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(回答先: 対立の構図 投稿者 下山事件 日時 2006 年 7 月 22 日 12:04:48)
今,世の中を仕切る人たちは、
われわれ、一般人以上に、虚無的で、刹那的な人たちでないかと思います。
一種のギャンブラー、ボクサーに近い心性を持っているのではないでしょうか。
それは、健全な企業家精神や、貪欲や世俗を好まぬエリート主義とは異なるものだと思います。
下山事件さんが使われている、自己責任という言葉は、「勝ったら俺が偉いから、負けたら、俺にツキがないから、」その意味でのみ、その言葉が使われているのだと思います。それは、当然、人として、世の上に立つものとしての責任感とは、無関係です。
株主に対して、法律上の責任はいやいや引き受けるとしても、従業員に対しての経営者としての責任感というのは皆無に近いのだとおもいます。
負ければ、経営者失格の烙印を押されてしまう。それは、一般人が、失業すると同様、あるいはそれ以上に、精神的に過酷なものかもしれない。
だから、勝つことの前には、従業員の解雇、帳簿の改ざん、時に、政官を巻き込む(合法的な?)仲間内の談合なぞ、朝飯前になるのでしょう。
サッカーのフォアード選手のような、エゴイズムを思い出させます。
主観かもしれませんが、最近の経営者たち、人相が悪い。
昔の、大企業の経済エリートたちとの違いは、
経済の発展と、人の生活、福祉の向上との関連、健全な中産階級の形成ににまるで興味がないということだとおもいます。
国際金融資本と、軍産複合体との関係が、私の不勉強もありますが、少し荒っぽい気がしました。
これは非常に難しく、複雑なテーマなので、短い文章でこの関係を突き詰めるのは難しいのだと思います。
ユダヤXX主義という言葉に、チョウセン、チャンころ、ジャップ等に共通する侮蔑のニュアンスを感じている私に、この文章に惹かれるものがありました。