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2006年9月23日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.393 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第269回
「民主主義のねじれ」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第269回
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「民主主義のねじれ」
国連総会に際してNY入りした各国の首脳たちは、それぞれに異なった話題を提供
しています。それぞれの首脳の言動は各国の問題を浮き彫りにしているのですが、同
時にそれは個別の政策課題だけでなく、各国の抱える民主主義の問題もあらわにして
いると言えるでしょう。
民主主義の実現度というのは、公選による間接民主制が機能していれば100%、
為政者が選挙の洗礼を受けていなければ0%というイメージで捉えられがちです。で
すが、良く考えてみれば個別の政策に関して民意が反映しているかという点では、い
わゆる100点満点の民主主義国家であっても十分ではない場合もあるのではないで
しょうか。それは為政者の権限が大きすぎるという場合もありますが、それ以上に選
択肢を国民に提示できていないケースが多いように思われます。
さて、NY入りした中でもっとも「渦中」の人物はイランのアフマデネジャド大統
領でしょう。軽快な足取りで国連本部に入る大統領を各局のTVカメラは必死になっ
て追いかけていましたし、「宿敵」ブッシュ大統領と「接近遭遇」が起きないか、と
いうこともメディアの関心になっていました。ですが、追いかけ回しても何が起きる
わけでもないのです。アフマデネジャド大統領は、雑誌やTVのインタビューにも応
じていますが、こちらでも拍子抜けするほど一貫した言動を見せていました。
雑誌『タイム』のインタビューを例に取りますと、「アメリカ人をどう思うか?」
という問いには「アメリカの一般市民との交流ができないのは遺憾だが、アメリカ人
は良い人たちだと思っていますよ、一般的に普通の人々というのは善なんですよ」と
ある種完璧な答え。その一方で、イスラエルの存在については「ユダヤ人は友人だ
が、シオニストは一切認めない」、ホロコーストの事実を疑う発言については「ホロ
コースト犠牲の神聖視は何十万という第二次大戦の他の死者の尊厳を傷つける」など
相変わらず取りつく島もありません。
その『タイム』では、仮にアメリカが「イランの核施設を攻撃」したとしたらとい
うシミュレーションを紹介していました。海兵隊のアンソニー・ジニー将軍(退役)
によれば「いかに作戦が大成功であっても」政治的にはテヘランは調子に乗るだけで
あり「まずヒズボラ支援の公然化、次には国境を隣接しているアフガン内戦もしくは
イラク内戦への介入」という面倒な報復を招き、アメリカの中東戦略は崩壊してしま
う、何度やってもシミュレーションはそうなるのだといいます。
いずれにしても、アメリカとイランの舌戦は続きます。いきなり大きなトラブルに
はならないでしょうが、「核」をテーマに睨み合いが続くというのは国際社会に取っ
ては困ります。では、どうしてアフマデネジャド政権のような姿勢が続くのでしょう。
それはイランが独裁国家だからではありません。イランがある種の民主国家だからこ
そ、こうした強硬派が出てくる、そのシステム自体を見てゆかねばならないのではな
いでしょうか。
それは、イランの世論が強硬で反米ポピュリズムに舞い上がっているからという意
味ではありません。大統領自身が「普通の人々は善」と言っている通りです。むし
ろ、人々の、とりわけ革命前の親米政権のイヤな記憶を持たない若い世代にとって
は、宗教指導者が主導するガチガチの社会運営には反発があるのです。ですが、いき
なり西欧型の自由な社会と文化に移行するのはムリなのでしょう。宗教指導者になど
の上の世代に潰されるということもあるし、それでは自分たちの誇りが保てないとい
うこともあるのでしょう。
ですから、社会制度は穏健に自由化を目指しつつ、外交に関しては対米強硬、そし
て対イスラエル強硬派的な「舌戦」のできる現政権が支持されてしまうのです。意外
に思う方も多いかも知れませんが、日本の小泉政権が「規制緩和と構造改革」を「ナ
ショナリズム」とをセットにして提出することで、様々な階層の取り込みを図った構
図に似ているとも言えるのでしょう。内政上の困難に対する改革を押し通すために
「ナショナリズム」を強引にセットメニューにして他に選択肢を与えない、そうした
形で旧世代新世代の双方を取り込んで、民主主義のシステムから信任を取り付けてし
まう、これも一種の「ねじれ」です。
その意味で、イランの現状は、同じ反米であってもベネズエラのチャベス大統領と
は構図が違うように思います。チャベス大統領も今回の国連総会に出席のためにNY
入りしていますが、こしらもブッシュ大統領を「悪魔」と呼んだ総会演説、更に木曜
日の21日には、NY市のハーレム地区で演説して同じくブッシュ大統領のことを
「元アルコール中毒患者」と名指しするなど反米姿勢は徹底しています。
ですがベネズエラの問題は、イランほど複雑ではありません。石油収入を国有化し
ながら、農業問題、医療や福祉の問題では社会主義的な政策を取っているチャベス政
権は、外交でも反米、親キューバという形で一応の筋は通っています。石油収入を資
本に付加価値創造型の産業を興して社会を安定させる努力がなければやがて政権は行
き詰まるとは思いますが、少なくとも「ねじれ」た分かりにくさはないように思いま
す。
今回の国連総会ではこの二人だけでも話題性は十分だったのですが、そこにタイの
クーデターというニュースが飛び込んできました。それにしても、タクシン暫定首相
が国連の会議に参加するためにNY入りしていたタイミングを狙って軍部が動くとは
意外でした。このクーデターは、直後から国王の意向を受けてのものであり、不正蓄
財などの理由でタクシン暫定首相は民心を失っていたので、ある意味は政治の正常化
だというような解説が日本でもアメリカでもされています。
では、タイの場合は民主主義が未成熟であって、国王の精神的主導による「途上国
型独裁政権」で当面の成長を期せば良いのでしょうか。私はそうは思いません。タク
シン政権の特徴である「ダイナミックな産業誘致」と「地方振興策」のセットを今後
も続けていくためには、個別の選択肢に関して民意を問うシステムが必要です。その
点ではタクシン氏自身がより強固な権限を手にしようとしていたフシがあり、決して
褒められた話ではないのですが、そのタクシン氏を失脚させたのが、結局は軍部であ
って、その軍部自体の政権担当能力(複雑な利害調整)は未知数であるくせに、政党
活動を停止しているのですから、無責任な話です。「ねじれ」以前のレベルでしょう。
経済規模に応じて社会は複雑化します。そうして利害調整も面倒になってきます。
そうした複雑さを受け止めるのは「イザとなったら国王に詫びて判断を仰ぐ」などと
いう間の抜けた話ではなく、精度の高いジャーナリズムが世論の判断力を養い、その
民意がちゃんと判断に責任を持つようになってもらわねば社会は回らないでしょう。
腐敗したタクシン氏に対して、プミポン国王が大所高所から救国の宮廷革命に動い
た、などということで国際社会が納得していては困ると思います。今回の騒動を教訓
に、より精度の高い意思決定システムの構築へと進んでもらわなくてはなりません。
それでも、タイは押しも押されぬアジアの主要な産業国です。もう少しドタバタは
するかもしれませんが、社会が大きく後退する可能性は少ないでしょう。ですが、同
じアジアにあって、パキスタンの政治は混迷を深めています。ムシャラフ大統領の苦
悩はいつもでたっても終わりません。親米を貫きつつ、インドとの緊張関係も緩和へ
向けて取り組んでいるムシャラフ大統領は、一見するとソフトタッチな人物ですが、
実は1999年のクーデターで実権を掌握後、一度も選挙の洗礼を受けていません。
パキスタンの場合は、選挙を行えばただちにムシャラフは失脚するであろうと言わ
れています。宗教的に保守的な地方部族を中心に、全国で反米の機運が高まっている
からです。最近でも、地方を中心に「レイプの被害を受けた女性が十分な証人を集め
られなければ、逆に姦淫の罪で処刑される」という悪しき慣習法に対して、ムシャラ
フ大統領は法の整備による被害者救済を提案したのですが、議会に否決されています。
勿論、そんな非常識な「古法」を世論の全てが支持しているわけではないのでしょ
う。ですが、ブット首相親子などの「西欧派」の統治が決して成功せず、むしろ彼等
の腐敗した姿が世論に対して「西欧的なもの」への極端な拒否反応を残しているとい
う要素が大きいのだと思います。
ブッシュ政権は、「オサマ・ビンラディンの逃亡をこれ以上許さない」として、仮
にパキスタン=アフガニスタンの国境地帯で、ビンラディンの潜伏場所に関して有力
な情報があった場合は、「米軍をパキスタン領内に展開させる」と宣言しています
が、万が一そんな事態になってパキスタン領内で多くの人間が巻き添えになり、結局
ビンラディンは発見できなかったりすればムシャラフ政権は吹っ飛んでしまうでしょ
う。
極論を言えば、「民意を問えば国際社会から孤立する」という厳しい「ねじれ」が
そこにはあるように思います。そのムシャラフ大統領も、今回の国連総会に合わせて
NY入りしています。報道では、ムシャラフ大統領は、アーミテージ前国務副長官か
ら「タリバン攻撃を支持しないと空爆して(パキスタンを)石器時代に戻してやる」
と脅されたという発言が世界を駆け巡っていますが、その一方で、ビル・クリントン
の主催するクリントン財団のキャンペーンに参加していたことは余り報道されていま
せん。このキャンペーンは「全世界の人々に安全な飲み水を」という運動で、クリン
トンはブッシュ大統領のローラ夫人まで引っ張り込んで、大々的に運動を進める構え
です。
実はローラ夫人の方は、同じように「全世界の子供たちの識字率を上げよう」とい
うキャンペーンをスタートさせていたのですが、同じような善意の運動でも「識字
率」となると文化や宗教の問題から「押しつけがましさ」が出てしまいます。ですが
「安全な飲み水」となると。これは立場を越えたものになりますし、仮に成果が出た
場合はまずその地域の誰もが感謝するでしょう。飲み水というのは、価値観を越えた
普遍的な需要だからです。
例えばムシャラフのような立場を支援し、将来的には彼のような現実派が公選でも
支持されるようになるには、西側からの援助は「識字率」ではなく「水」のほうが有
効、クリントンの発想法はそういうことなのでしょう。気の遠くなるような話です
が、「ねじれ」を解いてゆくには、そうした努力を一歩一歩してゆくしかないという
ことでしょうか。
その意味では、今回の安倍政権誕生というのは「ねじれ」を複雑にしてゆくのでは
なく、むしろ「ねじれ」の解消に向かうような性格があるのではないでしょうか。小
泉政治における「ナショナリズム」と「構造改革」のセットから「ナショナリズム」
と「挙党一致の既得権調整」のセットへの静かなシフトがそこには感じられます。
「再チャレンジ」というスローガンも、格差対策の微調整を政治主導で行うというこ
とに違いありません。
小泉流の世論対策の実に巧妙なところは「改革」の中に「既得権益の打破」という
メッセージを入れたことでした。そのカタルシスが世論に心地よかったのは、単に
「既得権者への復讐」ができるということだけではなく、自由な競争によって日本社
会ではあり得なかった「機会の均等」と「公正な競争」の恩恵を受けることができる
というムードを演出したためだと思います。
実際は、余りにもバカバカしい一部の規制が緩和されただけであり、公正な競争と
いっても大きな企業や資産家のまとまったお金が、グローバリゼーションの波に乗っ
て国境を出入りする際に都合の良い「自由化」がされただけに止まったように思いま
す。実際はこの先に本当の意味での小さな政府と自立した個人による機会の均等が実
現されていくべきなのですが、それは全く手付かずのままでした。
そして安倍政権スタートのムードには、この「機会均等」とか「自立した個人」と
いうキーワードは見事に消えてしまっています。いわばなし崩しに政策が変わってい
くことになりそうなのです。規制緩和に伴う自立した個人を鍛えるのではなく、格差
の中で改めて弱さを感じつつある個人を国家に依拠させながら、それでも政権を批判
してくる「異端としての知的強者」をワイドショー的な集団の情緒で切り捨ててゆ
く、そんな政治手法になることが懸念されます。同時に永田町の中では、守旧派的な
勢力との妥協が図られていくことでしょう。
規制緩和で経済が活性化されれば、国境を開き自信を持って国際社会に打って出る
ことができるはずです。実力主義によって一人一人の能力が正当に評価され、機会が
与えられれば人材活用も進むでしょう。小泉政治はそうした改革が、守旧派の強力な
抵抗に遭うことを計算して「保守層に受けるナショナリズム」を強引な「政策セット
メニュー」とすることで乗り切ってきたのでしょう。そこに「ねじれ」があるとした
ら、それは「機会均等+国際協調」という形で解消すべきであって「挙党一致の利害
調整+ナショナリズム」という形への「ねじれ解消」では高度な産業社会の活力には
ならないように思うのです。
村上編集長が月曜日版の寄稿家のみなさんに出した質問を、私なりに考えてみたの
ですが、こうした「民意を問うことのない政治姿勢のなし崩し的な変更」に対して
は、竹中平蔵氏や宮内義雄氏が去ってゆくのは実に当然のことだと思います。いずれ
にしても、これからの政治の季節に、政治がどのような選択肢を提示できるのか、日
本の民主主義はそこに掛かっていると言えるでしょう。
中間選挙という形で政治の季節を迎えるアメリカはどうでしょう。現在、政治のパ
ワーゲームを大きく変えようとしているのは、他でもないイラク問題です。先週お話
したように、民主党は基本的には撤退論、共和党は駐留継続という色合いの中、軍か
らは「名誉ある撤退」をという空気が出てきています。これを受けて、各メディアは
「イラクからの撤兵は敗北を意味するのか?」という質問を世論調査に入れているの
ですが、60%以上の人が「撤退は敗北ではない」という何とも無責任な回答をして
いるのです。
勝手に勘違いで始めた戦争の結果、その国のインフラとパワーバランスを破壊して
しまい、その結果、何が起きているのか知る努力もしないで「負けたわけではない」
から止める、というのは責任不在としか言いようがありません。駐留継続論者の方も
「既定路線を変えない」とか「イラクでテロリストに勝たせたら必ずアメリカが攻撃
される」とこれまた想像の域を出ない話ばかりです。
ある意味では、タイにしても、日本にしても、あるいはベネズエラやパキスタンに
しても、イランにしても、それぞれの国にはそれぞれの問題があり、必ずしも民主主
義が十全に機能しない中で、様々な「ねじれ」や「選択肢の不足」に苦しんでいます。
ですが、どの国も民生の向上という大きなテーマと格闘していることには変わりませ
ん。
ですが、アメリカの場合は、イラク問題という「訳の分からないお荷物」を抱え込
み、国論を二分しながらその双方が具体的な解決策を持っていないという奇っ怪な状
況になっています。つまり「ねじれ」や「セットメニュー」で選択肢が限られている
のではなく、選択肢がゼロという事態なのでしょう。
私は今年11月の中間選挙までに共和党では「ポスト・ブッシュ」の大統領候補が
漠然と名乗りを挙げてゆく中で、「反ブッシュ」のムードが与党内に生まれ、それが
中間選挙を戦う活力になるのではないかと思っていました。ですが、水面下はともか
く投票まで一ヶ月強となった現時点では、そこまで具体的な動きはありません。
それどころか、テロ容疑者への「尋問テクニック」をジュネーブ条約の解釈変更で
乗り切ろう(要するに拷問の合法化)という問題で、ブッシュ政権と鋭く対立してい
た共和党議会も、21日になって腰砕けになり、ホワイトハウスとの間で曖昧な妥協
に走りました。「大統領と与党がケンカしていては選挙が戦えない」というのが理由
ですが、私には逆効果ではないかとしか思えません。
政治に活力がない理由はイラク問題だけではありません。内政の論議も暗礁に乗り
上げているのです。巨額の財政赤字、移民問題、産業空洞化、環境問題、どれ一つ取
っても、アメリカの改革は進んでいません。そして、とりあえず世論の過半数から信
任の得られそうな「選択肢のセット」も絞り切れていないのです。民主主義の総本山
を自認しているアメリカですが、その足下の民主主義が意思決定能力を失いつつある
のではないでしょうか。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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JMM [Japan Mail Media] No.393 Saturday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】 <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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