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JMM [Japan Mail Media]  「WBCという成功体験」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2006 年 3 月 27 日 22:38:39: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2006年3月25日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.367 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第243回
    「WBCという成功体験」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第243回
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「WBCという成功体験」

 WBC第一回大会で日本が優勝したということは、今後の日本とアメリカの野球に
様々な影響を与えてゆくことになるでしょう。日本野球のファンダメンタルズ(基礎
力)への評価は益々高くなるでしょうし、この欄で何度もお話してきたように、手堅
く見える「スモール・ベースボール」がモメンタム(勢い)を制したときには、パワ
ー依存の野球は崩壊する、そんな認識も定着したように思います。

 それ以上に私にとって興味深いのは、イチロー選手が今回獲得した成功体験です。
このタイミングで、このような形で成功を体験したということで、この天才かつ努力
の人が今後どのような野球をしてゆくことになるのか、私には考えるだけで興奮させ
られるものがあるのです。

 咸臨丸の渡米以来150年弱の間に、数え切れないほどの日本人が太平洋を渡っ
て、アメリカの地を踏みました。日本とアメリカ、日本語と英語という異なったコミ
ュニケーション様式を持った世界を、数多くの人が行き来しているのです。「アメリ
カ経験」、つまり文化の違いに気づく中で「自分とは何者であるか」を自分に対して
説明しなくてはならないプロセスを実に多くの人が踏んできたということに他なりま
せん。

 どうやら、そこには一定のパターンがあるようです。一つの典型は「アメリカかぶ
れ」でしょう。アメリカの「良いところ」に目が行く中で、無条件なアメリカ礼賛に
陥るパターンです。ビジネスの世界で言えば、規制緩和が進んで自由競争が確保され
ているとか、失敗してもセカンドチャンスがあるとか、男の人も女の人も年配の人も
若い人も胸を張って対等に生きているとか、非管理職は5時でキチンと帰宅して家庭
や地域活動とキャリアが両立しているとか、まあ良い点を挙げれば確かにキリがあり
ません。

 ですが、アメリカの悪いところに目が行く人もいます。自由競争が行きすぎて格差
があるとか、医療に関して国民皆保険がなく命がカネ次第だとか、業績が悪いと管理
職は即クビになるとか、こうした「ネガティブ」な方に一旦気持ちが傾くと、そうし
たことばかり気になるようになります。物事に何でも裏の面があるわけですが、こち
ら側に気持ちが向かっているときは、そう言ってもなかなか聞き届けることはできな
いようです。

 同じ人の中で、時間を追うごとに気持ちが変化することもあります。良く言われる
のは、最初はアメリカの良い面にまぶしい思いを抱くが、何らかのきっかけで思いが
暗転してしまうというのです。自分が世話をしてやった人間が、一言の挨拶もなくど
こかへ行ってしまったとか、軽い交通事故の際に相手に非があるのに言葉の問題から
うまく主張ができないままに自分のせいにされてしまったとか、いわゆる「裏切り」
を経験することで、一気にアメリカがイヤになる、そんな話を良く聞きます。

 駐在員でも留学でも、アメリカに来て一、二年が経ってそろそろ「最初の好印象」
が消える頃に、そんな「裏切り」を経験して落ち込み、たまたまその頃に日本に帰国
して、温泉に浸かったりコンビニで買い物をしたりすると、「ああ、やっぱり日本が
良い」ということで、気分が一気に日本に傾く、そんなケースが多いようです。これ
は笑い事ではありません。

 そんな中、「アメリカか日本か」という問いを自分に対して迫ってしまうというこ
とがあるらしく、結果的に感じ方が極端に走る、そんな例も多いようです。例えば、
政財界や学界などで世代の割にはものすごい復古主義で、例えば「神ながらの道」と
か、「愛国心の教育」といった問題に熱心だったりする人が、たいていアメリカ留学
経験、駐在経験があるということも指摘しておいて良いでしょう。

 アメリカに行って、国旗や国歌を重視している光景に感動し、にもかかわらず「裏
切り」にあってアメリカが嫌いになり、日本に戻って日本至上主義のような感覚を持
つに至った、でも、アメリカで経験した「国家主義はタブーではないんだ」という感
覚だけは残って、以降の言動を極端なものにしている、そんなイメージでしょうか。

 極端ということでは、勿論逆の「アメリカは何でも良い」というのも多いわけで、
株式市場においてアメリカでも許されないような野放図なマネーゲームが横行するあ
たりには、こうした極端さがあるように思います。いずれにしても、せっかく別の文
化に触れて物事を立体的に見たり、より幅広い選択肢を検討することができたりする
ポジションにいながら、ある種「経験に負けて」極端に走ってしまうのは悲劇に他な
りません。映画シリーズ『スターウォーズ』にならっていえば、そこには「ダークサ
イドに入る」とでも言うような非連続性と深刻さがあるように思います。少し洗練を
欠く物言いですが、それほど深刻な問題なのだということです。

 この「ダークサイド」に入った人物としては、1941年の日米開戦という決定に
責任のある、山本五十六や松岡洋右を挙げざるを得ません。実はこの二人は、最後ま
でアメリカへの思いを捨ててはいなかったと思われ、その意味では100%「ダーク
サイド」というのでもないのかもしれませんが、歴史に与えたインパクトを考えれば
そう言わざるを得ないでしょう。同時に、心のどこかに未練を残しているために、自
分をより追いつめてしまった悲劇もそこには感じられます。

 山本も松岡も、今の日本の政官界では考えられないほどの英語使いであり、知米派
でした。松岡は生家の困窮からオレゴン州の篤志家夫人に預けられて高校と大学の教
育をアメリカで終えています。記録を見ると、高校時代には白人の友人も多く、この
場では書けないような下品ないたずらをやったり青春を謳歌していたようなのです。
山本の場合も、海軍のエリートとしてハーバードに留学の経験があり、軍縮交渉の際
には一年近くニューヨークに駐在してアメリカ暮らしを楽しんでいたのだと言います。


 そんな二人、特に松岡の場合はヒトラーに心酔する中で対米強硬論に傾いて行くプ
ロセスには異常なものを感じますが、それはこの人の資質というよりも、ある種のア
メリカ体験が自分を「ダークサイド」に追いつめたのではないでしょうか。山本の場
合も、同じで英米への愛惜を断ち切るがごとく、天皇に対して「一、二年は暴れて見
せます」と宣言してしまったときには、以降の思考停止を自分に課していたのではな
いでしょうか。その決意が、なまじアメリカを体験しているがゆえの「極端」があっ
たとしたら、これもやはり「ダークサイド」と言うしかありません。

 歴史上の人物に対する評価ですから慎重にすべきなのでしょうが、私には松岡や山
本が「最後の一線」を越えた背景には、漠然とした「劣等感と義憤」があったように
思います。黄色人種に対する差別的な視線の残る時代にアメリカを経験したことによ
る心の傷とでも言いましょうか。

 数学者の藤原正彦氏といえば、故新田次郎、藤原てい夫妻の子として、そして何よ
りも『若き数学者のアメリカ』というキラキラ光るような著作で有名です。ですが、
近著の『国家の品格』にはどう考えても「ダークサイド」としか言いようのないもの
を感じます。

 この本には、例えば国際協調とか自然との融和など現実的な提言も含まれていま
す。ですから、例えば松岡の三国同盟論などと比べれば真っ暗な「ダーク」ではあり
ません。ですが、「合理性を疑え」とか「情緒と感性が重要」というような極端な言
葉を「数学者」が語るというのには、どうしようもなく「ダーク」なものを感じます。


 勿論、頭の良い方ですから、一応合理的な説明はあるのです。例えば物事は「一と
ゼロでは割り切れない」、確かにそうでしょう。だったらその中間を詰めていくしか
ないでしょう。0.5と0.51がどの程度差があるのか、いや小数点以下三桁、四
桁・・・とにかく産業にしても経済にしても、そうした細かな数字で成り立っていま
す。意思決定もそうです。全面的賛成と絶対反対の中間には、無限の選択肢があるの
で、その面倒な無限の選択肢を検討してゆくことでしか現代の複雑な世界には向かい
あえないのではないでしょうか。

 「論理には出発点がある」確かにそうでしょう。出発点としての前提条件が破綻し
ていれば、確かにそこから導き出される結論はナンセンスなものになります。です
が、現代の社会では、意思決定のシステムにも、コミュニケーションのシステムにお
いても、仮の前提から出発して、検討の過程で前提自身の限界が明らかになったとき
には、前提を変更する、そうしたフィードバックのシステムは必ず持っているのです。


 よりにもよって、数学者である藤原氏が「論理はダメ、情緒」とか「国家とは国
語」とか、「惻隠の情を」あるいは「武士道精神」などと言い出すのは、やはりどう
考えても極端です。本の中には、では自身がどうしてそんな心境に至ったのか、をそ
れなりに誠実に説明している下りがあり、それはそれでお人柄なのですが、いずれに
してもアメリカを経験したことがある種の極端を生み出すとしたら、これも一種の悲
劇に他なりません。「惻隠の情」にしても、豊かさの崩壊を見ながら育った若い世代
への理解の姿勢などはかけらもない中では、「世界を救うのは日本人」などと言われ
ても困ってしまいます。

 イチロー選手に関して言えば、「ダークサイド」とは言わないまでもある種の精神
的危機を感じていたのは間違いないでしょう。チームの低迷する中、うまくベンチを
まとめることができず、クリーンナップや投手陣との間もしっくり行っていませんで
した。監督とのコミュニケーションも決してスムースではなかったようです。

 このオフにTVドラマで「犯人役」をしたり、やや過剰なまでに哲学的な野球論を
日本で出版したりという行動に関しても、そこには決して輝きはありませんでした。
私は本気で「どこか他のチームへ行くべきだ」と考えていたほどです。それ以上に私
には、日本からアメリカに移って仕事をする際に経験する心の揺れそのものをイチロ
ー選手の言動には感じさせられていました。

 WBC開幕後も、韓国を意識した「三十年」発言、更には対韓国戦敗戦後の「屈辱
うんぬん」という過剰反応を見ると、下手をすると「ダークサイド」に行かなければ
良いが、と本気で心配したぐらいです。仮にあのまま二次リーグで敗退していれば、
誤審事件も後まで引きずったでしょう。あの事件は受け止めようによっては、日本人
がアメリカを嫌いになる「裏切り」のパターンそのものになってしまうからです。

 ですが、今回のWBCでの優勝、そして自身がチームリーダーとしてのコミュニケ
ーションに成功したということは、何とも絶妙のタイミングでした。確かに優勝後の
会見で、「日本代表チーム」から離れることへの淋しさを強く訴えていたあたりに
は、まだ感情的な揺れが残っているようですが、キャンプに戻るとすぐにオープン戦
に先発して三安打、というあたりには、大きな飛躍の予感がします。

 私はこの際、イチロー選手は「先頭打者ホームラン」を封印してもらいたいと思い
ます。勿論、試合の途中では棒球が来ることはあり、瞬時の判断で大きな当たりを狙
っていってもいいでしょう。ですが、一回の先頭打者の場合は違います。自分は「ス
モール・ベースボール」を徹底する。そして小刻みな加点に通じて、相手に恐怖を与
えてゲームのモメンタムを奪取する、その心理のゲームをベンチ一丸となってやって
行くべき、一回にはその宣言をしておくことは重要だからです。

 イチロー選手はWBC日本代表チームでその喜びを知っているのです。知ってしま
ったことは忘れるわけにはいかないはずです。英語の問題は実は小さな問題です。そ
んなことを気にせずに、シアトル・マリナーズを緻密な戦闘集団に変えて行って欲し
いと思います。そして、それが相手の問題でどうしても不可能な場合は毅然としてチ
ームを出るべきです。

 3年後の2009年には、今度は選手も、審判も、そして監督もなりふり構わずに
「一流」を突っ込んでくる本当の「オールUSA」との対決が待っています。アメリ
カのメディアもそうですが、私の住んでいる地域の「野球好きのお父さん達」も「次
はマジだぜ」という感覚を強く抱いているのを感じます。2009年の日米決戦は壮
絶な試合になるでしょう。正直言って面白くなってきました。

 長い間の日米関係において、特に日本側の「アメリカ体験」が、それこそ「ダーク
サイド」としか言いようのない一方的な「アメリカかぶれ」か「日本至上主義」とい
った極端に振れがちであったのは、日本人が一方的にアメリカから影響を受けたとい
うことが大きな原因ではないでしょうか。

 その意味で、日本から「スモール・ベースボール」を本格的に持ち込むことの意味
は、これからの日米関係を変えていく可能性があるのです。同じことが、牛肉の全頭
検査、あるいは二酸化炭素排出規制の問題にも言えるでしょう。是々非々を貫きなが
ら、良いものは逆にアメリカに持ち込んでいく、そんな対等で自然体の関係からは
「ダークサイド」に行く必要はなくなるのではないでしょうか。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(N
HK出版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22>
最新訳に『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。

<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
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                   まぐまぐ: 15,221部
                   melma! : 8,677部
                   発行部数:128,653部(8月1日現在)

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【編集】 村上龍
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