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2006年6月17日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.379 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第255回
「サッカーという鏡」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第255回
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「サッカーという鏡」
サッカーというのは恐ろしいスポーツです。わずか90分強の試合の中に、11人
が代表している社会の特性を鏡のように映し出してしまうように思えるからです。勿
論、そのような解説が100%正しいわけではなく、あくまで比喩的なストーリーに
過ぎないのですが、与えるイメージが鮮烈であって国内外への影響力が大きい以上、
その「鏡に映った姿」をたどっていくことも必要なのではないでしょうか。
それにしても12日の月曜日、日本の豪州戦、アメリカのチェコ戦の2試合が、そ
れぞれが3点取られての敗戦という結果になるとは誰が予想したでしょうか。私は正
直申し上げてその日一日、いや36時間ぐらいは落胆した気分を引きずってしまいま
した。まるで鏡のように、この2試合は日本とアメリカの社会を映し出していたよう
に思ったからです。
ですが、アメリカの問題に比べれば日本の方は軽傷だとも言えるでしょう。豪州戦
の敗戦理由は極めて具体的で、しかも修正が可能な質のものだからです。それは誤審
へのメンタルな対処技術の不足です。豪州戦には明らかな誤審が二つありました。い
やこの二つに限らず試合の全体を通じてアブドルファタハ主審の技術は低く、ゲーム
のクオリティを大きく損なっていたと言うべきでしょう。
日本人には「判定は客観的に正確でなくてはならない」という信仰があります。宗
教色を残した伝統スポーツである大相撲でも「ビデオ判定」が採用されていることか
らみて、「客観的な判定」への信仰は相当に強いと言うべきでしょう。プロ野球にお
ける監督などの度重なる抗議や審判への暴行も、自軍に有利な判定を引き出したいと
いう気持ちに加えて、「本来は絶対正確であるべきなのに間違えやがって」という怒
りの感情がコントロールを失う原因になっているのだと思います。
怒りをコントロールしなくてはいけないというケースは自軍に不利な誤審の場合で
す。その場合は「悪いのはアンタの方(敵軍と審判)で、俺達は正当なんだ」という
感情を持つことになり、それはそれで勝負事を進める上で悪いことでありません。で
すが、今回の豪州戦は逆でした。前半26分の中村選手のゴールは、あれは明らかに
誤審であり高原選手が敵GKと接触していた度合いとタイミングを考えると「ノーゴ
ール」という見方が常識的でしょう。
日本向けの中継ではこの問題に関してどのような解説がされていたかは分かりませ
ん。ですが、少なくとも米国のESPN2の中継映像では、やや一方的な豪州びいき
のコメントは別にしても、その瞬間から会場を覆ったブーイングや、豪州サイドの表
情などから見て、ピッチ上に「あれは誤審じゃないか」というムードが明らかであっ
たように見えました。
そのムードは日本の11人にも伝わっていたのは明らかで、2点目3点目がなかな
か取れなかっただけでなく、終始豪州の攻撃陣に押されぎみであったのも、この「重
苦しさ」のためだったのではないでしょうか。では、この「誤審により1点もらって
しまった」事態が招く「重苦しさ」にはどう対処したら良いのでしょう。それは「重
苦しさ」の質を理解することでしょう。
まず審判を見極めることです。世界中のあらゆる球技における審判は大きく5種類
に分けられると言って良いでしょう。(1)技術が正確で誤審が極めて少ない。(2)誤審
はするが、散発的。(3)誤審の結果を隠すために、不利になった側に有利な「お返し」
をしてバランスを取ろうとする。(4)誤審だらけで話にならない。(5)誤審以前の問題
として明らかに一方に有利な判定を続ける。さすがに(4)(5)は問題外ですが、残念な
ことに(3)が圧倒的に多いのが実情です。
日本はアブドルファタハ主審が(3)ではないか、つまり「日本に1点やったお返し」
の判定を豪州に与えるのではということを警戒しなくてはなりませんでした。そこで
取るべき姿勢は「ファウルを取られないよう細心のプレーを行う」、「審判に対して
好印象を持たせる」というのが基本であり、そのような警戒の姿勢を取り続けること
で「1点に浮かれない」そして「間違っても1点を守りに行かない」というメンタル
な自己暗示、つまり「高度な平常心」を維持することがテクニックとして有効だった
のではないでしょうか。
この自己暗示は、敵に対する対策としても有効だと思います。敵の方は「ひどい判
定で1点負けている、コンチクショウ」という怒りを前向きに転化し、「審判が味方
してくれないなら文句なしの攻撃で2,3点もぎ取ってやる」という執念を燃やして
くるはずです。まして今回の相手の監督は人間心理に通じたヒディング氏なのですか
らハーフタイムには巧妙な弁舌で選手の闘争心を煽ってくるに決まっています。
そうした敵の心理を「プラスの闘争心」にしてしまうのか、「焦りというマイナス
の感情」に追い込むのかは、正に相手=日本側の姿勢にかかっているわけで、それゆ
えに「高度な平常心」が求められたのではないでしょうか。もう一つこの試合には
「高度な平常心」が求められる局面がありました。それは後半同点に追いつかれた直
後に、駒野選手がペナルティエリアで倒された事件です。
アブドルファタハ主審はここで露骨な「お返し」をしてしまいました。何とPKが
与えられなかったのです。この「お返し」に対してはどう受け止めたら良いのでしょ
う。ここで「ひどいじゃないか、PKのはずだよ」と落胆したり、怒っていてはダメ
なのです。「これで貸し借りなしになった」とスッキリ爽やかな顔で審判に好感を与
えつつ、平常心を更に高度に高めて相手を圧倒するような自己暗示をかけるべきだっ
たのでしょう。
勿論、TV観戦をしているだけの私が百戦錬磨の代表選手達に「高度な平常心」な
どという説教をするのは筋違いかもしれません。ですが「誤審への対処」という発想、
特に「得をしてしまった」ケースや「その後でお返しをされた」ケースでの、審判や
相手チームとの心理戦の戦い方というのは、テクニカルな視点から議論されるべき問
題だと思うのです。
ちなみに「誤審を受けた場合のメンタル面のマネジメント」という問題はサッカー
に止まりません。「貸しを作っておきながら」対米戦を結局落としてしまったWBC
の代表チーム、「写真判定」などということに指揮官がこだわった揚げ句に交流戦を
ズルズルと負け続けた今年の読売ジャイアンツの例などを考えてみると、日本のスポ
ーツ文化の中では、明らかに技術的な課題とすべき問題だと思います。いずれにして
も、日本チームは敗戦の後遺症はないようで、クロアチア戦には大いに期待すること
にしましょう。
修正の必要な点が具体的である日本に比べると、チェコに対して3対0という負け
方をしたアメリカの場合は事態ははるかに深刻です。何よりもアメリカにはサッカー
への関心がなく、サッカー文化というものが根付いていません。4年前の日韓大会の
際にこの欄でご紹介したインタビューの中で、アメリカのプロサッカーリーグMLS
の幹部の方が嘆いていてように、サッカーはメジャーなスポーツとして認知されてい
ないのです。
その原因は実に多岐にわたっており、根深いものがあります。折角ですから列挙し
てみましょう。
外国のことを知らない。
例えば「スポーツ・イラストレイテッド」誌にスティーブ・ルーシンというライタ
ーが『正しいのは世界で、我々は間違っている』という笑えないコラムを書いていま
したが、その中で「ドイツのカイザーシュラウターンで、パラグアイがトリニダート
・トバコと戦う、などという話を聞くと、アメリカ人には地理の試験を受けさせられ
るような気分になってしまう」と言っています。要するに世界とは何かが分からず、
世界で戦う感覚もないということです。
サッカーは女子のスポーツだと思っている。
例えば今回大会の放映権を持っているESPN/ABC(いずれもディズニーの一
部門)の、中継メインキャスターはジュディー・フォウディーという女性の元スター
選手です。なぜ女性の元選手がメインキャスターになるのかというと、男性の元選手
で知名度のある人物はいないからです。高校や大学などでも、女子サッカーは花形ス
ポーツですが、男性の方はメジャーではありません。
サッカーは「秋の」子供のスポーツだと思っている。
女性に加えて、サッカーは子供のスポーツだと思われています。5歳から12歳ぐ
らいまで、つまり「本格的にアメリカンフットボールをやる前の年齢の運動量づくり」
という位置づけでしょうか。「秋」というのは、とにかく「春」は野球、「冬」は
フットボールかバスケ、と相場が決まっていて、その前に「走っておく」ためのスポ
ーツ程度に考えられているからです。
サッカーは、金持ちのスポーツだと思われている。
アメリカのサッカーは、公営の豪華な芝生の練習場に、巨大なミニバンを運転する
専業主婦に連れて来られる「金持ちの子供」のスポーツというイメージがあります。
ですから、ストリートサッカーというものはありません。草の根の広がりはないので
す。
アメリカンフットボールの悪影響がある。
そうした子供のサッカーで親達はどんな声援をしているのかというと、とにかくア
メリカンフットボールの影響でサッカーを曲解しているムードがあるのです。まず
「ガーン」とぶつからないと「詰まらない」と思われ、静的なフォーメーションを思
い描いてしまうために「MFがシュートを打つのはダメ」となります。更に一つのボ
ールを大勢の敵味方がダンゴ状態になって取り合うと「ヨーシ、プッシュだ」などと
勘違いも甚だしい声援が飛ぶ、敵に突進しないでパスを回すのは「卑怯」で、まして
や後ろに回すのは「自殺行為」とまあ観客がここまで誤解しているのなら代表チーム
に強くなれというのがムリでしょう。
バスケやホッケーの悪影響もある。
GKがパンチで逃れた球をバスケ用語から「リバウンド」と呼ぶ人が多く、FWに
は「リバウンドを狙え」という訳の分からない声援が飛ぶ一方で、GKは「リバウン
ド」を恐れてパンチをせず、ムリにシュートを取ろうとして取れずにこぼれ球をやら
れる、そんなシーンも子供のサッカーでは多く見かけます。またキックオフの際にボ
ールを回さずに、相手のDFめがけて深く打ち込んでしまい守備の起点にしても平気
なのは、ホッケーの影響のようです。
くそ真面目で上品なスポーツだと思っている。
ルールで当たったらダメ、となっている以上は本当に当たってはダメだと思ったり、
ヘディングは子供の脳に悪いからと高校生になるまで練習を一切させない(その結果
として正しいヘディングが学べないことになります)一方で、スローイングの姿勢や、
場所についてはやたらに厳格だったりするのです。
とまあ、アメリカ人がサッカーを知らない、あるいは誤解している理由はたくさん
あるのですが、以上はまあ修正可能と言えば修正可能な問題です。ですが、12日の
チェコ戦とその後に露呈した問題は、もっと本質的なものでした。それは動けない選
手と、任せられない監督という組織の欠陥です。
まず選手の側には「自分たちの役割」という束縛があるのです。これもアメリカン
・フットボールの悪影響と言えるのかもしれませんが、前述した「MFがシュートを
打ってはいけない」とか「DFが上がってはいけない」という思想が典型的なもので
す。勿論、代表チームのメンバーは、ほとんどが欧州リーグでプレーしていますから、
近代サッカーというのはもっともっとフレキシブルなものだと分かっているはずです。
ですが、アメリカ人だけで固めて国旗を背負ってしまうと、ある種「役割に閉じこ
もる」ような人格の小ささが出てしまうのでしょう。では、アメリカのサッカーや
フットボールでは「他人の領分を犯すな」とか「持ち場を守るのが美学」というよう
な教育をしているのかというと、それは少し違います。違うというのはもっとタチが
悪いという意味です。
それは「他人の領分を犯すのは、他人を尊敬していないからだ」とか「仲間の領域
に出しゃばるのは、仲間を信じていないからだ」という思考方法を叩き込まれている
ということなのです。MFがシュートを打つのは、サッカーの思想からすると「シュ
ートラインが見えたら打つのが当然」であり「FWが好位置にいない、あるいは走り
込めない」場合は、自分で持ち込んでも打っていいのです。
ですが、それはアメリカの「スポーツ哲学」からは「仲間を信じていない、つまり
人間的に最低」となってしまうのです。その馬鹿馬鹿しいほどの「持ち場意識」が、
今回のチェコ戦での敗戦として露呈してしまったのではないでしょうか。チェコの自
在な攻撃と守備のスタイルの前に、何も出来ずにただただ自分の領分に閉じこもって
パスを回すだけという惨めなサッカーになってしまった背景にはそれがあるのだと思
います。
戦後にブルース・アリーナ監督は、そうした本質的な問題を提起したり、次戦以降
に向けて選手を激励したりするどころか、記者会見で各選手を酷評するに至りました。
「ドノバン(FW)は積極性ゼロ」、「ビーズリー(MF)は何もしなかった」、「ケラー
(GK)は何でもいいから敵に向かってゆくべきだった」と言いたい放題です。確かにエ
ースのドノバン選手は、この試合では1本もシュートが打てなかったのですから、
ファンが怒るのは分かります。
でも、監督が感情的になっても何にもならないでしょう。GK批判に至っては
「ディフェンスラインが破られたらGKは飛び出して敵と一対一を挑むのが男だ」と
いう、これまたアメリカのサッカー特有の特攻思想以外の何ものでもありません。と
にかく「自分の領分を守る」行動をしがちな選手と、「結果を求めて叱咤するだけの
マネジメント」、これに加えて様々な列から攻撃を仕掛けてくる敵に切り刻まれては
どうにもお手上げ、というのが実情だと思います。
こうしたアメリカの組織の弊害は、サッカーだけではありません。サッカーが、と
りわけチェコ戦の敗戦が鏡のように映し出すものは、アメリカの社会全体の縮図です。
デパートのレジが混雑して客が長蛇の列になっていても、我関せずを決め込むサービ
ス係などという光景は、日常茶飯です。いやもっと深刻な例では、イラク派遣軍の悲
劇などは正にそうでしょう。
現地の文化にも言語にも通じていない、したがって現地人への親近感も愛情もなく、
ただひたすら死の恐怖におののいている兵士に重火器を与えて、少人数でテロ対策の
パトロールをさせれば、誤殺事件など起きないほうが不思議です。そして問題が起き
た後で「兵士の倫理教育」をするなどと国防長官が怒って見せるのでは、士気など高
まるわけがありません。
これに比べれば、日本の「誤審に戸惑う」文化など小さな問題に過ぎませんし、修
正は十分に可能です。クロアチア戦とブラジル戦を楽しみに待つことにしましょう。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学
大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日からア
メリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(NHK出
版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22> 最新訳に
『チャター ?全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部(2005年8月1日現在)
【WEB】 <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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