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JMM [Japan Mail Media]  「反テロ戦争の終わり」  冷泉彰彦 
http://www.asyura2.com/0601/bd43/msg/558.html
投稿者 愚民党 日時 2006 年 4 月 16 日 00:47:20: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2006年4月15日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.370 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第246回
    「反テロ戦争の終わり」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第246回
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「反テロ戦争の終わり」

 今週のアメリカでは、不法移民問題に関して月曜日の大規模なデモを契機に、強硬
だった下院が軟化をはじめています。漠然とではありますが現状の不法移民を何らか
の形で合法化すると共に、あらゆる不法移民を重罪には問わない方向で落とし所が模
索されているようです。

 その一方で、世相にはどこか落ち着かないムードがあります。軍事、治安という方
面でザワザワしたニュースが続いているのが原因です。イラクの内戦状態、911テ
ロの裁判、イランの核疑惑の三つがそれで、それぞれのニュースとしては決定的では
ないにしても、三つが重なることで何とはなしに不安な雰囲気が続いていると言って
いいでしょう。

 更に言えば、昨年夏まででしたら、こうした不安感の高まりはブッシュ支持へと結
束していくムードがありました。不安なら強硬策にでれば良いという、「反テロ戦争」
という錦の御旗がそれでした。ですが、そのブッシュ政権が揺らいで行く中では、受
け皿のない不安心理が広がっています。もはや強硬一本では何も解決しない、その一
方で、更に政権の求心力は低下が止まらない、次の時代の兆候は見えない、それがこ
の2006年の春ということになるのではないでしょうか。

 まず、ここのところ静かに進行しているのが、セプテンバーイレブンスのテロ事件
に関する裁判です。アルカイダの一味とされ、同時多発テロの計画に関与していたと
されるザカリアス・ムサウィ被告は、事件の直前の2001年8月に逮捕され、もし
かしたら「20人目のハイジャッカー」になっていたところを、9月11日を獄中で
過ごすことになったという人物です。

 そもそも逮捕されたきっかけが、ミネソタ州の飛行学校で訓練を受けていたところ
を「飛行機を操縦したいという動機が怪しく挙動が不審」という理由でした。ただ、
現時点で明らかになっている「説明」としては、自分は逮捕されていても、仲間が9
11の実行をするのを助けるために計画については秘密にしていたのだというのです。
事件後は、911の直接の関係者で唯一アメリカが身柄を拘束している人物として注
目を集めましたが、実際に公判が進行し始めたのは、2005年になってムサウィ自
身が事件への「関与」を自白し始めてからということになっています。

 この裁判が注目されるというのは、アメリカでは当然といえば当然ですが、ではど
のように注目されているかというと、大きくは二つの点です。まずこのムサウィ被告
を死刑にできるのか、が大きな論点になりました。TVの各局は「ムサウィは死刑と
なって当然」という雰囲気で報道しているのですが、実際は色々とテクニカルな問題
がありました。まず第一は「本当に凶悪犯罪の共同正犯なのか」という点です。これ
については、諸説がありましたが2005年になって「自供」があったということか
ら疑問はないだろう、ということになっています。

 もう一つは、ムサウィがフランス国籍であり、また主犯格とされるモハメド・アタ
同様にドイツで活動していたことから、「証拠」の中にフランスとドイツの司法当局
が提供した資料が必要となるという点です。両国は(EU加盟国は全部そうですが)
死刑を廃止しています。そして他国の死刑判決に加担することも法律で禁じています。
ですから、フランスとドイツの当局からは「情報提供によって死刑に導くことはしな
い」という同意をしなければ資料の提供には応じない、と言われて来ました。

 ですから、両国からの情報を「主たる証拠」として死刑判決に誘導することは不可
能なのです。この問題に関しては、この4年半の間、両国と水面下での折衝が続けら
れましたが、両国ともに「ダメ」という態度を明確にしています。結果的には、証拠
は十分ではないのですが、本人の自白と陪審員の票決によって「死刑は可能」という
ことになっている、これが現時点での結論です。

 ただ、そんなわけで証拠が決して十分ではない中、この4月に入っての公判では
「911の凶悪性」を陪審員並びに世論に訴えるような検察の姿勢が目に付きます。
ペンシルベニアに墜落したユナイテッド93便のボイスレコーダーが初めて公開され
て「私、死にたくありません」というような乗務員の悲痛な叫びが明らかになったり、
NYのジュリアーニ前市長といった「911の生き証人」が改めて証言台に上ったり
しているのは、そのためだと言っていいでしょう。

 この裁判の中で問題になっていたのは「911は阻止できたのか」という疑問です。
ムサウィの取り調べに成功していたら、あるいはムサウィという怪しい人物の存在と、
他にもあった多くの「兆候」を結びつけることができたら、そんな観点からの論戦も
法廷では行われています。

 私には、ムサウィを死刑にするということは、そうした「阻止の可能性」に関する
証人を抹殺する「口封じ」的な意味合いが出てしまうと思います。そればかりか、こ
のモロッコ系フランス人が、不幸であったというフランスの幼年時代に、あるいは9
年間を過ごしたというイギリスで「西欧的なるもの」から疎外されたと感じながら、
その憎悪を「アメリカ」に向けていった軌跡、その中でどんな人物や組織がどのよう
に活動していたのか、ということを何らかの形で知る機会も失われてしまうでしょう。

 ですが、アメリカでの報道は「何とか法的な体裁を整えてムサウィを死刑にしたい」
そして「改めて911を思い起こし、目の前にいる加担者ムサウィに憎悪を集中させ
たい」という心情以外には何もないと言って良いのでしょう。ここのところ、ムサ
ウィは「自分は反米闘争を続けたいから死刑になりたくない」とか「自分のやったこ
とについては一切後悔していない」「911の犠牲者数は少なすぎた」などという挑
発的な言動を繰り返しています。

 もしかすると、アメリカの世論は「911は阻止できたのか」というような疑問や、
「そもそも知的な(ムサウィは修士号を持っています)アラブ圏の若者が半端な西欧
体験をする中でどうして反米主義者になったのか」というような問いかけには興味が
ないのかもしれません。ただ、イヤな事件があったので、その「落とし前」をつけた
いと思っているだけ、それ以上でも以下でもないのではないでしょうか。だとすれば、
裁判自体には様々な問題があるものの、この裁判が進展することは、アメリカにとっ
ての「反テロ戦争」の終わりを示唆するものになるのかもしれません。

 イラクの戦争も、そもそもは「反テロ」が動機でした。フセインのイラクが大量破
壊兵器を保有しているらしい、もしもそうなら「アルカイダ」などの反米テロリスト
に核兵器や生物化学兵器が渡たる可能性がある、ならば「先制」してその危険を除去
しよう、というのが理由だったのです。ですが、緒戦の勢いでバグダッドを陥落させ
てフセイン政権を「除去」した後の計画は、ほとんどなかったのだと言っていいで
しょう。

 結果的に内戦状態が現出し、イラクの治安、そして新政府の統治に関しては全く先
が見えなくなました。その一方で、先制攻撃をしたのはアメリカという「事実」は重
くのしかかっています。アメリカは好むと好まざるに関わらず、イラクの現状に責任
を負う立場に縛りつけられてしまっています。そんな中、今週は有力な軍のOBたち、
つまりは退役した各軍の将軍達による「ラムズフェルド国防長官への批判」が巻き起
こっています。

 14日の金曜日、NYタイムスの一面には6人の将軍のカラー写真が縦に並んでい
ました。そして、その全員がコメントを寄せていて「ラムズフェルド辞任」を要求し
ているのですから全く穏やかではありません。理由としては、各将軍が口を揃えて
「部下への虐待」「反対意見を受け入れない偏狭な姿勢」などを挙げており「リーダ
ーシップの交替を求める」というのです。

 こうした非難に同調するように、ロイター通信は「グアンタナモ湾収容所での虐待
行為」について、同長官が承認していたという報道を紹介するなど、長官は包囲され
た格好です。ただ14日にはブッシュ大統領自身が「自分は全面的にラムズフェルド
長官を支持する」と宣言していますが、状況は予断を許しません。

 その非難ですが、個人的なマネジメントスタイルへの批判という形を取っています
が、要するにイラクでの現状への不満と言っていいでしょう。事態は悪化しているの
に、大統領は「ステイ・イン・コース(既定路線の堅持)」を繰り返すばかり、そし
て前線の士気低下に対して国防長官は部下を叱責するばかり、ということでは、これ
以上戦えないというということのようです。

 以前にこの欄でもお伝えしましたが、その中でも装甲問題というのが深刻な対立の
原因になっているのだといいます。イラクの治安維持に当たっている米兵の「装甲」
は本格的な戦闘用のものと比べると「略式」なのだそうです。それは、市街地での治
安維持活動において、あまり「ものものしい」装備をすると、地元の人たちを敵視し
ているように見えるからであり、また仲間のイラク兵にはそんな装甲を用意できない
以上、差をつけることもできない、そんな事情もあるようです。

 また、ハイテクのコミュニケーションが進む中、偵察衛星の解析した「人一人のレ
ベル」での「敵の動向」という「諜報」を下に、暗闇であろうと人気(ひとけ)のな
い廃虚であろうと、敵の存在を抑えた上で地上兵力は効率的に投入する、それが作戦
の基本になっているのだそうです。そんな中、自国兵士の安全確保という意味でも、
装甲にお金をかけるのではなく、衛星通信の技術に経費を投入するのがラムズフェル
ド流というわけです。

 ですが、そんなハイテク情報のシステムとは裏腹に、道路際での爆弾テロは後を絶
ちません。そんな中、イラクの米兵の間では、一人一人の装備にしても、戦車や軍事
車両の底板にしても、軍の規則で決められた正規の装甲に加えて、各人が勝手に装甲
を強化することが横行していたのだそうです。その事実を苦々しく思っていた長官は、
ここへ来て改めて「勝手な装甲」を禁止したのだそうで、これも前線の不満の一因に
なっているのだといいいます。これが事実であれば、そんな軍隊の士気がどの程度か
は想像できるというものです。

 こうした前線の士気低下を「すっぱ抜いた」のは、雑誌『ニューヨーカー』の特約
記者であるセイモア・ハーシュです。ハーシュは、ベトナム戦争当時からの調査報道
ジャーナリストですが、ここへ来てスクープを連発して注目を浴びています。そのハ
ーシュが最近取り上げたのは、イランの問題で、「アメリカはイランの核施設を破壊
するために戦術核の先制使用を考慮」しているとしながら「ペンタゴンでは反対者が
続出している」という言い方も加えています。

 この「ニュース」は文字通り世界を駆けめぐったのですが、結果的には渦中のラム
ズフェルド長官からは「現在の米軍の置かれた状況を考えると、イラン相手の軍事作
戦などファンタジー・ワールド(非現実的な幻想の世界だ」という発言が出る一方、
ライス国務長官は「あらゆる手段が選択肢」という強硬姿勢を変えず、図らずも閣内
不統一の事態を露呈しています。

 そんな中、イランのアフマディネジャード大統領の姿勢は更に硬化しているのが現
状です。この問題は、このまま進んで国連の査察が動き出すことにでもなれば、そち
らの流れの中から落とし所が出てくるのかもしれませんが、仮にそうなればアメリカ
の立場は弱くなるでしょう。あんなに「悪の枢軸」呼ばわりをしておきながら、とい
うわけです。

 911から4年半の年月はさすがに長く、何もかもを「反テロ」という方針に結び
つければ済む時代は終わりつつあるようです。不法移民の問題にしても「国境を侵犯
した人間は重罪」と考える人が世論調査ではおおむね20%程度、これに対して40
%以上の人間は積極的に「不法移民の人権」を考えようとしているというのですから、
こちらでも「ポスト911の心理」は消えつつあるのでしょう。

 怒りと不安から「拳を振り上げ」続けてみたものの、ここへ来て「振り上げた手を
下ろしたほうが安心する」という心理も出てきたのかもしれません。手を下ろしてみ
たことろで、問題はまだまだ山積していて、不法移民の合法化にしても、イラクの統
治にしても、イランとの心理戦にしても、それぞれにすぐに解決とはいきません。仮
にそうであっても、「反テロ」の錦の御旗を下ろして、とにもかくにも現実を見据え
ようというのであれば、時代は先に進むのではないでしょうか。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学
大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日からア
メリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(NHK出
版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22> 最新訳に
『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
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【編集】 村上龍
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