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2006年7月1日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.381 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第257回
「グレースランド外交の意味するもの」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第257回
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「グレースランド外交の意味するもの」
ブッシュ=小泉の日米首脳会談の中でも、これほどまでに話題にならなかった会談
は初めてです。例えば、2006年6月29日の午前中には、来日中の小泉首相と
ブッシュ大統領がホワイトハウスで日米首脳会談を行い、合同記者会見もあったので
すが、その日の午後の時点では、全米の「ヘッドライン」は次のようなニュースで占
められていました。「大雨によるデラウェア川流域の洪水被害」「グアンタナモ基地
収容のテロ容疑者に対する軍事法廷適用は違法との最高裁判断」「国旗損壊の禁止条
項を加える憲法改正案、上院で否決」「連銀のバーナンキ長官、穏やかな0.25%
の利上げと、インフレ警戒のコメントを合わせて発表」。
そんな中で、首脳会談や記者会見は、ほとんどニュースにならなかったのです。そ
の晩は、ホワイトハウスでの「準ステート・ディナー(公式晩餐会)」が行われたの
ですが、こちらもTVではほとんど扱いはなく、その晩のニュースといえば、元アイ
ドルのブリトニー・スペアーズが第二子を妊娠して「妊婦写真」を公開したという
「芸能ネタ」がトップ(例えばMSNBC)という状況でした。
夜の遅い時間になると「オサマ・ビンラディンがアル・ザカルウィの後継者の存在
を匂わしたメッセージビデオ」が出現したというニュースが流れ、結局三大ネット
(CBS、NBC、ABC)も三大ニュースチャンネル(CNN、FOXニュース、
MSNBC)も「小泉歓迎晩餐会」には触れずに終わりました。
この日のニュースとして最も大きかったのは、「グアンタナモ基地収容者への軍事
法廷適用」問題で、小泉訪米という「それなりに大きなイベント」は、このニュース
に吹き飛ばされた感がありました。29日のニュースの中で首脳会談について出てき
たのも、このニュースの絡みだけで、例えば「違法判決」へのブッシュ大統領の反論
は、他でもない小泉首相との合同記者会見の席上で行われました。ブッシュが「自分
はグアンタナモの収容所は閉鎖の方向で考えているが、それとは別にこの判決によっ
てこれまでテロリストを拘束してきた政策を変えるつもりはない」と反論しているシ
ーンで、背景に星条旗と日章旗が映っていたのです。
もう一つは、トニー・スノウ報道官によるホワイトハウスの定例会見です。スノウ
報道官は、違法判決をどう受け止めるのか、という記者団の質問に反論する形で、
「とにかく大統領の反テロ政策は世界の多くの国で支持されているんです。例えば、
現在首脳会談が行われている日本の小泉政権がそうです」と、こちらも「違法判決」
の文脈の中での言及でした。
そんなわけで、首脳会談に関する報道は低調でした。とりわけ、日本側では大きく
取り上げられていた「北朝鮮のミサイル」や「日中関係」の問題など、具体的な会談
の内容についてはTVでは全く報道されていません。
これに対して、翌日のテネシー州メンフォスにあるエルヴィス・プレスリーの邸宅
「グレースランド訪問」については扱いが大きく、首脳会談よりもこちらの方がメイ
ンという印象です。特に熱心だったのがFOXニュースで、これにMSNBCが続き
ました。CNNは朝のうちは冷淡でしたが、訪問の様子のVTRが公開されるとトッ
プ扱いをしています。
セキュリティ上の事情からでしょうか、実際の移動や訪問が行われると、それから
1時間程度を経て合同取材のVTR映像が「解禁」になるという手順になっていたよ
うです。まず午前中のうちは、ワシントン郊外のアンドリュー空軍基地に両首脳とロ
ーラ夫人がヘリで降り立ち、そして大統領専用機の「エア・フォース・ワン」に乗り
込むシーンだけが公開されていました。
この時点からFOXニュースは熱心に報道を始めていました。グレッグ・ケリーと
いう記者がメンフィスの「グレースランド」前から中継をしていて、ほとんど15分
おきに「エア・フォース・ワン」の搭乗シーンを交えながら今回の訪問の背景を説明
していました。
「とにかく、小泉首相のエルヴィス好きは大変なものです。ご本人も『マニア』と公
言していますし、何しろ誕生日がエルヴィスと一緒の1月8日生まれだし、自分で
歌ったエルヴィスの歌のCDを私家版として作ったりすごいんです。今回の訪問は、
そんな小泉首相に対してブッシュ大統領が自ら招待したものです」
ケリー記者のコメントは、こんな調子でした。この日になると「イスラエル軍のガ
ザへの攻撃」「フロリダでの少女殺人容疑者裁判で、弁護人の立ち会いのない自白が
不採用になり保安官が激怒」、更には「デラウェア川の増水による洪水被害拡大」と
いった深刻なニュースが「ヘッドライン」を占めていたのですが、「小泉、ブッシュ
のグレースランド訪問」の話題に切り替わるたびに、キャスターの顔は何とも言えな
い「ゆるんだ」表情になる、それが何度も繰り返されていました。
各局が報道に力を入れ出したのは、両首脳の「グレースランド到着シーン」のビデ
オが解禁になったあたりからで、プレスリーの奥さんであったプリシラさん、長女で
歌手として成功しているリサ・マリーさんがローラ夫人を含む3人を出迎えている光
景は、各局が取り上げていました。
FOXはその後も熱心に報道を続け、「コイズミさんは、邸内で『ラブ・ミー・テ
ンダー』を歌ったらしい」というような情報が流れるたびに、詳しく紹介していたの
です。その約1時間後になって「邸内」での両首脳の様子が公開されると、各局は一
気にこの「ネタ」に飛びつきました。
公開された内容は、両首脳にローラ夫人、そしてプリシラさん、リサ・マリーさん
が並んでポーズを取っているシーンに加えて、小泉首相がエルヴィスばりの大きなサ
ングラスをかけて、踊っているシーン、そして噂のとおり『ラブ・ミー・テンダー』
を歌っているシーンなど、なかなか「ビジュアル効果」のある映像だったのです。
30日のお昼過ぎには、こうした映像が各局のニュースを通じて何度も流されまし
た。CNNインターナショナルなどは、用意しておいた取材映像、つまり「日本でプ
レスリーの格好をしているファンの声」や「今でも発行されている日本のプレスリー
のファン雑誌」なども交えて、相当に大きな扱いでした。
アメリカの報道姿勢としては、「東洋の異文化、異民族が、最もアメリカ的な文化
の一つであるプレスリーにここまで心酔してくれている」というのを見せつけられる
と「悪い気はしない」というのが正直な実感のようです。その意味で、「エア・フォ
ース・ワンを飛ばすのは税金の無駄遣い」という非難はとりあえずはないでしょう。
他国の首脳が自分の大統領と「仲良くしてくれている」シーンというのも、実は珍
しいことなので「イヤな感じ」ではないようです。親ブッシュ、反ブッシュを問わず、
漠然とアメリカは欧州や中国、ロシアなどから嫌われていて「淋しい」という感覚が
あり、小泉首相がここまで「親アメリカ、親ブッシュ」をやってくれるのは、どこか
安心させるものがあるようです。
先にも書きましたが、イヤなニュースばかりの中で「微笑ましい話題」という印象
があります。FOXの午後の番組の「顔」、マーサ・マッカラムやビル・ヘマー(二
人ともFOXにしては中道寄り)などの実力派のキャスターも、そんな反応をしてい
ました。
今回のタイミングでは「グアンタナモ違法判決」の重苦しい空気が重なっています。
CNNでアナリストが言っていたのですが「テロリストへの軍事法廷適用は国際間の
法律問題」としてアメリカとヨーロッパとの対立要因になっていて、この問題でもア
メリカは「孤立感」を感じているそうです。そんな中「反テロ戦争の全面的な賛同者
(スノウ報道官)」である小泉首相の存在、そして「グレースランド」での友好ムー
ドは、「安心させられる」ニュースというわけです。
ところで、オーソドックスな外交の考え方では「国際親善は相互主義」が厳格なタ
テマエのはずです。ですから、小泉首相がプレスリーに心酔しているのなら、ブッ
シュ大統領も同じような「情熱」をもって日本の文化を称揚するべきでしょう。です
が、そんな気配は全くありません。
では、アメリカでは「小泉首相が一方的にアメリカ文化にかぶれていて、ブッシュ
大統領が日本を尊敬していないのは失礼」というムードがあるのかというと、それは
ゼロだと思います。それはアメリカが「自国の文化が一番偉い」と思っているからで
はなくて、「外国の文化を理解したり、称賛したりする」ような「高級な」ことは、
ブッシュ夫妻には期待されていないということだと思います。
その意味で、サングラスをかけて踊るような「バカなことのできる」小泉首相に対
して、それを「微笑ましく見ている」ブッシュ大統領の方が「偉そう」に見えるとい
う印象はありませんでした。その延長で「小泉=ブッシュのポチ」というような、日
本で言われているイメージはありません。この日の報道で見る限り、小泉首相はバカ
にされるどころか、十分に興味を持たれ、ある意味では「顔の見えない日本人」とい
うイメージを覆したとも言えます。
ですが、私に言わせれば、これだけの関係を築いたのだから、お互いにもっと言い
たいことを言い合うべきだと思うのです。小泉首相はブッシュに「京都議定書」の再
考を迫るべきだし、ブッシュは父の従軍経験などを引き合いに出しながらアメリカの
「靖国問題をめぐるホンネ」を教えて小泉首相を諭すべきだと思うのです。イラクに
関しては、それこそお互いに「どこがマズかったのか」という、今更ではありますが
反省をする必要があるのでしょう。
もっと言えば、この「グレースランド外交」にはそれぞれの国の人々の姿はありま
せん。あくまで首脳の個人的な交友に過ぎないのです。ただ、TVなどを中心に「首
脳であっても喜怒哀楽のある人間だ」という「親近感」を演出すると、それだけ信用
が増すという奇妙な文化があるだけで、そこには本当の意味での民意反映はないとい
うべきでしょう。
この「グレースランド訪問」とほぼ同じ時間帯に、ベルリンではW杯の「ドイツ対
アルゼンチン」の死闘が繰り広げられていました。審判の判定がやや地元贔屓のよう
に感じられた以外は、とにかく好ゲームでしたし、運動量が尽きる中でのPKを勝つ
戦術という意味では、色々と考えさせるものがあったように思います。ですが、私に
は勝利に躍り上がるメルケル首相の姿が印象的でした。
国を代表するチームの勝利に首相と群衆が一体となって興奮している姿は、ナショ
ナリズムに他なりません。また敗北を認めたくないようなアルゼンチンチームの言動
などは見苦しいとも言えるでしょう。ですが、民意と離れたところで「グレースラン
ド外交」などをやっている日米に比べれば、サッカーで身体をぶつけ合いながら思い
きり泣いたり笑ったりしているW杯の外交の方が私には健全に見えました。
とにかく問題なのは、この「グレースランド外交」が「ブッシュ=小泉」の終わり
であって、その後の日米関係に関しては全く白紙ということだと思います。奇しくも
同じ6月30日に、「モノ言う株主」で有名なカーク・カーコリアン氏が「日産=ル
ノー連合によるGMへの資本参加」に期待するという発言が市場を駆け巡りました。
仮に日産とGMが接近することになれば、日米の経済関係はまた別の時代を迎えてい
きます。アメリカの経済や雇用に日本が大きな責任を持つことになるからです。
現在の日米関係の成熟度では、そうした事態は荷が重いのかもしれません。ですが、
希望を感じさせる兆候はあるのです。例えば、大リーグに来る日本人選手にしても、
井口資仁、田口壮、城島健司のように自身の喜怒哀楽とコミュニケーション技術で深
くチームに根を下ろし、試合を引きずり回すような選手が活躍するようになりました。
もっともっと、人と人がホンネでぶつかり合いながら、一緒に問題を解決してゆく
大人の関係、そうした意味では現在の日米関係は全く未熟です。「地球規模の同盟」
でも何でもありません。その意味では、個人の思いつきと、バラバラの懸案について
政治的な貸し借りをすることだけで成り立っていた「ブッシュ=小泉」のような
「チャチ」な外交が終わってゆくのは良いことだとも言えるのでしょう。日米関係は、
ここから先の成熟が非常に大切であると思います。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学
大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
近著『「関係の空気」 「場の空気」』(講談社現代新書)
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JMM [Japan Mail Media] No.381 Saturday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部(2005年8月1日現在)
【WEB】 <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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