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2006年4月29日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.372 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第248回
「三兆円の意味」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第248回
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「三兆円の意味」
米軍の海外展開の見直し(トランス・フォーメーション)が本格化する中、沖縄に
駐留していたアメリカ海兵隊のグアム移転が現実的になると共に、その移転費用の問
題が政治課題になっています。この問題については、今週、国務省から出てきた三兆
円という金額が、日本では驚きとともに報道されています。ところで、この三兆円と
いう数字は一体何を象徴しているのでしょう。
そもそも三兆円という金額が唐突でした。各新聞社のネット版などで確認した日本
での報道では、そもそも21日からの額賀防衛庁長官の訪米前の時点では、アメリカ
側の主張は「総額100億ドル(1兆2千億円)」で、これに対して日本側は「ゼ
ロ」ただし「融資方式でなら30億ドル(3600億円)」という姿勢だったはずで
す。そのミゾを埋めるために額賀長官がワシントンへ行く、こんな説明でした。
その額賀訪米ですが、その会談前半の合意として23日に発表されたのは「住居な
ど非軍事施設に関しては、融資だけでなく国費投入もありうる」というものでした。
ですが、この日の時点では総額は明らかにされてはいませんでした。この時点では、
とにかく住宅整備費が移転費用中の大きな部分であることと、特殊な民間会社を介在
させることが漠然と報道されていました。
そして、翌日の24日、額賀長官はラムズフェルド国防長官と「防衛首脳会談」を
行い、両国は合意に達したという発表がされました。その内容は、グアム移転総額を
102億7000万ドル(約1兆1900億円)で、日本側はその59%の60億9
000万ドルを負担(但し、直接支出は28億ドルで残りは融資または出資方式)と
いうのです。
さて、その「合意報道」の翌日になって、額賀長官の会談相手の一人である国防総
省のローレス次官が記者会見して「在日米軍再編全体の経費総額は300億ドル(3
兆4000億円)」に達し、その中での日本側の負担総額は「少なくとも260億ド
ル(約2兆9800億円)」だと発表したのです。ただ、その内訳としてはグアム移
転費が60億ドルで(これは前日の額賀=ラムズフェルド合意の通りです)、その他
に日本国内の「再編関連経費」が200億ドル(2兆3600億円)ということのよ
うです。
さて、この三兆円という数字がメディアを通じて一人歩きを始めました。恐らくこ
の先、日本の国会論戦や、ポスト小泉問題なども、この数字への対応を避けては通れ
ないことになるのでしょう。一方で、この間、アメリカの大手メディアは、ほとんど
この問題には関心を示していません。NYタイムスなども、AP電をそのまま記事に
している程度で、そのAP電にしても「日米が金額で対立」という24日の記事、そし
て「三兆円の意味で混乱する日本」という27日の記事にしても日本での報道以上の
内容は特にありませんでした。
さて、この三兆円の意味するところは何なのでしょう。まず、衝撃を与えた25日
のローレス次官の会見では、グアムに関する60億ドルという数字は変わっていませ
ん。ここで加えられた200億ドルという大きな数字は、日本国内の「再編関連」の
経費だというように伝えられています。ということは、この200億ドル(2兆36
00億円)の使途が問題になります。
ところで、この「三兆円報道」に接した小泉首相は、記者団の質問に答えて「アメ
リカの議会対策でしょう」と平然と答えていますが、これは「グアムの合意について
は何も変わっていないが、翌日になって巨額な話を持ち出したのは、そもそも日本の
国内経費を含めて言っているのであって、アメリカには関係のない話。ただグアムの
話と日本国内の話を合わせて日本はこんなに負担することに合意している、という話
にすれば、アメリカ側の負担について議会を通しやすくなる」という意味だと思いま
す。その意味では一応辻褄が通っています。
さて、このローレス会見については、国防総省のホームページによるとフィリップ
・グローンという次官補も同席しています。この次官補の担当は「基地環境問題担
当」なのです。さて、沖縄を中心とする日本国内の「再編関連」として巨額な経費が
必要で、しかも会見には「基地環境」の担当者が出席していたということで、まず考
えられるのは在沖縄の海兵隊基地の跡地では深刻な環境破壊が起きていて、例えば土
壌における毒素の処理に膨大なカネがかかる、というようなことです。(例えば、軍
事評論家の神浦元彰氏が、大田前沖縄県知事から聞いた話として同様の指摘をしてい
ます)
仮にそうだとしたら、どうしてそう発表しないのでしょう。良く考えれば、アメリ
カが駐留していた基地の跡地で、放射能や化学物質を含む土壌汚染が起きていたとし
て、その土地が返還された場合に、その毒素処理に何兆円もカネがかかり、それを日
本が負担しなくてはならないということになれば、日本の世論は納得しないでしょう。
内容の精査を迫っても、軍事機密ということで逃げられ安全性を信ずるに足るだけの
情報公開が得られるか疑問、そんな中で数兆円が消えるということでは、理解しろと
いう方が無理でしょう。
ですが、本当に毒素処理に二兆円以上がかかるのでしょうか。そうではない、とい
うことも考えられます。その中に、在沖縄の戦力の交替として配備される自衛隊関連
の費用も入っているということもあり得る話です。そうなると話は違ってきます。自
衛隊の配備費用ということになれば、これは防衛費です。防衛費が何兆円も一時的に
上乗せされるということになると、日本国内の財源論議も暗礁に乗り上げる可能性も
ありますし、周辺国にも刺激を与える可能性があります。
例えば海兵隊が出て行く代わりに、東シナ海における日本と中国の軍事力は確実に
対峙関係の度合いを増すことになるでしょう。構造としてそうなのですから、その配
備費用を正面切って言うということは出来れば避けたい、そこで「国内関係の再編費
用」としてウヤムヤにしようという発想や、とりあえず環境の話にしようという発想
があるのかもしれません。
ところで、この三兆円の問題は、日一日と既成事実化しているようです。小泉首相
はこの件では「臨時増税はしない」と言ってみたり、自分は退職金を辞退すると言っ
たり、何となく「大きなカネが出ていくのは仕方がない」という雰囲気作りをしてい
るようです。退職金の話は地方の首長に対して「あなた方も辞退したら」とプレッシ
ャーをかけるためだと報道されていますが、この「三兆円問題」も心理的には意識し
てのものだと思います。
仮に環境説も、実質軍事費説も思い過ごしで、純粋に「周辺費用」だとしても、三
兆円というのは大変な金額です。今年度の政府一般歳出の総額が46兆円、そのうち
防衛費が4兆8千万円ということを考えると、その大きさが分かるというものです。
ちなみに、今年度の国の公共事業費は7兆2千億円ですから三兆円というのは、その
四割に当たります。
では、どうしてこんな複雑な話になってしまったのでしょう。アメリカが腹黒いこ
とを考えていて、日本からカネを絞るだけ絞り取ると共に、中国との直接対峙をさせ、
何か危機が起きたときには日本に火の粉を浴びせ、万が一その際の日本の動きが国際
世論に支持されなかった時には、サッサと中国について、日本を切り捨てようとして
いるのでしょうか。
あるいは、グアムという沖縄より南の拠点に、ある種の日本の利害関係を作らせて、
仮にフィリピンの反米ゲリラや、インドネシアで大きなトラブルが起きた際には、日
本を巻き込もうとしているでしょうか。この二つの「説」はいずれも遠い将来には可
能性としてゼロではありませんが、とりあえず現在のアメリカ政府がそんな「陰謀」
めいた筋書きを考えているということはあり得ないと思います。
問題は、要するにアメリカの財政が破綻していて、聖域であった軍事費にも大ナタ
を振るわざるを得ないということです。その中で、出てきたのが「トランス・フォー
メーション」という発想で、在外米軍の費用を削減する一方で、ハイテク装備による
効率アップ、機動力アップを図るという戦略なのです。
ですが、この「トランス・フォーメーション」は話が複雑な割に、大胆な面を持っ
ているために世論に対して十分な説明がされているとは言えません。まず、国内の基
地閉鎖に伴う地域経済の「痛み」については非常に厳しい反応があります。ペンタゴ
ンとしては閉鎖したい基地でも、実際に閉鎖にこぎ着けるまでには、それぞれに大変
なパワーが必要です。
また、全体の考え方は「コストダウン」なのですが、それでも必要となる「移転費
用」について、それこそ小泉発言ではありませんが、議会承認が難航しがちという問
題もあるのです。そうした意味で、アメリカの行動は(イヤな話ではあるにせよ)筋
が通っています。問題は日本側の対応です。
この三兆円のショックが一段落したと見たのか、防衛庁筋からの話としては「ロー
レス会見は前日までの交渉結果に基づくもの」という報道もあります。ということは
「額賀=ラムズフェルド合意」の際には三兆円の話は含まれていて、ただインパクト
が強すぎることを警戒して「両首脳」の口からは何も言わなかったということもある
のでしょう。
また26日になりますと、官邸筋からは「移転対策関連の法律は今国会では見送
り」という話も出てきています。相手のある話で、既にコミットをしている話なのに、
その是非を問う論戦はポスト小泉の手に委ねる、といういうわけです。消費税の税率
もそうですが、難題、しかも具体的な難題を片づけて去るのではなく、逆に「次」に
押し付けて行くというのは出処進退のありかたとしては、何ともお粗末な限りです。
いずれにしても、イヤイヤながらではありますが、日本は「三兆円」を呑んだ形に
なっています。とにかく、どうしてこんなことになるのでしょう。額の大きさもとも
かく、その内容を曖昧にし、しかも交渉当事者の内閣ではなく、論戦は次の政権に先
送るという奇妙な対応になるのは何故なのでしょう。
その背景にあるのは史観の分裂です。日本は、今では国内ではナショナリズムが巻
き返しており、日本という国を「第二次大戦の敗戦国家」として位置づけるような見
方は、自虐史観などといわれて不評になっています。単に不評なだけでなく、もはや
時間が解決してくれており、日本は「普通の国」になった、という「実感」も出てき
ているのではないでしょうか。イラクへの自衛隊派兵などという二十世紀中には想像
もできなかったようなことが行われ、それが既成事実化する中で、そうした感覚が定
着しているようです。
ですが、国境を一歩外に出ると、事情は違います。依然として第二次世界大戦は
「最終戦争」であって、二度と世界大戦を起こさないという国連の設立の目的が信じ
られています。国連安保理の常任理事国にしても、第二次大戦の連合国の顔ぶれと全
く変わりません。中国とロシアは戦後に政体の変更を経験していますが、戦勝国のス
テイタスはしっかり維持しています。そしてそのことに誰も異議を唱えるものはあり
ません。
日本の政府当局者は、そのことを知らないはずはありません。ですから、交渉にな
ると、とりわけ軍事費の問題になるとどうしても下手に出ることになります。三兆円
という途方もない話になっても、イエスとしか言えないのです。それは、政府当局者
が「自虐史観」を信じていて、すぐにカネを出してしまうのではないのです。彼等な
りに国境の外側と内側で「二重基準(ダブル・スタンダード)」を使い分けている、
そこに問題があります。
そのように裏表を使い分けている中で「この分裂は宿命なんだ。国境の外では敗戦
国だが、日本の若い人に汚名と共に生きろとは言えない。自分たちエリートが、この
矛盾を抱えて、日本が左右の極端に走らぬよう、国際社会から孤立しないよう何もか
もを背負うしかない」勝手にそんな覚悟をしている、そのような気配すらあります。
では、何が問題なのでしょう。そこには徹底した愚民政策があるからです。これで
は、黒竜江省の化学物質汚染事件を伏せていた中国当局や、悪化する戦局を隠して
「大本営発表」を繰り返した旧日本軍と何ら変わりはないことになります。民主主義
という世論との対話手続きを省略し、自分で何もかも抱え込んでしまう、そんな危険
性をはらんだ政体に近いと言えるでしょう。
こうした事態では、社会を正常化するための重要な役割はジャーナリズムにあると
言わねばなりません。まずは「先送り」などと言わずに、三兆円の中身について論戦
を始めるべきだと思います。「周辺の費用も入っている。精査が必要」などと安倍官
房長官は言っていますが、精査どころではありません。防衛当局は決定に関与してい
るのですから、知らないでは済まないはずです。
その上で、仮に土壌汚染対策に巨額のカネがかかるのなら、安全基準をどうするの
か(アメリカ基準と日本基準のどちらで行くのか)、汚染除去の仕事は誰が請け負う
のか(アメリカにノウハウがありそうですが、ここでみすみす儲けさせて良いのか)、
最終的に安全性の検査をどこが行うのか(本当の第三者に検査をさせないと腐敗が起
きることは、耐震偽装の問題と似ています)、といった問題をメディアがチェックす
べきです。
基地撤去後の土壌汚染という問題では、プエルト・リコのビエケス島の問題があ
り(ちなみにNYメッツで松井稼頭央選手の同僚であるカルロス・デルガード選手は
この問題に関する抗議運動の支持者で知られています)ますし、韓国の駐留米軍でも
似たような問題があります。反対運動が、閉鎖的で懐古的なものにならないよう、そ
うした国々の人々と交流したり、最終的には米国内の世論にアピールするようなこと
も必要でしょう。
もう一つ必要なのは、自衛隊の沖縄配備です。海兵隊の残していった「軍備の真
空」について自衛隊が補完をしていくのであれば、日本のそして沖縄の世論、更には
周辺国に対して「透明性のある説明」が必要でしょう。中国の軍拡を「不透明」と非
難している手前、自分たちに透明性が欠けていては、それこそ他国に軍拡の口実を与
えかねないからです。
これに加えて、日本という国は国内では「何でもない自分の国」だが、一歩外へ出
れば「敗戦国」という二重性を、エリート官僚だけでなく人々が同じように理解すべ
きなのでしょう。世論が意思決定に参加してゆく中に、そうした前提が理解されてい
ることが必要だと思います。
それは、日本が格別劣った国ということは意味しません。そもそも多くの国はそれ
ぞれに負の歴史を背負っています。中国は文革を背負い、アメリカはベトナムと今は
イラクを背負っています。また、イギリスやフランスにとっては、植民地支配の負の
遺産は巨大なものがあるのです。世界中に認められた「罪なき普通の国」などという
ものは、どこにもないのです。
いずれにしても、政府や官僚が「自分たちだけが矛盾を背負って」いると自負しつ
つ、世論をバカにするような姿勢を取り続けるのは止めねばなりません。説明から逃
げるにしても、国内外の使い分け、軍事費と非軍事費の使い分けなどの手品を使って
も、どこかで大問題になることは避けられません。三兆円というのは途方もない金額
です。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学
大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日からア
メリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(NHK出
版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22> 最新訳に
『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
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JMM [Japan Mail Media] No.372 Saturday Edition
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独自配信:104,755部
まぐまぐ: 15,221部
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発行部数:128,653部(8月1日現在)
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
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