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(回答先: 人類の思想進化こそが地球の平和を招来すると言うこと。 投稿者 PCOG 日時 2006 年 9 月 17 日 09:47:20)
PCOGさん読ませていただきました。
ただあなた自身が本当に書いた文章なのでしょうか。本当に書いたのであれば論争が出来ると考えています。ただ私は現在貨幣論という研究をしていますのであまり時間をとることが出来ません。
それは貨幣つまりお金ですが、元々発明された時点は単なる物々交換からの出発でした。
そこから物として貯蔵する代わりに貨幣として貯蔵できるという貨幣を発明した最初の当時では考えられなかったことが現在社会で起きています、金を持てる者と持てざるものという格差社会になったわけです。
上記書きましたことは唯者論から導き出したものです。決して精神論から導き出せるものではありません。
これから出かけますので、また書かせていただきます。
>学問の世界は、自然科学・社会科学・精神科学のバランスのとれた発展がなされなくてはならない。調和がとれている事が必要である。例えば,実定法としての法学を勉強するに当っては何はともあれ、法哲学の勉強が必要である事を見ても明らかである。そうでないと唯物論に陥る弊害が生じる。これは、人類にとって甚だ不幸な事である。マルクス以後の、唯物論に基づく無神論国家の出現は、造物主(神)の子である人間を単に労働が価値を生むだけの、人造機械としての人間にまで引きずり降ろしてしまった。造物主(神)の存在を認めない唯物論を「真理」だと考えるようになると、快楽のみを追い求めるか、闘争だけに熱中するような人生を送る事になる。
>ところで、近年DNAの研究が盛んになり、発展を遂げつつある。身体を創る設計図が遺伝子であり、DNAの中に人の場合、約30億個の遺伝子が並んでいる、とされている。遺伝子の指示に従い人体が出来上がる過程は極めて精巧且つ複雑であり、まさに想像を絶する神秘性を帯びたものである。ダーウインの進化論や遺伝子の突然変異だけでは絶対に説明不可能である。人間はアメーバから進化した偶然の産物と考える事はどうしても出来ない。「何等かの大いなる力」が働いて、はじめて人類がこの世に誕生する事が出来たと考えざるを得ない。宇宙の生成も亦然り。ここに吾人は、輪廻転生を信ずると信ぜざるとに拘わらず、造物主(神)の存在については、之を認めざるを得ない事になる。地球上の全ての生物(植物・動物・人)は何れも、その細胞の核の中に、遺伝子が並んだDNAを持っている。つまり地球上の全ての生物は造物主(神)の創った物と考えざるを得ない。無宗教者も造物主(神)の存在を否定することは出来ないであろう。
>吾人は歴史を通して或は生物の生態系における食物連鎖を通して「弱肉強食・優勝劣敗」と言う、生存競争上の「真理」を学んでいる。地球上の生物は全て「弱肉強食・優勝劣敗」と言う、生存競争上の「真理」の基に、適応と淘汰を繰り返し乍ら進化し成長発展を続けて来た。人類も亦然り。さて、人類は核兵器を創り出してしまった。核兵器を用いての戦争が勃発すれば、人類を含む地球上の全ての生物の絶滅と地球そのものの壊滅を招来する事になる。これは、造物主(神)の望むところではない事は明白である。
>ところで、今日実社会における、人と人真ぢ企業と企業、国と国との間における、経済的な熾烈な競争は神が与えた試練であると考える事が出来る真ぢ精神性の向上には絶好の機会であるから、創意工夫して競争に勝利してパイを手にする事は、努力に対する正当な評価であり喜ばしいことである。問題は勝ち得たパイを社会に還元する事によって、社会の福祉を増進させる目的がある事を忘れてはならないと言う事である。努力精進して得たパイを社会に還元する事に、精神的な喜びを感ずるように、人格を向上させなくてはならない。例えば、地震等の天災による被災者救済の為の義援金の提供、福祉社会実現の為のボランティア活動、育英の為の奨学金給付に係る財団法人の設立等、還元の方法は無数に有ると思料される。国際的に有名な「ノーベル賞」「日本国際賞」「京都賞」等の科学賞も、同一のカテゴリーに入れる事が出来る。
>ここに吾人は、「精神性の向上により精神的な喜びが得られる」と言う「真理」の存在を認識する事が出来る。因みに、魂の浄化・魂の鍛練・人間性の向上・人格の向上・精神性の向上、はいずれも同意義の文言である。如かして、更に精神的な喜びの質の向上に努めること、つまり精神的な喜びを、限りなく良心(神の心)に近づけるべく努力(修行)する必要がある。
>唯物論を真理だと考えるようになると、衣食住の問題を第一義とする立場(物質主義)を信奉することになり、拝金主義者・守銭奴に堕落する恐れがある。更には、本能を満足させる事が人生の最高目的であるとする人生観(本能主義)を持つようになる。因みに、文的・刹那的・拝金的な「大人社会自体の精神の荒廃」にあると分析した。正に、「正鵠を射部大臣の諮問機関である中央教育審議会が1998年にまとめた「心の教育」に関する報告書は、社会全体の子供に対する教育力の低下を指摘したが、その原因は、利己的・享楽たもの」と受け止める事が出来る。
以前私が論争をしたものです読んでくだされば唯物論の正しさが解ります。
人の心は心理学によって分析をされます
http://www.asyura2.com/0601/dispute23/msg/104.html
論議23において宗教議論が出来ることを重大なものとして受け止めます
http://www.asyura2.com/0601/dispute23/msg/106.html
創価学会の方、答えてください