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２００６年６月４日付け日経新聞ファミリー経済・エコノ探偵団より転載
ジャムの値段なぜ上がる？ 低公害車の普及が影響
エタノール増産、砂糖減る
「近所の主婦から調査依頼が来たぞ。ジャムが高価になっているそうだ」
事務所のソファで寝入っていた探偵、加江田孝造が所長にたたき起こされ、
あわてて飛び出した。
他の商品の数倍
孝造はまず、東京・銀座のジャム専門店「コンフィチュール・エ・プロ
ヴァンス銀座本店」をのぞいた。赤や黄、緑など色とりどりのジャムが
ガラス容器に入って並ぶ。コンフィチュールはフランス語でジャムのこと。
経営する福田恵美さんは「現地から空輸しています。珍しい材料も多くて
売れ筋はトマトのジャムなんですよ」と解説してくれた。
本場の欧州ではパンだけでなく料理やサラダにも使われるため種類が
豊富で、食材として幅広い需要がある。同店で扱うのは百三十グラム入りの
瓶で千円からで、一般的な商品の数倍。それでも「ジャムのイメージが
変わった」などと周辺で働くOLなどの興味を集める。
次に伊勢丹新宿本店（東京・新宿）に向かう。ここではフランス人
クリスティーヌ・フェルベール氏の商品が人気の的。イチゴとコショウ、
リンゴとキャラメルなど素材の意外な組み合わせが特徴で、こちらも二百
二十グラムで約千五百円と高めだ。
食品営業部バイヤーの上野奈央さんは「おかげで昨年度のジャム
売上高は前年比で約一割伸びました。パティシエ（菓子職人）ブームが波及
して、高いジャムも受け入れられていると思います」と話す。
デフレ下でも上昇
消費者物価指数を調べると、二〇〇五年度は全体で七年連続の下落だった
のにジャムは逆に０．５％上昇。これは総務省がジャムの価格変動を公表し
始めた二〇〇〇年度以来初めてだ。日本ジャム工業組合の事務局長、川手
浩司さんは「コンフィチュール人気など高級化の影響はあるでしょう」
と話す。
孝造も高級ジャムを買い込んで事務所に戻り「高級品が若いOLたちに支持
され、ジャムの価格が上がっているようです」と報告した。すると所長が
むっとした表情に。「買い物以外に何かしたのか。もっとちゃんと調べてこい」
目が覚めた孝造は、再びジャム工業組合を訪ねた。「一般的な商品の価格も
上がっていますか」。川手さんはうなずいた。「国内の業者は最近値上げに
動いています。理由は原材料価格の上昇です」
確かにジャム大手のアヲハタは五月出荷分からブルーべリーのジャム八品目を
一割前後値上げしていた。同社製品を販売するキューピー商品開発本部の依田
晃さんに事情を聞いた。「果物の価格が上がっているためです」。
特にブルーベリーが目の健康に良いという評判で世界的に需給がひっ迫、価格は
三年間で七割も上がったという。「企業努力では対応できなくなりました」
スドージャム（長野県松本市）も六月出荷分から一部商品の価格を約一割
引き上げた。常務の佐々木豊輝さんは砂糖の値上がりも理由に挙げる。
「砂糖メーカーは出荷価格を二年間で約二割上げ、コストが増加しました」。
他の食品メーカーも値上げを検討中とのことだった。
「砂糖の値上がりはなぜだろう」。精糖工業会専務理事の堀越孝良さん
に尋ねた。「砂糖の原料、粗糖の最大産地であるブラジルで多くのサトウキビ
が砂糖ではなくエタノール工場に出荷され、粗糖生産が減ったためです」
「エタノールはアルコールだよな。何でだろう」。孝造が建物から出て考えて
いると、目の前に突然イタリア車が止まって窓が開いた。「車だよ、くるま」。
高級ジャムを買った帰りの何でもコンサルタント、垣根払太のヒントだった。
原油高のブラジルで
孝造はすぐ、海外事情に詳しい農畜産業振興機構調査情報部長の加藤信夫さん
に当たった。「ブラジルの車が何か問題なのですか」。すると加藤さん
は「原油高に苦しむブラジルが、国内の農産物から作るエタノールをガソリン
の代わりに使うようになったのです」と教えてくれた。
孝造は、ブラジルで自動車を現地生産するホンダに向かった。四輪南米課の
滝沢一浩さんは「ブラジルでは〇三年からガソリンにエタノールを
混ぜても走れるようにしたフレックス車を欧米企業が投入し、今年は新車販売
の七割を超えています」と説明する。
現地のガソリンスタンドではガソリンが１リットル当たり約二．六レアル
（約百三十円）、エタノールは約二レアルで売られ、エタノールを給油する
ドライバーが多い。農産物から生産するため低公害だとして米国でも注目
され、米メーカーも対応を急いでいる。「当社もブラジルでフレックス車を
投入します」
日本エネルギー経済研究所の研究理事、森田裕二さんによれば
フレックス車の人気はまだ高まる気配を見せている。「ブラジル政府が抑制
に動いていますが、砂糖の相場が高止まる可能性があります」
「原油高が砂糖の価格を押し上げたのか」。国内の砂糖価格も影響を受け、
例えばスーパーのサミットは昨年末に白砂糖を一キログラム当たり十円値上げ
した。ただ、砂糖を使う食品の値上げはまだそれほど広がっていない様子。
和菓子、菓子パンなどではソルビトールなど代替甘味料の「加糖調製品」の
使用を増やし、単価上昇を抑えているという。
「ジャムに代替甘味材料を使えないのでしょうか」。アヲハタ商品企画室長
の宇都宮勝博さんに尋ねると「果物の味との相性で、ジャムには砂糖
を使う必要があるのです」ときっぱり。砂糖価格上昇の影響を最初に受ける
のもやむを得ない側面があるようだ。
「低公害車普及が砂糖相場を押し上げ、ジャムの値段に波及しました」。
所長は納得し、近所の主婦は「他の甘いものは大丈夫なんですか？」と改めて
質問。孝造は「砂糖価格の影響は、結局他の食品にも出てくるかもしれません」
と答えた。（以下略）
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