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JMM [Japan Mail Media]  「危機の本質」  冷泉彰彦 
http://www.asyura2.com/0601/bd45/msg/130.html
投稿者 愚民党 日時 2006 年 7 月 08 日 23:57:42: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2006年7月8日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.382 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第258回
    「危機の本質」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第258回
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「危機の本質」

 今回、7月4日に起きた北朝鮮によるミサイル発射事件は、アメリカでは勿論報道
されています。ですが、報道はいたって冷静です。例えば、当日の晩にはCNNの
『ラリー・キング・ライブ』が急遽特番を組んでいましたが、メインゲストは90年
代の核危機をKEDO合意という落とし所へ持っていったオルブライト元国務長官と、
リチャードソン元国連大使のコンビ(ただし電話参加)で、スタジオ入りしていたゲ
ストも、サンディ・バーガー元補佐官などほとんどがクリントン政権下で北朝鮮問題
に関わった顔ぶれでした。

 オルブライト元長官の主張は、危機の本質は90年代と全く同じであり、とにかく
北朝鮮はアメリカとの対話を欲しているのであって、そのメッセージを受け止めよ、
という解説でした。「大変に深刻な事態です。とにかくアメリカが5年間対北朝鮮の
外交に失敗したのです。現時点での外交を総見直しする必要がありますね」という調
子で、ブッシュ批判も忘れていません。

 一方でリチャードソン元大使(現ニューメキシコ州知事、民主)は、「とにかく北
朝鮮は幼い駄々っ子のようなものです。自分に関心を向けてもらうためには何でもす
るんです。それから、今回の事態は金融措置で締め上げたことの効果が大きいので
しょう。いずれにしても大変な事態で、国連安保理を巻き込んだ制裁措置が必要です。
そのためには中国の協力がキーですね」と、制裁を主張していながら中国の同意が条
件だと、こちらもブッシュの「お手並み拝見」という姿勢でした。

 近年のアメリカでは、TVの政治討論番組などでは必ず左右両派の代表に「公平な
時間配分」をさせるのが鉄則となっています。にもかかわらず、この番組では民主党
系の人物に偏った構成となっていました。勿論、独立記念日の休暇中に数時間のリー
ドタイムで出演可能な人物を集めたらこうなった、ということもあるのでしょう。で
すが、私は、もしかしたら共和党系の人物には、北朝鮮問題を語れる人間が少ないの
ではという印象を持ちました。

 ある意味では、オルブライト元長官の指摘は正しいのかもしれません。ブッシュ政
権はそもそも北朝鮮に関しては、単純に敵視を続けるだけで、政策として力は入れて
おらず、北朝鮮の専門家ということになると、自動的に民主党系の90年代危機の経
験者となるのは仕方がないのかもしれません。

 では、アメリカにとっては、今回の問題は90年代の危機と問題が同じなのでしょ
うか。ある意味では同じだと言えます。まず、北朝鮮問題に対する世論の関心は低い
ままで、そもそも北朝鮮がどこにあるのかも知られていません。関心の中心は核ミサ
イルへの恐怖感で、いわゆる「テポドン2」というミサイルの射程を描いた地図をも
とに、「アラスカが危険」とか「本土のワシントン州も射程に入っている」というよ
うなストーリーを描いて、「大変ですね」などと言っているシアトル市民の「声」を
紹介する(5日朝のABCニュース)という具合です。

 これは、90年代に北朝鮮の核に関して「何か」があった時のリアクションと全く
変わらないと言えます。また、北朝鮮や金正日政権の性格に関して、全くの入門編と
いうような資料映像を流す局もあり、これも90年代と変わりません。

 ただ、一つ大きな違いがあります。それは日本が「北朝鮮の標的」として前面に出
ていることです。例えば、4日の『ラリー・キング・ライブ』では、サンディー・バ
ーガー元補佐官が「今回の発射で、最も脅威を感じているのは日本でしょう。韓国の
場合は、いわゆる太陽政策など外交による解決を明確に指向していますから」という
言い方でした。

 これに続いて、司会のキングは「仮にミサイルが東京に飛んできたら第三次大戦に
なりますか?」という刺激的な質問をしていました。質問の相手は、オルブライト元
長官で「その場合は勿論、大規模な報復を招くのは明らかですが……(第三次大戦に
は)ならないことを願うばかりです。ただ、とにかくそんな事態にならないためにも、
ブッシュ政権は話し合いのテーブルにつくべきでしょう」という答え方をしていまし
た。

 この番組の中では、アキタ・シューベルト女史という若手の記者が、CNNの特派
員として東京からレポートしていましたが「防衛庁幹部は警戒体制を指示したそうで
す。また艦艇を派遣して着弾の場所を確認しようとしています。日本は完全にミサイ
ルの射程内ですし、今回の着弾場所は北海道の沿岸から300キロから500キロの
至近距離ですから」そして、日本としては経済制裁を提案してくるだろうということ
などを生々しく伝えていました。

 4日の時点で、ブッシュ大統領の短いコメントがTVに流れましたが、基本的には
冷静な中「この問題については、先週プライム・ミニスター・コイズミ(小泉首相)
としっかり話し合ってある」と明言しており、今回の危機においては「日米枢軸」が
仮想敵とされているような口ぶりです。

 日本が前面に出ていることを何よりも強く印象づけたのは、5日に行われた大島賢
三国連大使の記者会見でしょう。アメリカのボルトン国連大使、英国のパリー国連大
使を従えてのものものしい映像は、CNNなどのTVメディアを通じて広く放映され
ましたし、NYタイムスでも一面ではなかったものの、大きな写真が掲載されていま
す。

 この大島大使の会見では、何よりも「北朝鮮に対する経済制裁を日本が提案した」
ことが世界中に示されました。「迅速かつ強力な措置が必要」という強硬な言葉も、
そのまま流れて行きました。大島大使に続いてアメリカのボルトン大使も発言してい
ますが、ボルトン大使は、巷間言われている「強硬派」というイメージとはほど遠く、
今回の対応には「慎重を要する」と何度も繰り返す一方、強硬な文言には必ず「大島
大使が言われたように……」という注釈を入れています。

 ちなみに、この大島大使の会見では「前回1998年の危機も十分にシリアスだっ
たが、今回はそれに核疑惑が加わっており、よりシリアスな問題だ」と強調しており、
その1998年危機という言い方が何度も繰り返されていました。恐らく、これは1
998年8月に三陸沖に着弾した「テポドン1号」のことを意味するのだと思います
が、国際的にはこの「テポドン1号」は「人工衛星打ち上げ」という説明を「受け入
れる」のが共通理解なので「危機」だとはされていないのです。

 勿論、日本ではあの時点で「ミサイルが東北地方を横断した」という記憶が鮮明で
あり、大島大使もそれが言いたかったのでしょうが、他の国には「98年危機」と
言っても全くピンとこないわけで、会場にも不自然なムードが漂ったのでしょうか、
最後になると大島大使は「199……年」という重要な会見にもかかわらず語尾の不
明瞭な言い方になっていました。

 この大島大使の姿勢は、日本では今でも、あの「テポドン三陸沖着弾」に対して、
どうしてクリントンのアメリカを中心とした国際社会が「人工衛星」という言い訳を
認めたのか納得していない、そう言っているのに等しいのだと思います。では、クリ
ントンはどうして言い訳を認めたのでしょう。それはKEDOを通じた軽水炉技術供
与を通じて、核開発の口実を奪うという落とし所を持っていたために、この問題での
ケンカは買わなかっただけのことです。

 いずれにしても、今回、2006年7月の「危機」に当たっては、アメリカでは
「日本が前面に出てきた」という雰囲気が作られつつあります。これは何を意味する
のでしょう。アメリカは、イラクの統治に苦しむ中で、「先制攻撃をすることで、そ
の地域の安定に全責任を負わされる」ことはできなくなっています。またイランの問
題でも苦しんでいます。

 更に今年は中間選挙を迎えており、ブッシュの共和党は守勢に回っています。そん
な中「北朝鮮政策では失敗はできない」という意識が政権には強いのではないでしょ
うか。90年代の危機を経験したクリントン政権関係者は、正にその点を突いてきて
おり、ブッシュ政権の側としては「KEDOの枠組みを壊し、北朝鮮をNTPからの
脱退に追い込んだ」のは自分たちだ、と言われるのは困るのでしょう。そこで、日本
が前面に出てくるのを歓迎するムードが出てきているのではないでしょうか。

 日本の一部世論が望んでいるような「北朝鮮への制裁」が「日本主導」で国際社会
に提案されている、そしてアメリカも、その日本の立場を前面に出してきている、表
面的にはそんな事態になってきています。米英を中心に、フランスも含めて、世界は
日本の立場を理解していると言っても良いでしょう。

 ですが、そこには大きな問題があります。CNNのシューベルト記者が説明してい
たように、「日本はミサイルの射程に入っている」ことで「最も脅威を感じているだ
ろう」という理解をしており、だからこそ「制裁を提案する」などの言動を通じて
「危機の前面に立っている」ことも理解しているのです。

 ところが日本の「空気」はこれとは異なります。拉致事件に関しての北朝鮮側の姿
勢に対する憤りがあり、それが反北朝鮮感情の中核になっています。いわば、日本が
当事者意識を持っているのは拉致事件が主で、核疑惑やミサイル開発はあくまでアメ
リカを挑発するためのものだ、というのが「空気」なのでしょう。これは国際社会の
理解とは全く異なります。

 もう一つ、国連が様々な形での援助活動をしているように、国際社会には北朝鮮の
飢餓に対する一定程度の同情があります。例えば、5日朝のNBCテレビの『トゥ
ディ』では、米軍の偵察衛星が夜間に撮影した映像を公開していましたが、朝鮮半島
の南半分は明るく輝いているのですが、北半分は真っ暗なのです。正に胸の潰れるよ
うな映像なのですが、こうした画像、あるいは飢餓にあえぐ北朝鮮の子供たちの映像
には、一般市民への同情の視線は明らかです。

 この点で、拉致事件への憤りから、支配層に対して怒るだけでなく、一般市民を含
めた「北朝鮮の存在そのもの」に敵意を感じてしまう日本の一部世論も、国際社会の
標準とはかけ離れたものと言えるでしょう。

 今後、政権の動揺などが始まって、北朝鮮の危機が違った局面に進んだ場合、ある
いは38度線なり鴨緑江なりに緊張が高まった場合には、関係五か国(韓国、中国、
日本、アメリカ、ロシア)が緊密に協調ができるかに、危機の管理が成功するかどう
かがかかってくると思います。

 その際に、足並みが揃わず、しかも危機の進行に際して日本が前面に立ち続けるよ
うなことになるのは大変に危険です。何故ならば、北朝鮮に政変があれば、それは国
境線の変更を含む東アジアの動揺を招く、そんな恐怖を世界は共有しているからです。
その意味で、これからの国連安保理での討議は重要です。

 最低限、安保理が決裂に終わるようなことは避けるべきです。非難の文言だけでも、
全会一致のイニシアティブを日本が取り、その討議を通じて関係諸国が北朝鮮問題の
(核やミサイルではなく政体や統一問題の)落とし所についてどう考えているのか、
そのホンネを見極めるべきでしょう。

「落とし所」と申し上げましたが、現時点で北朝鮮問題の解決案を持っている国はあ
りません。ですが、いつまでも問題を放置することもできないのです。北朝鮮は気候
上、地勢上の理由により食糧自給ができません。飢餓の原因の半ばは失政のせいです
が、半ばは自然要因です。ですから国を開いて食糧を輸入しなくてはなりません。

 ですが、失政の果てに覚せい剤や偽札、武器輸出などの犯罪に手を染めている以上、
世界経済からは半ば退場した存在です。また国境を開くことで「繁栄や自由の風」が
入ってくると現在の異常な社会体制は崩壊するでしょう。ですから、飢餓の構造を改
善するのは難しいのであって、毎年夏になって収穫期を前にした端境期になると、リ
チャードソン知事の言うような「駄々っ子」的な動きをすることになるのです。

 こうした状態は永遠には続きません。ですが、韓国社会ではタテマエはともかく、
実際には自分たちの社会を一時的に混乱させてまで吸収合併をやり切る覚悟はまだ十
分ではありません。巷間言われている、中国が人道的な治安維持を理由に北朝鮮を実
質併合するという説も現実的ではありません。中国には自分の勢力圏内にここまで著
しい社会格差を抱えるリスクは簡単には取れないはずですし、北朝鮮エリアの社会イ
ンフラを全部負担する余裕もないでしょう。

 ということで「落とし所」はないのです。今回の、いや北朝鮮が冷戦終了から取り
残された90年代からずっと続いている危機の本質は、この「落とし所のなさ」にあ
ります。ない以上は、関係国がしっかり協調して、やがて起こる偶発的事態(例えば、
プラハの西ドイツ大使館に多くの東ドイツ国民が駆け込んだ1989年8月のような
事態など)に備えることが必要です。今、日本は十分な自覚のないまま、対北朝鮮の
舌戦の最前列に出てしまっていますが、これは得策ではありません。早く、横一列に
戻るべきであると思います。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学
大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
近著『「関係の空気」 「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部(2005年8月1日現在)
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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