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JMM [Japan Mail Media]   「政治の弱体と紛争のメカニズム」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2006 年 8 月 12 日 17:52:35: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2006年8月12日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.387 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第263回
    「政治の弱体と紛争のメカニズム」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第263回
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「政治の弱体と紛争のメカニズム」

 2006年8月11日現在、国連安保理の努力にも関わらずイスラエルとヒズボラ
の戦闘はまだ停戦のメドがついていません。イラクに関しても、治安の状態がいっこ
うに改善しない中、アメリカでは厭戦気分がもはや無視できないところに来ていまし
た。コネチカット州の民主党上院議員候補予備選挙では、下馬評通り「反戦派」のラ
モント候補がユダヤ系中間派のリーバーマン候補を下しています。

 そんな中、アメリカ時間10日の早朝に英国での「大西洋線航空機の同時爆破テロ
未遂犯逮捕」というニュースが一斉に大きく報じられ、ヒースロー空港は一時閉鎖、
そして全米の空港は厳戒態勢となりました。その「テロ計画」というのは、パキスタ
ン系の英国人とパキスタン人からなるグループが、共同で大西洋線の飛行機約10機
を同時に爆破しようとしたということで、対象の航空会社はユナイテッド、アメリカ
ン、コンチネンタル、いずれもアメリカを代表する「メガ・キャリア」です。

 大西洋線のアメリカと英国を結ぶフライトに関しては、米国国土保安省によれば
「テロ警報レッド」が、またアメリカの全空港には「テロ警報オレンジ」が発令され
て緊張が走っています。ニュースは一日中この話題が中心となりました。その「テロ
未遂」というのは、液体状の物質を使い捨てカメラのフラッシュで発火させる計画
だったそうで、当面の間はアメリカ国内発着の便では、基本的に「液体」の持ち込み
が禁止されています。また、アメリカ東海岸では乗客全員の「靴」に対してX線検査
が強制されており、空港は混乱状態です。

 ところで、今回の逮捕劇については、その発表のタイミングや方法には、どうして
も政治的な匂いを感じてしまいます。例えば、昨年のハリケーン「カトリーナ」被災
に当たっては、全米の非難を浴びたマイケル・シャートフ国土保安長官は、「今回の
逮捕は実行まで数日に迫った瀬戸際」のものであり、攻撃の性格から見て「アルカイ
ダ」の関与が濃厚だ、と言って何度もTVに登場しています。まるで、この事件を機
会にイメージ的な復権を狙っているようです。

 また、休暇中のブッシュ大統領に至っては「イスラム原理主義ファシストの仕業」
という、これまで使ったことのない文言を使って、計画犯を非難しています。ニュー
スの流され方にしても、10日の朝方には「液体爆弾」が計画されていたという発表
だけだったのが、「液体の機内持ち込み禁止」という措置がかなり浸透した昼頃に
なって「ABCの報道によれば(CNN)」という「何らかのリーク」を匂わせるよ
うな形で「スポーツ飲料に入った液体を複数混合させる計画だった」という「具体的」
な報道があり、漠然とした緊張感がリフレッシュされるような結果になっています。

 今回の逮捕劇の一番の影響といえば、ニュースの画面から「イスラエル=ヒズボラ
戦争」や、「イラクの治安悪化」という話題が一斉に消えてしまったことでしょう。
とにかくものの見事に消えてしまっています。タイミングに関して言えば、そのレバ
ノン情勢に関して言えば、アメリカを含む国際世論が「そろそろイスラエルの姿勢に
我慢ができなくなってきた」時期であり、またアメリカの共和党サイドに関して言え
ば、前々日のコネチカット予備選で「民主党を分裂に追い込んだ」直後ということも
言えるでしょう。

 発表が政治的だと申し上げる根拠はそんな状況証拠だけではありません。英国当局
によれば今回のテロ未遂犯は数ヶ月間マークされていて、最終的に21人(後に24
人とされました)を特定して証拠を固めたので摘発したというのです。この発表が正
しければ「航空機爆破」の危険が最大だったのは、捜査中の過去数ヶ月だったはずで、
仮に犯人グループの「Xデー」を早々に押さえていたとしても、その情報がニセで
あったり、当局の察知を逃れた別動隊がいたとしたら危険は続いていたはずです。

 そう考えると、今回の発表は「別動隊の存在や、Xデーが偽装である可能性も含め
て全て捜査を完了し、しかも逮捕容疑を固め切った」ということに他なりません。逮
捕を大々的に公表することで模倣犯が現れる可能性もあるとしたら、それも一通り捜
査なり工作なりを済ませているはずです。だとすれば、逮捕発表の以前よりも、現在
ははるかに安全な状況にあるはずではないでしょうか。

 にも関わらず、「テロ警報レッド」を発令して、全ての乗客の「液体」を取り上げ
たり、靴を脱がせたりするのは、実際の危険が増しているのではなく、壮大な「政治
ショー」であるという言い方もできるでしょう。犯行の予行演習まで「あと数日」
だったというと恐ろしく聞こえますが、これも良く考えれば「瀬戸際で止めた」とい
うよりも「ギリギリまで逮捕を引っ張った」と見ることもできます。

 では、今回の事件は「根も葉もないフレームアップ」なのでしょうか。例えば10
日の夕刻から流され始めた「英国諜報機関の潜入調査のお手柄」という報道から更に
踏み込んで、そもそもが「火のないところに煙」というような陰謀説を検討すべきな
のでしょうか。私は「ノー」だと思います。何らかの計画はあったのでしょう。そし
て、当局はしかるべき捜査をして、その上で明らかな容疑を固めたのだと思います。
「許しがたい大量殺人計画」という英国当局のコメントはあながち誇張ではないので
しょう。

 仮に未遂事件の容疑が本当だったとして、十分な情報を集めて容疑者を拘束した現
時点、すなわち危険が去ったはずの時点で、どうして「テロ警報レッド」の大騒ぎを
しなくてはならないのでしょう。考えられる具体的な問題としては二つの理由があり
ます。まず「セキュリティ検査をくぐり抜けていたかもしれない液体爆弾」で「航空
機を十機同時に爆破」というような「恐ろしい話」というのは世論に鮮烈な印象を残
します。鮮烈な印象というのは「そんなひどい手段があったのか」という印象と「そ
こまでの敵意を抱いた人間がいたのか」という印象が重なったものに他なりません。

 世論がそのような「鮮烈な印象」に支配されているときに、政治には「何もしない」
選択はないのです。それは何もしなければ世論に叩かれるということもありますし、
また野党に鋭く追及される火種にもなるからです。もう一つの理由は、仮に模倣犯な
いし別動隊による類似の凶行が起きてしまったときに、「液体爆弾未遂事件」以前で
あればともかく、一度でも未遂事件が明るみに出ていて、それでも警戒を怠っていた
ということにでもなれば政権は吹っ飛ぶからです。

 一言で言えば、政治が国民に強く信頼されているのではなく、国民に漠然とした政
権への不信があり、何か失態を犯せばたちどころに危機に陥る、そんな「政治の弱体」
が「テロ警報レッド」というような大きなリアクションを招いているのだと言えるで
しょう。英国の場合も、アメリカの場合も政治が強力なのではなく、弱体であるから
こそ、警戒体制がエスカレートすることになった、そのような見方が正当だと思いま
す。

 政治の弱さが非寛容の温床となるということでは、イスラエルのオルメルト政権に
も同じことが言えるでしょう。オルメルト首相の政権母体である「カディマ」という
政党は、病に倒れたシャロン前首相が結成した新党です。シャロンが保守派のリクー
ド党を割って出てまでカディマを立ち上げたのは、まず「パレスチナ国家の存在を認
める」ということと「ガザ地区の植民からの撤退」を行うという「リクード保守派と
は一味違う中道路線」のためでした。

 国外からはともかく、イスラエルの国内的には妥協とも取れるカディマ結党時の中
道路線が、ある程度進んだのはシャロンというカリスマの功績が大きいのでしょう。
建国以来全ての中東戦争に従軍したシャロンは伝説の将軍に他なりません。特に19
73年の第4次中東戦争(ヨム・キプール戦争)では、エジプトの急襲で劣勢に立っ
たイスラエル軍を指揮して押し返すことに成功し国民的英雄となっています。

 少なくとも、ガザの返還を主張するカディマが政治的な求心力を持ちえたのは、歴
戦の勇士シャロンという存在があったからという要素が無視できないのだと思います。
これに対して、後継のオルメルトは行政官や議員としてのキャリアはあっても、軍功
どころか従軍経験もありません。戦争が始まってからは、イスラエルは「一枚岩」の
ようにしか報道されず、オルメルト首相の指導力がどの程度徹底しているのかは分か
りません。

 ですが、少なくともヒズボラの挑発に対するイスラエルの強硬姿勢の背景には、首
相の求心力が強いからではなく、求心力が弱いからだという政治力学があると見るべ
きだと思います。そして、その「弱さ」は「軍部を抑えられない」という形で現れる
のではなく、自身の求心力を高めたい余りに積極的に強硬姿勢を取らざるを得ない、
という形になっているのではないでしょうか。

 恐らく、北朝鮮の強硬姿勢も政権の弱体化の反映なのでしょうし、韓国の盧武鉉大
統領のややヒステリックな対日姿勢にも似たものを感じます。西側先進国同士での正
規軍の衝突という愚行に至った、英国とアルゼンチンのフォークランド戦争(198
2年)も典型的な例で、両国の国内政治の「弱さ」が戦端を開くきっかけになってい
ます。弱さが強硬姿勢の原点ということでは、テロに走る若者の心情も同じでしょう。
憎悪や破壊衝動の背景にあるのは、全能感や使命感ではなく、無力感や絶望感なので
はないでしょうか。

 逆の例としてはドイツのコール首相(当時)を挙げても良いと思います。ポーラン
ド回廊を放棄して、対ポーランド、対ロシアの国境を画定するというような「ある種
の譲歩」は、再統一へ向けての政治的な求心力を獲得していたからこそ可能であった
のだと思います。

 8月15日が近づいていますが、第二次大戦の終結がなかなかできず、核攻撃被災
とソ連の参戦という決定的な事態に至るまで追い込まれたというのも、日本の政治が
「本土決戦」を覚悟した強力なものであったのではなく、統治の求心力が極めて脆弱
であったためなのでしょう。そして、にもかかわらず最終的に和平を成立させること
ができたのは「聖断」などという偶然ではなく、終戦工作という国内政治闘争の結果
なのではないでしょうか。

 真珠湾からミッドウェイ、更には戦争末期のフィリピンでの一連の戦闘に至るまで、
海軍を中心とした前線が、常に投機的としか言いようのない戦いに走っていたのも、
「一勝して相手を講和に追い込む」というタテマエだけではないのだと思います。そ
の裏には、「一勝して政治的求心力を得れば、講和へ向けて国内の強硬派を説き伏せ
られるだろう」という空しいホンネがあったという観点も必要なのではないでしょう
か。勿論、それで連合艦隊司令部の判断がいささかなりとも免罪されるとは思いませ
んが。

 10日の夜になるとアメリカの報道はやや沈静化して、MSNBCのキース・オル
バーマンなどは「犯人は全員検挙されたのに、どうして警戒体制なのでしょう」と疑
問を発しており「当局の説明は万が一他にメンバーがいたら、そして模倣犯の可能性
も否定できないから」だとして、遠回しではありますが、感情的な反応を抑えるよう
な姿勢を見せていました。

 11日になると地上波のNBCでも同様の疑問が出ていますし、11日の午後にな
ると、各局ともに中東情勢をトップニュースに戻しています。速断は禁物ですが、ア
メリカの世論は今回の未遂テロに関しては、意外に早く冷静さを取り戻すかもしれま
せん。冷静といえば、厳戒体制二日目の各空港は、セキュリティ検査に対する乗客の
協力姿勢が徹底しているために、大きな混乱はないようです。今回の事件を契機とし
て「ブッシュの戦時体制」ムードが復活するということは、当面はなさそうです。

 いずれにしても、現在何となくイスラム原理主義と敵対しているような構図になっ
ている、アメリカ、英国、イスラエルの三か国共に、政治が弱体であるがゆえに、強
硬な軍事姿勢と世論の不安感への過剰反応を求心力に使っているのは否定できません。

 言い換えれば、政治的に弱体であるがゆえに、敵味方を簡単に二つに割った上で強
硬な姿勢を求心力に変えようとする、多くの紛争にはそうしたメカニズムが働いてい
るのでしょう。それは世論が愚かだから起こるのではないと思います。複雑な時代に
見合った政治と世論のコミュニケーションのシステムが確立していないことに問題が
あるのでしょう。そこで鍵を握るのはジャーナリズムのクオリティだと思います。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学
大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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