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自由貿易主義への逆風
ベルナール・カセン(Bernard Cassen)
ル・モンド・ディプロマティーク編集部
訳・三浦礼恒
http://www.diplo.jp/articles05/0512-2.html
ポンチョとソンブレロを身につけたラテンアメリカの農民が、うずくまって意気消沈している。背にしている巨大な地球が、転がってきて彼を押しつぶそうとしているのか、逆に背もたれになっているのかは分からない。イギリスの超自由主義的な週刊誌、エコノミストのカバーストーリーを最近こんなイラストが飾った(1)。この記事は「グローバリゼーションによる疲弊」と題されていた。もう数日後であれば、もっと人目を引く見出しが付けられたところだろう。除草剤を服用して自殺した韓国の農民、チョン・ヨンプムの死を取り上げて、「グローバリゼーションによる死」と銘打てばよい。彼の自殺は、半島の小農民をじり貧に追い込んでいる農産物市場の自由化に対する抗議だった。自由貿易への熱意にかけては世界貿易機関(WTO)に負けず劣らずの地域機構、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が11月18、19の両日に釜山で開かれる数日前の出来事である。この不幸な農民は、近郊の小村の村長だった。
よくできた見出し、つまり重要な瞬間がたった数語に凝縮された見出しは、時に言葉以上のことを告げてくれる。チョンの死を報じたある記事の見出し「自由主義に韓国農民の怒りが爆発、APECは動じず(2)」が目を引くのもそういうことだ。予想の通りと言えなくはない。エコノミスト誌のくだんの論説のサブタイトルは、大衆のことなど眼中にないという態度で釜山に集った各国の首脳たちに、いわば前もって道徳的な弁明を与えていた。メインタイトル「グローバリゼーションによる疲弊」の主であるアンデスの農民は、完全に誤っている。つまり、サブタイトル「貿易自由化その他の形での開放が、これまでになく必要になっている」ことを理解していないからだ。
ここには香港でのWTO閣僚会議を目前に控えた現在の状況が要約されている。大衆は自由貿易を中心教義とした新自由主義に対して異議、さらには拒絶を表明する。政治指導者たちはそれに背を向けて仲間内で駆け引きする。国際金融機関の代表や多国籍企業の経営者(3)、大手メディアは「ますます」の自由化をけしかける。彼らの共通の合い言葉は、香港で「ドーハ・ラウンドを守りぬく」であるが、様々な利害の矛盾、特に農業問題を考えると障害が山積みだ。
2005年12月が合意期限だと騒ぎ立てるのは単なる戦術だけからではない。2001年に開かれたWTOドーハ会議に始まる全方位的な貿易交渉ラウンドは、絶対に2006年12月までに妥結しなければならない。というのは、かの有名な「ファストトラック」権限、つまり交渉済みの貿易協定を議会が採決するだけで修正できないようにする政府の交渉権限が、現在アメリカ議会からブッシュ大統領に与えられているのだが、それが2007年6月に切れるからだ。香港での合意なしに、彼がこの白紙委任状を更新できるかは何とも言えない。もし香港で落とし所が定まった場合、協定の形を整えるための期間として、2006年の12カ月間はありあまるほど長くはない。
形勢は自由貿易の礼賛者たちにとって有利とは言いがたい。彼らはごく最近、11月4〜5日にアルゼンチンのマル・デル・プラタで開催された第4回米州サミットで見事に失敗した。アメリカはWTOや、それ以上に米州自由貿易地域(スペイン語・ポルトガル語ではALCA)で画策している自由化の問題に関し、自国の見解を押し通すことができなかった。このサミット史上で初めての事態である。メルコスル諸国(アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ)の首脳に支持されたベネズエラのチャベス大統領の断固たる姿勢に直面したブッシュ大統領は、チャベス大統領が「もはや崩れ去った」というALCA交渉の再開期日を設定することもできなかった。
ラテンアメリカ大陸のあらゆる社会運動が反対闘争を繰り広げるALCA構想は、カナダ、アメリカ、メキシコ間で締結され、メキシコの農民に大損害を与えている北米自由貿易協定(NAFTA)を西半球全体に押し広げようとするものだ。ワシントンが力関係の働く二者間交渉によって、多国間の枠組みで得られなかった成果を獲得しようとして、二国間協定を重ねているのは事実である。しかし、ベネズエラの年内加盟が見込まれるメルコスル諸国(4)が示している結束は、今やアメリカが考慮せざるを得ない要素となっている。
この10月の第33回ユネスコ総会で、文化的表現の多様性の保護と促進に関する条約が採択されたことも、アメリカの敗北であり(反対票を投じたのはイスラエルのみ)、自由貿易主義の敗北であった(5)。これまでは文化分野の国際的な取引についてもWTOが唯一の規制機関(実際には規制緩和機関)となっていたが、この条約によってユネスコとの共同管理体制が確立されることになる。まだ決定的であるとは言えないが(ワシントンは立場の弱い国々に批准を思いとどまらせるための妨害工作を試みるだろうし、WTOのルールと条約のルールが相容れない場合の解決策はまったく考えられていない)、香港WTO会議が実施をめざす唯一の「規律」、すなわち商品貿易ルールの全面適用を公式に免れる分野が出現したということだ。
北半球に広がる不安感
自由貿易の危機を証拠だてるのは、ユネスコ条約への賛成を政府に促すために文化人が連携して運動を行ったことだけではない。ヨーロッパその他の国々では、サービス貿易に関する一般協定(GATS)に地方公共団体が反対する動きが起こっている。GATS「域外」もしくは「反対」を象徴的に宣言し、WTO交渉の一時停止を求める地方が増えてきている。
この動きはEUの中では、オーストリア、ベルギー、スペイン、フランス、イギリス、イタリア、そして最近では(小規模ながら)ドイツに広がっている。この10月22日と23日には各国の地方公共団体がリエージュでヨーロッパ会議を開催し、マンデルソン欧州委員(通商担当)の交渉権限の変更や、非常に重要なサービス分野のWTO交渉からの除外などを求める決議を採択した(6)。スイスとカナダでも同様の動きが広がった。モントリオール、ウイーン、パリ、トリノなどの大都市はGATS反対を宣言した。ジュネーヴのWTO本部が「WTO域外」宣言地域に位置しているというのは、なんとも痛烈な皮肉である。
それほど知られていないが、アメリカでは住民に押された州や市の間で、企業の海外移転に反対し、地元企業を優遇するという決定が増えている。仮にEUの中で同様の動きが起きても欧州委員会が認めようとしないのは明らかだ。
2003年1月から2005年6月の間に、連邦を構成する50州のうち46州の議会で事業移転反対法案が少なくとも審議にかけられた。それらの法案には、コールセンターの立地の公表、事業移転を事前に州に通知することの義務付け、国外へのデータ移送に関する法的規制、公的支援の廃止といった内容が盛り込まれている(7)。
公共事業については地元あるいは国内の企業を優遇するという規定を設ける州も増えてきている。メリーランドやコロラドなど一部の州ではさらに踏み込んで、連邦政府が調印した国際貿易協定(NAFTAやWTO)に関して州の上下両院に承認を求めることを知事に義務付けた(8)。
北半球のこうした動きの背後にあるのは、労働力の安い国々が先頭に立って「比較優位」を迫ることになる歯止めなき自由貿易主義の圧力の下で、個人レベル、集団レベルの社会保障がいずれも破綻しつつあるという感情であり、それがますます公然と表明されるようになっている。EUの場合に、最低賃金と社会保障の引き下げ競争をお膳立てしているのは、本国主義を残したまま(子供だましのような小手先の制約を付け加えただけで)欧州議会の域内市場委員会で採択されたボルケスタイン指令案である(9)。アメリカでは中国(2005年には2000億ドルの対中貿易赤字が生じた)とインドの影が、あらゆる決定の上に垂れ込めている。
安上がりの膨大な労働余力を擁した2つの超人口大国(両国だけで人口25億人を超える)には、世界の貿易地図を極めて短期間のうちに塗り替える力がある。中国はやがて、あらゆる工業製品を(ごく一部の超ハイテク品を除いて)その「自由共産主義」の枠組みの下で生産できるようになるだろう(10)。インドの場合は近い将来、世界が必要とする知的サービスのうち、海外移転可能なものを一手に担うようになるだろう。
とはいえ、海外移転によって最も大きな恩恵を受けているのは、現地に進出して自国市場向けの輸出を行っている北半球諸国の大手多国籍企業である。1994年から2003年にかけての中国の輸出増大のうち、65%はこれらの大企業が占めている。大企業が貿易の全面的な「自由」を熱烈に求めるのはこのためだ。その最終的な目的が賃金レベルの切り下げにあることは、かつてフランス企業運動(MEDEF)で専門家として働いていたジャン=リュック・グレオーが見事に論証した通りである。彼の近著(11)は自由貿易に対する最も容赦ない告発文書の一つとなっている。
賃金労働者に対して現在進行中の攻撃はすさまじいものである。さらに新たな産業分野の従事者が、尊厳ある生活の「郊外」に大挙して追いやられるようになれば、政治指導者たちも重大な問題に直面せざるを得ない。彼らがこうした事態の深刻さを理解するためには、一体あとどれぐらいの時間が必要なのだろうか。
(1) エコノミスト誌(ロンドン)、2005年11月5-11日号。
(2) ル・モンド2005年11月21日付。
(3) 2005年11月8日付のフィナンシャル・タイムズ紙は、ヴィヴァンディ・ユニヴァーサルの監査役会会長を肩書きとしたジャン=ルネ・フルトゥその他の国際的な財界人たちが、「過去半世紀にわたって生活水準向上に大いに貢献した」多国間貿易システムを救うために必要な妥協点を探るよう諸国政府に懇望する声明文を掲載した。
(4) 2005年12月9日に首脳会議で正式に承認された。[訳註]
(5) アルマン・マトラール「文化多様性条約をめぐるユネスコの対立」(ル・モンド・ディプロマティーク2005年10月号)参照。
(6) 2005年10月23日のリエージュ決議については次のサイトで閲覧可能。http://www.agcs-gats-liege2005.net/
(7) このうち11州では最終的に11の措置が可決された。同様の主旨の9の政令が7州の知事によって署名された。
(8) これら一連のデータは資料豊富な次の調査から引用した。ジャン・デュヴァル「アメリカ、その法規、その保護」(『BRN通信』16号、2005年11月7日)。
(9) 「サービスの自由化」に関するボルケスタイン指令案には、他の加盟国で事業を行うEU企業が進出国の法律でなく本国の法律に従えばよいとする「本国主義」が盛り込まれている。それに対してフランスなどで反発が高まった2005年春、欧州憲法をめぐる国民投票への影響を懸念したシラク仏大統領は、指令案の「全面的検討」を唱道した。その後も採択に向けた手続きは進行し、2006年1月には欧州議会での票決が予定されている。[訳註]
(10) フィリップ・コーエン、リュック・リシャール『中国はわれわれの悪夢となるのだろうか』(千夜一夜社、パリ、2005年)参照。
(11) ジャン=リュック・グレオー『資本主義の将来』(ガリマール社、パリ、2005年)。
(2005年12月号)
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