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□「少女小説」を侮ってはいけない [PJニュース]
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1989451/detail
「少女小説」を侮ってはいけない
【PJニュース 05月22日】− かつて評論家の小谷野敦が、『聖母のいない国』(青土社)中で、『赤毛のアン』について、若い女性に人気のある小説が批評になりにくい事実を嘆いていたが、これは『アン』に限らず、『若草物語』にしても『小公女』にしても同じだろう。あるいは30代より下の世代の読者にとって、これらの作品は日本アニメーションが制作していた「世界名作劇場」枠のアニメのほうが、馴染みが深いかもしれないが、アニメ論においても状況は同様で、「ガンダム」や「エヴァンゲリオン」に関する概説書は数多く刊行されている一方、上記作品について、その「語り」の頻度は圧倒的に少ない。
その理由としては、現実批判の希薄さや、平易な物語構造などが指摘されうるが、要するに小谷野氏の言葉を借りれば、これらの諸作品は「あまりに受け入れやすい」のである。だが、うがった見方をすれば、大衆に支持される「人気作品」が批評界より無視され続けるのは、結局のところ一種の嫉妬や羨望の裏返しなのではないか、といぶかりたくなる。無論、少女小説と呼ばれるジャンルにおいては、そこにジェンダーの問題がからんでくる。女こどもの読むもの(あるいは観るもの)なんて、という感情だ。
『少女小説から世界が見える』(川端有子・河出書房新社)は、そんな偏見より解放されるためには最適の入門書かもしれない。本書では、『アン』や『若草』の中にちりばめられている歴史的コンテクストの豊かさが明らかにされる。例えば、当時、ヨーロッパにおける産業革命を支えていたインドという土地を結節点にして、マロの『家なき娘(アニメのペリーヌ物語)』とバーネットの『小公女』が鮮やかにつながる。また、20世紀初頭に現れた遺伝子レベルの優生学の流行現象を介して、『続あしながおじさん』と『ジェイン・エア』の共通点を探るくだりは、さらにその後のナチズムに至る道筋までをも照射して興味深い。
少女小説といっても、それが紛れもない時代の空気の中で要請された産物である限り、歴史的文脈から自由であるはずはない。低俗な「読み物」として侮るには、注意が必要である。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJニュースはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。
パブリック・ジャーナリスト 山川豊太郎【東京都】
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2006年05月22日07時27分
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