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2006年7月22日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.384 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第260回
「戦火を見つめるアメリカ」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第260回
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「戦火を見つめるアメリカ」
ヒズボラとイスラエルが戦争状態になって、すでに一週間以上が経過しています。
数多くの戦争や紛争を経験してきた中東ですが、911以降の時代にあって、ここま
で顕著な戦争状態に立ち至ったのは初めてではないでしょうか。911以降、アフガ
ンやイラクでは大きな戦争があり、アメリカは正しくその当事者でした。ですが、こ
のような形でアメリカが「対岸の戦火」を見つめるというのも911後の時代にはな
かったことでした。
それにしても露骨な挑発でした。直前にガザ地区で起きたイスラエル兵士拉致事件
をマネするように、そしてG8サミットにぶつけるかのようにヒズボラは二名のイス
ラエル兵士を拉致し、捕虜の釈放などを要求してきたのです。一部にはイスラエルが
軍事的には動かないという読みがあったと言いますが、要は軍功のないまま急遽登板
したイスラエルのオルメルト新首相への「お手並み拝見」というメッセージだったの
ではないでしょうか。
血塗られたメッセージに他なりませんが、オルメルト首相はこの喧嘩を買ったので
す。それはベイルートにおけるヒズボラ拠点への空爆という形となりました。これに
対してヒズボラは「カチューシャ」というロケット弾をイスラエル領内へ向けて乱射、
射程の大きなものはイスラエル第三の都市ハイファにも連日着弾して、イスラエル国
民を震撼させました。
こうなると戦火の応酬は拡大へと勢いがつくばかりです。イスラエルは、レバノン
南部のインフラ破壊を公言して空爆を強化、レバノンでは300人以上が犠牲になっ
ています。イスラエルは地上軍を投入して、更にヒズボラの無力化を進める動きも見
せています。これは完全に戦争です。ですが、アメリカは21日現在まだ事態を静観
しています。ライス長官はローマにおける関係国の会議を開催すると宣言しただけで
す。
では、アメリカは傍観者なのでしょうか。必ずしもそうではありません。国連安保
理のイスラエルへの攻撃中止決議は、アメリカの拒否権で葬り去られましたし、一部
政府高官からは「イスラエルがヒズボラの牙を抜くまで」停戦調停はしないというコ
メントが伝えられています。つまりアメリカは、イスラエル国防軍によるベイルート
空爆を当面是認するというわけです。一方で、戦争状態に突入した時点で、ベイルー
トには一万人近いアメリカ人が滞在しており、その「救出」のドラマは連日TVを賑
わしています。
では、アメリカはこの事態を一方的にイスラエル寄りの視点で見ているのでしょう
か。確かに政府と議会はイスラエル支持で一貫しています。ブッシュの姿勢も、国連
決議への対応もそうですし、議会は議会でイスラエル支持の決議をしています。改選
を控えてすでに選挙運動に入っているヒラリー・クリントン上院議員に至っては「皆
さん、仮にカナダやメキシコ領内からテロリストがロケットを撃ってきたら、我々は
立ち上がって反撃するでしょう。イスラエルの立場はそれと同じなんです」と空爆断
固支持の演説を行っています(7月18日)。
アメリカは同盟国だからという理由だけで自動的にイスラエルを支持しているので
はありません。今回の「敵」であるヒズボラは、シーア派の活動団体であり、イラン
から武器の供与を受けているとされています。ですから「悪の枢軸」が「テロ集団」
を支援している構図だということになり、ブッシュの掲げてきた「反テロ戦争」とい
う戦略によれば100%クロの「悪」という位置づけになるのです。ですから、ブッ
シュ政権としてはイスラエルのヒズボラ叩きについて、国連での拒否権行使を含む支
持を与えることには、何のためらいもないようです。
では、アメリカの世論には反ヒズボラというムードが沸き上がっているのでしょう
か。例えば、イスラエル兵士二名の拉致という「戦術」に対して「卑劣」だと怒った
り、その二名の「善良」ぶりを紹介して断固奪還を、というムードを盛り上げるよう
な動きはあるのでしょうか。これはほとんどありません。例えば、イスラエルのオル
メルト首相は「拉致被害の二兵士」の写真を傍らに執務をしているとアピールしてい
ますが、アメリカにはそれと「連帯」するような雰囲気はありません。
ちなみに、これはアメリカが特別に冷淡なのではありません。一般論として、軍事
的外交的な対立のある中での「拉致事件」は、自国民を拉致された当事国の「怒り」
と比較して、他の国では当事者意識を持ちようがないのです。例えば、北朝鮮による
韓国民の大量拉致について、日本の世論がその規模に応じた「怒り」や「同情」を全
く持てないのはそのためですし、逆に日本の「拉致被害」について、国連や六か国協
議の議題にするのが難しいのも同じ理由です。
では、今回の戦争に対して各メディアの報道姿勢は冷淡なのでしょうか。そんなこ
とはありません。どう考えても「戦争状態」に突入している現実を踏まえて、各局と
もに報道には力が入っています。NBCは局の顔というべきメイン・キャスターのブ
ライアン・ウィリアムスをイスラエルに派遣しましたし、CNNは戦時報道には欠か
せない存在のクリスチャン・アマンポーラ記者をイスラエル=レバノン国境に派遣し
ています。各局とも、扱いは大きいのです。
では、報道姿勢はどうでしょう。ニュアンスは局によって違います。例えば、歴史
的にイスラエル寄りと目されているCBSは淡々と事実の報道に徹するというトーン
が明らかです。ですが、他の局についていえば、漠然と共通したニュアンスがありま
す。それは、イスラエルの攻撃を支持するわけでもなく、ヒズボラを被害者として描
くのでもなく、「困った事態」として描くという姿勢です。
NBCのブライアン・ウィリアムスが典型で、イスラエルの中心都市テルアビブ
や、ヒズボラのロケット砲で攻撃を受けているハイファなどからナマ中継のレポート
をするのですが、何とも苦虫を噛みつぶしたような表情で連日登場していました。1
9日の水曜日には、前線に出てイスラエル軍が米国製の155ミリ砲でベイルートを
攻撃している様子を取材していました。
ウィリアムスがインタビューしたのは、砲隊のダロン・スピールマンという兵士で
した。スピールマンは、米国ミシガン州のデトロイトに育ち1996年にミシガン大
学を卒業してイスラエルに移住してきたのだといいます。流暢なアメリカ英語でウィ
リアムスと話しながらも、スピールマンはレバノン国境に近い陣地で、今まさに大砲
を撃ち続けているのです。「生きるか死ぬかということですよ、で私は生きるほうを
選んだんです。今日は150発撃ちましたかねえ、24時間体制ですから」
ウィリアムスは「レバノンでは6歳の子供が爆撃で殺されているんですよ」という
問題をスピールマンに突きつけていました。スピールマンの答は混乱したものでした。
直訳を試みるならば「6歳の子供の死ですか、そりゃ正当化はできませんよ。私にも
子供がいますからね。6歳の子の死というのは、それは信じられないような悲惨です
よ。ここでこうやって何日も攻撃をしていると、そりゃ民間人は殺さないようにやっ
てはいますよ、でもその悲惨というのは感じます。でも、同時に私の家族だって危険
に晒されているんです。イスラエルが危険に晒されているんです」という内容のもの
でした。
混乱していたのはウィリアムスの方も同じです。スピールマンの口ぶりにはまだ深
刻な分、理解のしようもあるのかもしれません。ですが、部下の若い兵士たちが大砲
の薬莢を処理しながら「オレたちは、本当は海岸で女の子と遊んでいたいんですよ、
それを軍に引っ張られて来たんです。本当は早く帰りたいんですよ」とアッケラカン
とした表情で言うのを呆れて紹介してみたり、その一方で「この大砲は60キロ先で
大地に巨大な穴をあけるだけの破壊力があるんです」というコメントを取ってつけた
ように加えたり、要するに「結論」を言うことができないのです。
「困った事態」という姿勢は、保守的なFOXニュースでも同じです。アメリカを代
表する右派キャスターというべきビル・オライリーも19日の放送では「イスラエル
がここまで暴走して、それをアメリカが支持するという事態が続いては、国際世論の
反米感情が日に日に増すのは避けられません。一体どうしたら良いのでしょう」と嘆
いていました。同じ番組の中では、かなり露骨にヒズボラを支持している「大学教
授」を登場させて「アンタはテロリストを支持するんですか」と罵倒してバランスを
取っていましたが、オライリーとして全体の状況に対しては「困惑」というまとめ方
でした。
CNNのルウ・ダブスといえば経済は市場中心主義で政治は保守派のキャスターで
す。ですが、今回の戦闘に対してはここ数日怒り続けており「紛争の原因は貧富の格
差。だからアメリカとしてもイスラエルばかりに巨額の経済的援助をしているのは一
方的」というような正論を吐いています。ですが、そのダブスにしても、20日には
番組にシリアの駐米大使を呼んで「紛争を終わらせるためにもヒズボラの抵抗を止め
させてはどうか」と説得を試みたものの全く相手にされず、前日以上に不機嫌になっ
ていました。
同じCNNの朝の「顔」であるマイルズ・オブライエンは、21日にはホワイトハ
ウスのスノウ報道官に論戦を挑み「これだけ一般市民や子供たちの犠牲が出ているの
に、どうして和平調停に乗り出さないのか」と迫っていましたが、スノウ報道官の
「テロリストは相手にしない」という強硬な饒舌(報道官はつい数カ月前までFOX
の名物キャスターでしたから喋りはプロです)に押しまくられて、最後は苦虫を噛み
つぶしたような顔をしていました。
そんな中、アメリカのメディアの報道は、レバノンからの「アメリカ市民の脱出
劇」に集中してきています。当初は軍や大使館の対応の遅さが指摘されていました
が、火曜日になって議会が「脱出の経費は一切本人に請求しない」という議決を行う
と、海軍船舶、ヘリコプター、そして民間のチャーター船がベイルートに向い、どん
どんアメリカ市民をキプロスに「避難」させています。
ただ、この「脱出劇」にはどこか「ぎこちなさ」があるのです。例えば、海兵隊が
わざわざ強襲用揚陸艇を使ってベイルートの海岸から避難民を沖合の艦船に収容して
みたり、パスポートを確認して乗船を許可するシーンをTVに撮らせたり、政府の姿
勢は芝居がかっているとしか言いようのないほど慎重です。
更に言えば、任務に当たっている海兵隊員の表情には緊張や不安の色が濃いのです。
これはレバノン内戦当時の1983年にベイルート駐留の海兵隊がシーア派と見られ
るグループに狙われて、240人以上の犠牲を出している(前後して米大使館も攻撃
を受けています)という過去を、どうしても意識してしまうからなのだそうです。
そんなわけで、海兵隊の救出部隊には「ヒズボラへの怒り」でも「イスラエルの過
剰攻撃への疑問」でもなく、とにかく安全に任務を遂行したい、もっと言えば「訳の
分からないこの土地での戦闘には巻き込まれたくない」というムードが見え隠れする
のです。その海兵隊が「救出」した「避難民」たちは、特に20日にアメリカ本土ま
でチャーター便で帰還のできたグループなどは「記者会見」をして口々に「イスラエ
ルの空爆の横暴」を非難しています。
結果的に「軍がリスクを冒して救出したアメリカ人の口」から「完全に反イスラエ
ルの意見」がメディアに露出することにもなっているのですが、それがあまり不自然
ではないのはアメリカが今のところ中立だというよりも、とにかく前線と世論に「巻
き込まれたくない」という心理があるからなのでしょう。
ホワイトハウスのニュアンスは違います。「巻き込まれたくない」のではなく、逆
に今回の危機を「悪の枢軸」や「テロ集団」と戦う姿勢をアピールしたい、その「ブ
レのなさ」を強調することで政治的な点数稼ぎを狙っているのは明らかです。有名に
なったサミット席上での「下品なオフレコ発言」でも明らかなように、ヒズボラとは
交渉しない、というのはブッシュ大統領の個人的な判断を越えて政権の基本方針にな
っていると見られます。
この方針は21日の金曜日午後一時半から行われたライス長官の記者会見で、一層
ハッキリしました。ライス長官は「ヒズボラを交渉相手にはしない。仮に合法政党と
してレバノン政府を構成するとしても、一方で国連停戦決議に違反した攻撃を行うテ
ロ集団である以上、安易な停戦調停は長期的にはナンセンスだ。我々は根本的な解決
を指向する」と宣言しています。
長官のコメントの中ではシリアとの間では何らかの合意があるようでしたが、この
機会を捉えてあくまでヒズボラを無力化しようという意図は明らかです。ローマで会
議をするというのですが、そう言っている間にも、現実的にイスラエルの空爆はエス
カレートするばかりですから、「イスラエルがヒズボラ要人の暗殺と、ロケット砲台
を含む軍事施設の破壊」を完了するまで「時間を与える」戦術に出ていると言われて
も仕方がありません。
イスラエルは「自分たちに与えられている時間」を計算しながら、少しでもヒズボ
ラに関係のある施設は破壊し、同時にイスラエル=レバノン国境に「緩衝ゾーン」を
作ろうと躍起です。21日の夜の時点(現地)では、国境に大規模な戦車部隊を集結
させているようで、事態は益々緊迫してきています。
前述のスノウ報道官は「アメリカとしては、イスラエルの軍事作戦に何らかのコミ
ットをしていることはあり得ない」と否定に躍起ですが、国際空港、発電所、住宅地
などを含むイスラエルの攻撃はアメリカでも報道されています。その一方で、911
直後やイラク戦争の際に見られたような「報道自主規制」という雰囲気はあまりあり
ません。中にはMSNBCのように、ヒズボラが被災者のために設けている避難所の
様子を取材して「今ベイルートで困っている人に救いの手を差し伸べることのできる
のはヒズボラのグループだけなのです」というような報道もありました。
一方で、ここまで露骨にイスラエルが「テロ集団」を追いつめており、その背後に
自分たちアメリカがいるのでは、アメリカ本土がテロに狙われるのでは、そんな観点
から不安心理に訴える報道姿勢もあります。これもまた「巻き込まれたくない」心理
の変型です。CNNやNBCはそういう言い方をしていて、FBIの「番記者」を登
場させては「今のところは大丈夫」というコメントが繰り返されています。
そんなわけで、今回の事態を見つめるアメリカ世論の視線は単純ではありません。
「ヒズボラを善玉に考えるのは極端だ」、「でもイスラエルもやり過ぎだ」、「アメ
リカは和平を仲介すべきだ」、「でもテロリストのヒズボラと交渉というのは抵抗が
ある」、「そういえばイラク情勢は決して良くなっていないらしい」、「イランがヒ
ズボラに武器を供与しているのは悪い」、「でもイランへの武力行使ができるとも思
えない」というような感想をグルグル回している間に思考が止ってしまう、そんな中
「とにかく巻き込まれたくない」という心理状態にアメリカは置かれています。
そんなムードが蔓延する根っこには、911から五年近い年月が流れる中で、アメ
リカ世論の中に「戦時」であるとか「テロ警戒」の雰囲気が消えつつあるという事実
があるように思います。アメリカ人は、もう戦争のムードには疲れてしまったのです。
そしてイラクの泥沼化にも辟易しています。ですから最終的に何らかの調停が動き出
した場合には、アメリカ単独で動くことはないと思います。
その場合は国連として兵力引き離しの活動をしなくてはなりません。そうなれば、
現在もゴラン高原にPKO後方部隊を派遣して、どちらかといえば親シリア的な活動
をしている日本も何らかの判断を迫られる可能性があります。日本の場合は中東問題
に関しては、中立の立場を正々堂々たる国策として一貫してきたのですから、それを
しっかり守り切ることが必要でしょう。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学
大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
近著『「関係の空気」 「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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JMM [Japan Mail Media] No.384 Saturday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部(2005年8月1日現在)
【WEB】 <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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