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JMM [Japan Mail Media]  「国境を越えたコミュニケーション」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2006 年 7 月 18 日 23:56:29: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2006年7月15日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.383 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第259回
    「国境を越えたコミュニケーション」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第259回
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「国境を越えたコミュニケーション」

 W杯が終わっても、世界中には謎のままだったジダン選手とマテラッティ選手のト
ラブルは、ジダン選手のTVでの説明があり、マテラッティ選手の側からもコメント
が出ました。これで、一応は沈静化の方向と思ったら、そうではなく、20日にはF
IFAの聴聞会が開かれるそうで、大きな問題に発展してきたようです。

 このニュースはアメリカでも話題になっています。例えば、NBCでは13日の
『トゥディ』で大きく取り上げていましたが、コメントとしてはアン・カリーが「良
くあるトラッシュトーク(ゴミのような汚い言葉の応酬)なのに、どうして手が出て
しまったのでしょうね」と軽く流していました。アメリカのそんな軽い反応を尻目に、
ヨーロッパでは大きな問題に発展しているのは、どうしてなのでしょう。

 そこには言葉が国境を越える時の恐ろしさという問題があると思います。まず、マ
テラッティ選手とジダン選手の間には、イタリアとフランスという国境があります。
報道によりますと、ジダン選手はイタリアのリーグに在籍していたことがある(19
96年から2001年までユベントス)ので、イタリア語は理解でき、そのためにイ
タリア語でされたマテラッティ選手の暴言が理解できたというのです。

 ですが、このエピソードはイタリア語を話す人間同士の、しかも元同じリーグの選
手同士による、ライバル意識が高じた「バカバカしい口げんか」では終わりませんで
した。TV会見でジダン選手が語っていたように、「自分のサッカー人生の最後の1
0分間」であっても、愚かな行為を触発してしまうだけのインパクトがあったのです。

 言葉が国境を越えるとき、二つの現象が起きます。まず個別の言葉に「まとわりつ
いていた」複雑なニュアンスが消えて、メッセージが非常なまでに単純化されます。
好意や愛情は無制限なプラスの感情に、悪意やイタズラ心は無制限の敵意へと変わる
のです。もう一つは、お互いが国を背負ってしまい、個人ではなく集団の代表として
話し、受け止めてしまうように感ずるということです。

 問題をややこしくしているのは、この二つの問題に関して、私たちは自覚すること
が大変に難しいということなのです。複雑なニュアンスを込めて言っているつもりな
のに、相手にはニュアンスが伝わらずに自分の意図が敵意として突き刺さっている、
そして自分はそれに気づかない、そんな心理の交錯が起きがちです。相手は自分の国
がバカにされた、あるいは相手の国全体にバカにされたと受け止めているのに、言っ
たほうは個人ベースの冗談だと思っている、そうした誤解も生じやすい、いやよほど
意識しなくては、誤解を生じる方が当たり前だと言って良いのでしょう。

 ジダンは、自分の姉や母親が中傷されたのだとして、たまたま自分が母や姉を深く
愛していたから暴力に及んだのでしょうか。そう単純ではないように思います。例え
ば、カトリックの人間が、わざわざイスラム系の男に「姉や母親の侮辱」をするとな
ると、「アンタのところは、宗教的な理由で、オトコは女子供を守んなくちゃいけな
いんだろ。ということはだな。こういう風に、女の家族をバカにすれば、お前さんと
しては切れちまうだろうな、アッハッハ。お前さんは、女の家族も守れない情けない
野郎だってことになるものな。お前さんのところの文化ではな」というような「文化
への敵意」を含むこともあり得るでしょう。

 面倒な、そして品のない言い方をしましたが、そんな「敵意」をジダンの方で感じ
ていたのではないでしょうか。言っているほうにももしかしたら、そんなニュアンス
があったのかもしれません。ただ、それが冗談で済まないのは、国境を越えるとユー
モアの感覚のような複雑なメッセージは消えて、とにかく敵意だけが飛んでいくから
です。更に言えば、ジダンが単純に反仏反クリスチャンのアルジェリアのムスリムで
はなく、フランス本土という場所を選び、一族の中ではカトリックとも通婚している、
それゆえに複雑な屈折を抱えた人物だということもあるのかもしれません。

 自分の国でも、あるいは祖先の地であるアルジェリアでも「カトリックに屈服し
た」といういわれのない中傷を受けてきていたとすれば、こうした「言葉の暴力」に
対して激しく反応することで自分のアイデンティティを守ろうとする、そんな心理も
あったかもしれません。仮にそうだとしても、そんな複雑なメッセージは言葉にして
国境を越えさせることはできません。暴力という単純な回答しか「自分の誇り」を守
る手段がなかった、そういう風に追いつめられていったのだと思います。

 この問題に関しては、大騒動になった以上は、ある程度「事実関係の合意」ができ
て、その上で喧嘩両成敗的な「お裁き」で落着させることになるのでしょう。ですが、
この事件を教訓にして、「国境を越えた敵意は単純化される」そして「国境を越えた
敵意は国を背景にした敵意と受け止められてしまう」ということを、社会全体が学ぶ
必要があるのではないでしょうか。

 スポーツと言葉といえば、今週火曜日12日のMLBオールスターゲームで、アメ
リカンを9連勝に導いたシカゴ・ホワイトソックスのオジー・ギエン監督の「舌禍」
の問題にも国境が絡んでいます。ギエン監督はベネズエラ出身、つまりヒスパニック
系の監督、そして「勝負への執念」を人一倍訴えるスタイルで、メジャーリーグの中
でも異色の存在です。

 そのマネジメントスタイルは、選手たちに、そして地元のファンからも熱い支持を
受けており、その勢いは昨年ワールドシリーズを制覇して最高の結果を出したにも関
わらず、全く衰えていません。今年も球宴前の前半戦終了時点で57勝31敗、つま
り貯金26(アリーグ中部の二位、ワイルドカードの一位)という堂々たる成績です。
このギエン監督の闘志あふれる指揮の中核には「オレはヒスパニックの誇りを背負っ
ている」という自覚であり、「アメリカ流の選手にお任せスタイルのお行儀の良い野
球なんかやってたまるか」という反骨精神なのです。

 ギエン監督の野球は、一言で言えば緻密な心理戦であり、具体的には小技と大技を
絡ませたスタイルで、相手にはイヤなことこの上ありません。二点リードの終盤でも
無死一塁のランナーを送って行く、ギエン監督の場合は、それは「消極策」ではあり
ません。それは「そこまで追加点が欲しいのか」と相手を呆れさせるような貪欲さの
表現であり「勝つためには何でもやるぞ」という執念の表現でもあります。そして、
このシカゴというチームの恐ろしいところは、その監督のスタイルを選手たちが実に
良く理解しているということです。

 以前から問題になっている「舌禍」というのは、例えば言葉の端々に「汚い表現」
を交えてしまう、例えば同性愛者への蔑視と受け取られるようなフレーズを使ってし
まうというものです。そんな「やんちゃ坊主」のような言動は、そうした勝負への執
念を維持するために、程度の問題もありますが、ギエン監督の個性とは切っても切れ
ないものなのでしょう。本人は「オレの国では、みんな面白がって言っているよ」と
いうことで、ギエン監督としてはバッシングの背景には人種差別があると言わんばか
りです。

 ただ、バッシングがエスカレートしてゆくなかで、チームのGMから「言葉づかい
に改善のない場合は解雇も」という発言も出て、その結果「性格矯正セミナー」に送
られる事態となって、さすがの監督も少し気をつけるようになったようです。ただ、
下品な言葉を使わなくなったものの、発言の鋭さは相変わらずで、今回のオールスタ
ーでもインタビューの中で「オレにとってヒスパニックの誇りというのは本当に大事
なんだ。だからこの春のWBCでAロッド(ヤンキースのアレックス・ロドリゲス選
手)がドミニカの代表ではなく、アメリカ代表として出場したのは本当にガッカリし
たね。あれは残念な事件だ」などと、アメリカでは異例の「過激発言」をしています。

 その一方で、正に綺羅星のようなオールスターの面々を前にしての戦前のロッカー
ルームでの訓示では「勝つこと」を訴えて、まるで「ワールドシリーズの最終戦のよ
うな真剣なムード(FOXの解説者で元伝説的捕手のティム・マカーバー氏)」へと
選手を盛り上げていました。それが最終回二死からの逆転劇につながっているのです
から、やはり監督として一流ということは間違いないようです。

 ちなみに、MLBのオールスターというと、数年前からカリブ海諸国の選手たちが
国旗を振りかざして喜びを爆発させたりする動きが出ていました。昨年は、そうした
ヒスパニック圏の「プライド」に配慮して、試合前日のホームラン競争は「国別対
抗」というスタイルを取ったりもしていました。ですが、今年は特にそうした「ヒス
パニックへの配慮」をしなくても良かったのは、このオジー・ギエン監督が圧倒的な
存在感を見せていたからでしょう。

 ちなみに、相手のフィル・ガーナー監督(アストロズ)の訓示は「諸君はオールス
ターだから、基本的にはサインはなしだ。スリーボールからでも好球は打っていいし、
とにかく任せるよ」というような内容で、ギエン監督が心から憎んでいる「お行儀の
良いだけの丸投げ野球」であり、全くもって対照的でした。

 ホワイトソックスといえば井口選手ですが、日本ではギエン監督について「偉大な
井口に似あわないお騒がせ監督の舌禍」というような記事が一部出回っているようで
すが、これは全くの「的外れ」です。ギエン監督のスタイル、つまりアメリカ流の
「丸投げ、お上品野球」への反発、そしてスモールベースボールとパワーの統合とい
う戦闘力への希求、その中核にいるのが井口選手なのですから。

 象徴的なのは、球宴の直前7月9日のボストン戦でしょう。2対3の劣勢を9回ウ
ラにダイ選手のホームランで追いつき、延長11回の表に二点入れられてもその裏に
二点を返して踏みとどまり、最後には延長19回のウラに井口選手のタイムリーでサ
ヨナラ勝ちした、この粘りの野球こそギエン野球なのです。

 そして、以前にもこの欄でお話ししたように、井口選手というアジア系が一枚加わ
っていることで、ギエン野球がヒスパニックによるアングロサクソンへの反抗という
「スケールの小さな」ものから、国際的な「多様性」を背景に高度な作戦と、人間の
本性に根ざしたモチベーションのコントロール技術を持った普遍的な強さになってい
る、そう見ることも出来るのです。確かに個々の「舌禍」はおそまつなものもあり、
直したほうが良いに決まっています。ですが、ギエン監督のマネジメントと井口選手
の成功が深く結びついていることを見逃しては、この「熱い野球」の面白さは半減し
てしまうでしょう。

 ギエン野球に触発されているのは、「外国勢」だけではありません。例えば、今年
からホワイトソックスに加わったジム・トーメ選手といえば、バットを振り回すだけ
の典型的な白人スラッガー(失礼)というイメージがありました。ですが、ギエン監
督の指揮下、「何をしようとしているか」が一々クリアーな試合運びの中で、トーメ
選手は本当に伸び伸びとプレーしています。トーメ選手は、前半戦終了時点でホーム
ランが30本と、前年まで在籍のフィリーズ時代には「全盛期を過ぎたのでは」など
と言われていたのがウソのような活躍ぶりです。

 一番ポセドニック、二番が井口、そしてトーメが三番という打線は、そんなわけで
他チームには本当に脅威です。今週末からは、NYでのヤンキーズとの三連戦で後半
戦のスタートを切るホワイトソックスの野球からは、益々目が離せません。

 そうなのです。「突き抜けた普遍性」というものも、国境を越えていくのです。多
様な人種、国籍を抱えた集団は、確かに運営の難しさがあります。ですが、その集団
がある「普遍性」を獲得すると、そのメンバーは、個別の国や文化の中に押し込めら
れていたときよりも、活性化することもあるのです。複雑なニュアンスを含むメッセ
ージは国境を越えることで「国を背負った単純な敵意」になってしまう一方で、普遍
的なメッセージは国境を越えて行き交わせることも可能なのでしょう。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学
大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
近著『「関係の空気」 「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部(2005年8月1日現在)
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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