的な想像力が必要です。北欧諸国は独創的な想像力を培うような教育を行い、経済成長を促進させることに成功しているわけです。
日本は、石油をはじめとする資源のほとんどを海外に依存しています。石油は値上がりし枯渇説が言われる中で、代替エネルギー開発や環境産業育成の条件が整ってきています。環境問題に対してもっと関心を高めていけば、環境産業や代替エネルギーへのニーズも高まり、それだけ需要も増えていくはずなのです。ところが、日本政府は、そうした情報を意図的に隠してしまい、石油枯渇についても楽観論ばかり言っている。
高齢化も、必ずしもマイナスばかりではありません。例えば、生活習慣病やガン、脳溢血といった病気に対するゲノム創薬(ゲノム情報を活用し、医薬品を論理的・効率的に作り出すこと)へのニーズは高い。ニーズが高いということは売れるわけですから、開発すれば産業になる。環境産業・代替エネルギー・ゲノム創薬、みんな輸出できる産業です。その国の経済力や国際競争力は、小さな政府かどうかで決まるものではありません。
政官財の癒着は悪化する
2つ目の「小さな政府にすると政官財の癒着構造がなくなる」というのも全くのウソです。「官から民へ」と民営化されると、民間事業への「天下り」は議会もチェックできない。「天下り」はますますひどくなる。
例えば国鉄民営化の結果、旧国鉄官僚は何億円も退職金をもらって大邸宅に住み、財界のメンバーにまでなっています。特殊法人だったら、いくつ回っても退職金は1億円に届くか届かないかです。自宅がもてるかどうかという話で終わっていたのに、国鉄が民営化されたおかげで、旧国鉄官僚はいっぺんにバラ色ですよ。チェックなしですからね。
最近の耐震強度問題では、イーホームズや日本ERIといった民間検査会社が話題になっています。小さな政府ということで、検査会社まで民営化したわけですが、検査会社の株主が審査される側のゼネコンだったり不動産会社だったりする。おまけに検査会社は、国土交通省や自治体で建設行政をやっていた官僚の天下りも受け入れている。天下ったOBのいる先を、厳しく監査できるわけがありません。つまり、検査機関というレフェリーが買収されてしまっているわけです。「官から民へ」は、自己責任のはずが究極の無責任を生んでいるというのが実態なのです。
3つ目の「小さな政府にすると国民負担が軽くなる」という話も根拠がない。国鉄の民営化ではどうだったか。確かにJRに残った債務は減りましたが、国鉄清算事業団に入れられた債務は26兆円から27兆円に増えてしまった。旧国鉄用地の売却で最低5兆円の収入が上がる予定だったはずなのに、です。汐留や品川など一等地にあった旧国鉄用地は、大林組とかのゼネコンに安い値段で売り払われてしまった。売れそうもない土地は、自治体の土地開発公社に押しつけた。それでも旧国鉄債務は増えてしまい、結局一般会計の税金でまかなうことになってしまった。
イーホームズの件にしても、検査機関を民営化することで公務員の人員は削減できたかもしれません。しかしその結果、マンションの住民やホテルなどは何百億という被害を受けてしまった。目先の利益を追いかけて長期の利益を失ってしまったわけです。小さな政府になると国民負担が軽くなる? 少なくとも今の日本では、小さな政府政策によって国民負担はむしろ増えているのです。
国民負担はむしろ増加する
――小さな政府はダメで、やはり大きな政府が必要ということですか。
★そもそも、「大きな政府か、小さな政府か」という二分法に議論を閉じこめてしまうのが問題なのです。規制緩和を行えば、不正や違法行為に対する監視やモニターのコストは増加します。不良債権問題の時もそうでした。金融庁は当初、250人体制で銀行の不良債権を監督しようとしましたが、実際は銀行の誤魔化しを追認しているだけでした。これではダメだとプロを雇い入れていった。米国では2000人体制でやっていたわけですから、そもそも無理だったんですね。
建設行政マンにしても、人口当たりでみると米国は日本の4〜5倍います。規制緩和によって自由が増えれば、ルール違反・法律違反や誤魔化しも増えるからです。政府が監視しなければならない領域がどんどん増えていく。「大きな政府」になる以外ないわけです。
規制緩和の結果、耐震偽装とかBSEとか、日本の建物も食べ物もみんな危なくなっています。目先のコスト軽減を求めて規制緩和や民営化をやると、結局、将来に大きなツケを残すことになる。不良債権を放置した結果、いまだに経済の低迷が続いています。BSEは病気が発病するのは10〜20年後です。アスベストの被害が明らかになるのは30年後じゃないですか。耐震強度なんて地震がなければ死ぬまでわからない。
市場をどんどん開放し、規制緩和・民営化をすればするほど、監視やモニターのコストはどんどん増大する。小さな政府に「しっかり監督しろ」といっても、それは無理なのです。きちんと監視・モニターするためには、自由に活動できる範囲をある程度規制するしかない。こうした当たり前のことが今の日本では忘れ去られてしまっている。
今の日本経済はデフレが続いています。その日本で新自由主義政策をやるなんていうのが、そもそも時代錯誤なのです。サッチャーの小さな政府論は、2つのオイル・ショックのあとの激しいインフレ期に打ち出されたものでした。サッチャーが政権についた時、英国の消費者物価上昇率は18%にまで上昇していました。それをサッチャーは3年ぐらいの間に3%に下げた。
規制緩和や民営化を実施して市場競争を激化させれば、失業や非正規雇用などの不安定な就業層が増える。そうなれば当然、消費は落ち込み物価は下落します。つまり「小さな政府」政策というのは、物価を下げる政策=インフレ抑制政策なのです。今の日本ではデフレ状況が続いています。デフレの時期に「小さな政府」政策をやる必然性がどこにあるのか。小泉は、そうした不思議なことをやっている。景気が良くなるわけがない。
サッチャーの「小さな政府」政策の結果、英国では失業者が街にあふれ、モラルの低下や治安悪化が社会的大問題になった。だからサッチャーは今もって全く人気がないのです。ブレアはイラク戦争やったりして批判が高まっているのに、それでも労働党政権がもっているのは、サッチャー時代があまりにもひどかったからです。
そんなサッチャーも、一つだけいいことをしました。国有企業の株を売った収益で財政赤字を解消したことです。ところが小泉はどうですか。道路公団の民営化なんて、赤字を誤魔化しただけです。
本州四国連絡橋公団と阪神高速道路公団は、巨額の不良債権を抱え、事実上つぶれていました。ところがそれを大きな道路公団にくっつけた上に、道路公団の資産を再調達原価で評価し直すというデタラメをやった。再調達原価というのは、帳簿に残っている昔の低い価格ではなくて、「今建設したらいくらになるか」で道路や橋を資産評価するというものです。こうした操作によって、売れもしない道路や橋が資産に化け、道路公団の40兆円を超える負債が超過債務ではないことになった。完全な誤魔化しですね。
サッチャーは少なくとも財政赤字を解消したけれど、道路公団の赤字はぜんぜん解消されていません。しかも笑わせることに、「50年後に高速道路の料金がただになる」なんて言っている。50年後、この政策を決めた担当者は誰も生きていないでしょう。いったい誰が責任をとるのか。こんな無責任な政策を平気でやっておきながら自己責任なんていっているのが小泉・自民党なわけです。
郵政公営は世界の常識
――郵政民営化についてはどうですか。
★郵政民営化についても国民はだまされてる。郵政事業が民営化されているのは世界でたった一国、ドイツだけです。「小さな政府」のモデルみたいに言われている米国にしても、郵便貯金は民営化されていますが、郵便事業は国営です。郵政事業を公的に運営するというのは世界の常識なのです。ところが日本の新聞もテレビも、そうした事実をぜんぜん報道しない。「郵政民営化が世界の常識」といった非常識な報道を続けています。
日本の郵政制度の何が問題なのかというと、郵貯・簡保が350兆もの巨額に膨れあがってしまっていることです。自民党政権が国債引き受けや財政投融資資金を確保するために、郵貯・簡保を肥大化させる政策をとったからです。これを元に戻しさえすればよかったのですがね。
郵政民営化によって郵政公社は、分社化された株式会社に変わることになりました。ところが、郵貯と簡保で150兆円もの国債を引き受ける体制は、民営化しても続けることになった。民営化されれば「天下り」も仕放題です。郵政改革というのは、郵貯・簡保で国債を買ったり、特殊法人に大量の資金が流れるのをやめさせるために必要だと言われていたわけですよね。でも結局、民営化されても郵貯は肥大化したまま、国債や特殊法人に資金も流れ続けるわけです。
4つに分社化するというけれど、分社化された郵政ネットワークは採算がとれなくなるのは分かり切っています。ハガキや切手を売ったりする郵便事業だけで、田舎の郵便局が食べていけるわけがないでしょう。田舎の郵便局は、零細貯金や年金支払いとかの手数料業務で補ってはじめて採算がとれる。零細な貯金制度と国営の郵便局はセットなのです。これが世界の郵政事業の本当の常識なのです。
ところが小泉は、採算がとれないから2兆円の資金を用意するという。採算がとれないから郵便局をコンビニ化し、クロネコヤマトなどの民間宅配業者の領域をどんどん奪っていくような事業に乗り出そうとしています。でもそれって「民業圧迫」なんじゃないの? 巨大な郵貯・簡保が民業を圧迫しているから郵政民営化が必要だと言っていたのに、民営化された郵便会社が民業を圧迫する。これっていったい何なのか。
郵便局員を削れば財政赤字を削れるなんていうのもウソです。郵政公社は独立採算で、今は税金は投入されていません。公務員削減で財政赤字を削減するというのなら、自衛隊員を半分にしたほうがずっと有効でしょうね。
小泉は世界一の借金王
――今後日本は、どのような政策をとるべきだと思いますか。
★「官か民か」というのは、単なる手段の問題にすぎません。官がやった方がいい場合もあれば、民がやった方がいい場合もある。問題なのは「改革の目的は何か」です。
米国に渡って臓器移植を受ける人が増えていることから、日本の医療は米国と比べて劣っている、もっと規制緩和すべきだなどという人がいます。でもそれは全く違う。生体肝移植に関しては日本の医療技術は世界一です。しかし臓器移植は、脳死問題という非常に微妙な問題とくっついています。米国のように、なるたけ新鮮な臓器を手に入れるために脳死をすすめるようなことが果たしていいことなのか。臓器販売の問題もあります。
医療先進国であるはずの米国には、健康保険に加盟していない貧困層が4000万人もいます。米国には国民皆保険制度がないため、一般の人は民間保険に加入していますが、マネージドケアといって保険会社ごとに保険制度がバラバラなため、それを処理するための病院の事務コストが異様に高くなってる。そうした無駄な経費のために米国の医療費はどんどん上がっています。民営化すれば効率化するわけではないのです。
いま日本社会では、少子高齢化が極端に進行し、人口減少が始まっています。フリーター同士は結婚もできないし子供も生めない社会になってしまった。さらにこれから「団塊の世代」が大量に退職します。この人たちは年功序列賃金の恩恵をある程度受けたまま、それをベースに年金をもらう。ところが年金を支払う側の若年層の多くは非正規雇用です。こんな社会がもつわけがない。
今や日本の財政赤字は800兆円、GDPの約1・6倍にまで膨らんでいます。財政赤字の規模は、すでに第二次大戦中と同水準に達しています。小泉は小さな政府なんて言っていますが、実は世界一の借金王なのです。小泉が政権につく前の2001年3月時点で、国の財政赤字は短期の借入金をあわせると約540兆円でした。それが昨年の6月段階で800兆円にまで増大してしまった。小泉は、実に250〜260兆も借金を増やしてしまったわけです。その額は日本のGDPの0・5倍、どこが小さな政府なのか。
こんな巨額の財政赤字は、もはや返済不可能です。過去、一国がこれだけの水準の借金を返せたことは、革命か戦争かハイパーインフレ以外ありません。今や日本という国は、持続可能性を喪失しつつあります。環境問題だけでなく、社会の仕組みももたなくなっている。それをどう立て直すのか。立て直せる手段だったら官でも民でもいいのです。
このまま市場原理主義でやっていけば、格差はどんどん広がっていくばかりです。真面目に働いてる庶民の税金はどんどん高くなっていくのに、株で100億200億儲けても税金は10%の源泉徴収だけです。これでは真面目に働くのが馬鹿らしくなってしまう。市場原理主義は日本社会の勤労モラルまで破壊してしまっている。フリーターはますます増え、出生率はますます落ちていくでしょう。日本社会はどんどん駄目な方向に向かっています。
まず何よりも日本社会を、普通の人が安心して生きていける持続可能な状態に戻すことです。「大きな政府か、小さな政府か」ではなく、透明な制度やルールをみんなが共有することで、より多様な生き方ができるような社会にしていくことです。
具体的には、年金を一元化する。税源を地方に移譲して地方自治的に努力できる仕組みに作り替える。何よりも雇用を安定させる。非正規雇用であっても、社会保障や福祉が平等に受けられるようにする。今のような市町村ごとの健康保険を続けていれば、山の中の町村から健康保険も潰れていってしまう。持続可能な健康保険制度に変える必要があります。無茶な理想を掲げるよりも、とりあえず人々が普通の状態で普通に生きていけるようにしようではないですか。
「小さな政府」論というのは、論証不可能な宗教カルトの教義みたいなものです。イデオロギー的ドグマと呪文の繰り返しで、多くの国民が小泉の「小さな政府教」による集団催眠にかかってしまっている(笑)。「いい加減みんな目を覚まそう。『小さな政府教』には気をつけよう」、これが僕の言いたいことです。
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(2006年2月5日発行 『SENKI』 1202号4面から)
http://www.bund.org/interview/20060205-1.htm