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(回答先: はて、はて、人間社会の付き合いとは、難しいものじゃ、これから勉強するかな・・・(本文なし) 投稿者 吉見侑子 日時 2006 年 7 月 21 日 23:35:13)
↑上の言葉は対社会ではなく、heart さん個人への回答です。
吉見侑の「仕事の内容」については、これで変わるという事はありません。
これまでと同様、完成と展開をめざしています。
現況の社会に完全な人は一人も存在していません。
完成した人間でなければ、国民人類のために完成したシステムを
提供する事はムリでしょう。
完成した一つの人格をつくり、確かなシステムを実現させる訳です。
完成した一つの人格形成は、現状では適材適所の協力が不可欠でしょう。
目標に合わせて、完成した人格を形成する協力関係は、社会の中で
優先したコミュニケーションの構築へと方向づけられながら少しずつでも
前進している現況ではないでしょうか。
それぞれの社会の為の目標が、それなりの実現の為には人格形成の面からも
完成を目指さないと、目標の実現ができない現実を実感すれば、試みるのは
その目標実現に必要な力がだせる一つの人格を完成させる為に、適材適所の
協力という事になるでしょう。
新しい時代の実現という一つの大枠の目標と
その内容である複数の政策別の目標というように、全体の立場への目標は
一個ではない訳ですから、それぞれの専門の目標を尊重しなければならないし
どの目標の立場からも、大枠の大目標である新しい時代実現についても、これを
常に念頭におきながら、新しい時代の中で目標を実現していくのだという
現在位置の事実確認がしっかりと出来るならば
「自身の目標実現の努力」と、「新しい時代実現の努力」と両方を尊重しながら
前進していく、この時代の尖端的立場を形成しながら活動をつづける人たちは
目標実現の為の完成めざした適材適所の位置を模索・確認したり、個々の目標も
上手く運ぶようにと心で応援したり、目標のもつ人は実質的に忙しい。
目標をもって邁進している人たちの人間関係は、人々の為にその実現に向けて
システム完成とその中で自身の目標の仕事する、これらの事を実現する為の
コミュニケーションを心がけ重視しており、一般常識的心配りの面は
心ならずも多少の(人によってはかなりの?)手抜きが生じるのは確かでしょう。
一般常識に照らして、完璧に人間関係をこなしている人、そうではない人がいる。
それぞれの仕事や目標にあわせて、多様な人間関係があって、
そこから創造品が完成し
世の中に送り出されて産業社会の能力面が成り立っている(言葉不足ですが)
一般常識の人間関係に固執し、それに従う事を要求するのは親心かも知れないが
(一生は短い。優先順位を決めて実践しないと時間が足りない、という側面もあり)
能力的人格面への圧力になる場合もあるかも知れない。能力面は財政の増減に
直接影響を与えるものだから、気付かず福祉財源を間接的に減らすタイプになって
いるかもしれません(話が飛躍しすぎて理解が得られにくいが、、悪口ではない)
以上は、現状での侑の実践方法であり、また
一般常識の人間関係を重要視して人物評価を決定してしまう事に対する、感想です。
常識あるコミュニケーションは確かに必要なものと思っています。